ツーリング日和22(第33話)はめられた

 さあ帰ろうと思ったのだけど、

「因幡の白兎の伝説のムックをしてるのですから・・・」

 八頭の白兎神社は復活してるとは言えささやかすぎるから、本家みたいな白兎神社も参拝しておきたいか。気持ちはわかるし、言われてみたらボクも見ておきたい。吉岡温泉からなら湖山池の西岸を北上して国道九号に入って西に進めば良いはず。

 白兎海岸が見えてきて、あったった、道の駅神話の里・白うさぎだ。ここにバイクを停めれば白兎神社の一の鳥居と隣接しているのがありがたいな。あははは、やたらとウサギがモチーフのものが多いぞ。

「注連縄は出雲大社と似てますね」

 出雲系の神になったのだろうな。なるほど白兎神社は縁結びの神でもあるのか。大国主命と八上姫の愛のキューピットになった古事記の故事に因んでだろうけど、

「美玖は剛紀の一穴になれました。美玖はすべての愛を捧げます」

 一穴って言うな・・・これはもうわざとだろうな。美玖がそう言いたいのならもう良いか。さて白兎神社のお参りも済ませたから、

「鳥取まで来て砂丘に行かないのは許されざることです」

 余裕で許してもらえるぞ。それでも帰り道になるのはなるから行くことにした。国道九号を西に走って鳥取砂丘だ。ただここは砂丘センター見晴らしの丘で堪忍してもらった。ここからリフトで砂丘に行けるのだけど、あそこは歩くとなるとネックが多いところなんだ。

「シューズが砂まみれになるのは・・・」

 不承不承だったけど美玖は納得してくれた。鳥取観光も二か所回ったから帰ろうと思ったのだけど、

「鳥取城に行かなくてどうするのですか」

 おいおいおい、鳥取城も回るのかよ。鳥取と言うか因幡は歴史の表舞台にあんまりなっていないところだけど、因幡の白兎と秀吉の鳥取城攻めは有名と言えば有名なのはわからないでもない。

 秀吉は城攻めの名手とされたけど、中国攻めでは三木の干殺し、高松城の水攻めに並んで鳥取城の渇殺しは歴史に名を残している。もっとも今の鳥取城は池田家が来てからの近世城郭だけどね。

 鳥取城も石垣しか残っていないところだからあっさり終わらそうとは思ったのだけど、仁風閣から鳥取県立博物館まで回ったものだから、ちょっと時間がかかり過ぎてるぞと思ったのは白状しておく。

 早く切り上げようは喉まで出かかったのだけど、楽しそうな美玖の顔を見たら言えなくなってしまった。ようやく鳥取城の見学が終わってくれて、さあ神戸に帰るぞと思ったのだけど、

「このムックツーリングで因幡万葉歴史館に行かなくてどうするのですか!」

 怒ってどうするんだよ。心配しているのは神戸に何時に帰れるかだ。これは明日の仕事への影響もあるし、日が暮れて来るとこれもモンキーの弱点であるヘッドライトの問題が出て来る。モンキーのヘッドライトって実感として暗いんだよな。

 夜になると本当に点いているのかと思う時もあるし、トンネルの中だってそうだ。そんな心細いヘッドライトで夜道を長い時間走りたくないし、ましてや鳥取からの帰路の終盤戦だぞ。疲れている時の夜道は避けたいじゃないか。

 そう言いたくて仕方ないのだけど、その上目遣いはやめてくれ。それもまるで媚びるような顔もやめてくれ。いったいどうしたんだよと思いながら行かざるを得なくなった。ここはここで良かったけど、

「鳥取に来たからにはピンクカレーを食べないと」

 なんだそれって思ったけど、またまた市内に戻り古民家カフェに。食べたのは貴婦人のピンクカレー。ピンクと言ってもここまでピンクとは思わなかった。なんでも鳥取県はカレーの一人当たりの消費量が日本一らしくて、

「ラッキョパワーでしょう」

 ラッキョの生産量も日本一なんだってさ。ボクはカレーの付け合わせにはラッキョより福神漬けの方が好きだけど、

「美玖もそうです」

 ピンクカレーも美味しかったのは認めるけど、もう昼だぞ。鳥取まで来てるから観光もやりたいのは認めるけど、クルマじゃなくモンキーで来てるのだぞ。今からだったら神戸は何時になると・・・美玖は姿勢を正して、

「部長」

 いきなり部長ってなんだよ。

「有給休暇の受理をお願いしまう」

 はぁ、そんな事を言われたって旅行先でどうにも出来ないだろうが。明日にしてくれ、

「明日の有給休暇をお願いします」

 明日だって! だからそう言われたって、

「ご心配なく。手続きは部長印も含めてすべて終了しています。部長は事後承認して頂くだけです」

 あのな。

「それと部長も有給休暇を取って頂いてます。それもわかっています。部長と主任が休んでも支障が出ないように調整はすべて終わっています」

 や、やりやがったな。だから、こんなにノンビリと鳥取観光を。これは観光もしたかったんだろうけど、バイクで帰れるタイムアウトを狙ってやがった。だから媚びるような上目遣いはやめろって。わかったよ承認する。これで良いんだろ。ところでどこに泊まるんだ。

「泊まるなら温泉一択です」

 どうせなら温泉の方が良いのは賛成だけど、今からどこの温泉に行こうって言うんだ。鳥取市からなら三朝温泉とか、東郷温泉とか、羽合温泉もあるけど、そんなところに泊まれば帰り道は遠くなるぞ。国道九号を西に走って湯村温泉に行くのありだろうけど、湯村からだって神戸は近くないし。

「明後日の仕事に影響が出たりすれば上司として示しが付きません」

 それだったら明日休むな。休むのは了承してしまったから仕方がないけど、鳥取から神戸の間に温泉ってあったっけ。そりゃ、あるのはあるよ。町おこしとしてボーリングして出来た温泉は覚えきれないぐらいあるからな。

「部長と主任が泊まるのですから、それなりのところが求められます」

 関係ないだろうが。やってるのは出張じゃなくツーリングだ。それに星雷社の出張旅費じゃ、部長と言っても場末じゃないぐらいのビジホだ。とは言うものの美玖と泊まるのだから、それなりのところは必要なのは同意だけど。

「塩田温泉です」

 あぁ、塩田温泉か。そう言えばそんな温泉があったよな。あれは夢前の南側ぐらいだったはずだから、地理的には明日神戸に帰るのは無理がないし、今から行くのも無理はないと言えば無理がない。ボクも塩田温泉の名前ぐらいは知ってるけど、まともな温泉宿なんてあったっけ?

「なにを仰います。将棋の王将戦の舞台になっています」

 王将戦の舞台になったのはだいぶ前だったはずだけど、

「女流王将戦は九回開催されています」

 そうなのか。というかもう決めてるんだよな。塩田温泉に泊まる予定というか、既に決定していたからノンビリ鳥取観光をやらかしていたのはわかったけど、それならそれでもっと早くに言ってくれたら、

「旅に驚きは付き物です」

 あのな。それはアクシデント的なもので、相手を嵌めて楽しんでどうするんだよ。