ツーリング日和22(第31話)剛腕の本領

 日本海の海の幸ってやつだな。こりゃ、美味そうだ。冷酒を頼んで、

「カンパ~イ」

 日置桜って言うのか、

「それも強力です」

 なんかむちゃくちゃ強そうな名前だけど、鳥取特産の酒造好適米のことらしい。こりゃ、旨い。旅館の楽しみはこれだよな。お一人様だって外湯も行けるし、同じメニューを食べられるし、同じ酒は飲める。

 だけど美玖と二人の方が何倍も、何十倍も、何百倍も、何千倍も楽しいし、美味しい。ホントに美玖と一緒なのは幸せだよ。やはり男と女はペアになるべきだ。この楽しさ、嬉しさを満喫できるのが人生の醍醐味だろ。

 いくらでも飲めそうな気がするけど、ほどほどにしとかないと。今夜はトビキリ大事な夜だもの。酔っぱらって不首尾なんて事になったら孫子の代まで後悔する。最後のデザートを食べながら、

「ここまで来るのに時間がかかりました」

 片道とはいえ遠かったものな。

「ええ、あの出張の夜からどれだけかかった事か」

 そっちの方か。美玖からすればそうなるか。なんかずっと美玖の掌の上で踊らされたようなものだよな。

「それは剛紀の思い過ごしです」

 恋愛なんて本人の主観がすべてだ。恐怖の大王や、夜叉に惚れて何が悪い。ボクには素晴らしすぎる彼女だよ。それでもここまで来たら聞きたいのだけど、

「やはり聞きたいですか・・・」

 美玖は職場での顔とプライベートの顔はまったく違う。美玖が恋に落ち、結婚式まで漕ぎ付いた男はプライベートの美玖に惚れたはずなんだ。

「夜叉に恋する男は奇人変人でしょう」

 そうでもないとは思うけど、そこは置いておくとして、こんなに素晴らしい女をなぜ捨てたんだ。

「美玖だって恋して成長しています。一言にすれば初心だったぐらいです」

 聞く限り他に付き合った男はいなさそうだものな。それにまだ処女だったんだ、どうしようもない嫉妬心がムラムラと。

「気持ちだけはわかります。男って初心な処女を自分の手で花咲かせるのが最高の醍醐味って言いますもの」

 うぅぅぅ、否定できない。それは男の夢、男のロマンそのものだ。

「女の切り札の一つでもあります。だから童貞は捨てると言いますが、処女は捧げると言います」

 処女は散らすとも言うけど、あれはどちらかと言わなくても男からの言い方で女なら、

『あんな男に散らされた』

 奪う、奪われるも以下同文だ。美玖も捧げたのか、

「女も捧げた男に花開かせてもらうのが理想です。ああ凄かったですよ。処女からあそこまでにされたら、これをどうにか出来る女はそうはいないはずです」

 嫉妬の炎がメラメラと燃え上がる。だがな、だがな、男と女は同数だ。単純計算なら処女に巡り合えるのは一人になる。そのうえボクも一人処女を経験している。さらにこの歳だ。美玖だって男を経験していない方が不思議な歳だ。だから、だから、

「わかってます。そんなことで美玖への愛は断じて変わらないでしょ」

 そ、そうだ。せいぜいちょっと惜しかったなぐらいだ。それぐらいは思っても罪にはならないだろ。

「もちろんです。美玖も時間を巻き直せるのなら、すべての初めてを剛紀に捧げたかったのはあります」

 気持ちだけで十分だよ。ところで、

「あの男は巧妙に美玖に近づいて来ました。それはもう巧妙にです。気づけば外堀を埋められ、内堀も埋められていました。そうしておいて、美玖の本丸に突入し、美玖を真実の愛で溺れさせています」

 なんか言い方に棘があるな。捨てられた男の話だからそうはなるだろうけど、

「美玖はその男が見せてくれる真実の愛がこの世のすべてと信じ込まされました。それ以外に考える事さえ出来なくされてしまったのです」

 考えようによっては凄い男だな。相手は七洋物産の夜叉だぞ。

「夜叉とて恋には初心なネンネでした。恋に溺れ込んだ夜叉はあの男に貢ぐだけ貢ぎました」

 ちょっと待て、それって。

「わかりましたか。ものの見事に結婚詐欺に引っかかった哀れな女です」

 そんな男に、

「そりゃ、悔しいですよ。おカネもそうですが、美玖のプライドも、体も、純情もすべて弄び尽くされたのですからね」

 なんてこった。だから七洋物産も退職し、姓も母方のものを名乗っているのか。それだけじゃない、場末だった星雷社に前職を隠してわざわざ転職し、そこでもあえて目立たないように成績も残さないようにしていたんだ。

「結婚詐欺師にセコハンにされてしまった女は嫌ですよね」

 誰がセコハンだ! 何が使い捨てられただ!! いくら美玖でも言って良い事と悪い事がある。そんなものたまたま愛した一人目の男が結婚詐欺師だけだって話だろうが。そりゃ、美玖の無念さは、悔しさはわかるけど、それで美玖の価値のどこが変わると言うんだよ。

「でもあの男のために美玖は・・・」

 ああ処女も捧げたし、スケこましの技巧に溺れさせられ真実の愛も見せられた。おカネも奪われたし、純情も食い物にされた。だがな、たったそれだけの事だ。美玖が美玖である事の価値は1ミリグラムも変わってはいない。

 そんなもの美玖が一人の男を経験しただけの話だ。それ以上でも、それ以下であるものか。じゃあ、聞くが男と付き合って経験して別れた事がある女はセコハンで、使い捨てられた女になるって言うのかよ。

「そうではなくて相手が・・・」

 美玖をペテンにかけやがったのは腹が煮えたぎるぐらい憎たらしい。三枚下ろしにして豚の餌にしてやりたい。だがな、やったのはどこまで行っても男と女の関係だ。子どもが出来て堕ろす羽目にでもなったのか。

「それはなかったですが・・・」

 これも言っといてやる。堕ろす羽目になり、それで二度と子どもが産めない体になっても美玖の価値は変わらない。たとえ変態プレイの末に、二度消えない奴隷の烙印を刻まれてもそうだ。それさえもないのにどこが問題だって言うんだ。

 いくら邪悪な心をもっていようが、単に一人の男を経験しただけだ。ボクだって二人の女を経験してるし、その二人に捨てられている。美玖はボクをセコハンで二回使い捨てられた男と見下してるのか。

「そんなことは思いもしていません。ですが女と男とでは・・・」

 同じだ。なんにも変わりはない。処女の美玖が欲しかったかと言われたらYESだが、男を経験した美玖が嫌なはずがないだろうが。嫌どころか百人経験した美玖だって処女の美玖が欲しいのと何の変わりもあるものか。

 ボクは過去の美玖もすべてひっくるめて全部認めて愛している。それでは美玖は不満なのか、まだ何が欲しいか言ってみろ。足りなきゃ、ここに耳をそろえて出してやる。欲しいのはボクの命か、それとも魂か。

「そうじゃなくて・・・」

 ええい、うるさい、うるさい。これが七洋の夜叉とまで呼ばれた女とは片腹痛い。愚にも付かない言い訳を職場で部下がやらかそうものなら、一刀両断にして切って捨てるアンゴルモアの恐怖の大王はどこに行った。

「職場とこれとは違います。美玖が言いたいのは・・・」

 そんなにボクが信じられないと御託を並べまくるのなら体で教えてやる。ボクは席を立ち、美玖の隣に行くと、美玖の顎を掴み、その減らず口を塞いでやった。

「うぅぅぅ」

 もうしゃべるな。それこそ美玖の価値が下がるだけだ。美玖の価値はボクが決める。これ以上の戯言は許さない。これは決定だ。抗議も異論も許さない。わかったか。

「これが剛腕の本領・・・」

 ああそうだ。いかなる時でも正面からぶち当たるボクの本性みたいなものだ。美玖の価値は史上最高だ。答えはどうした。

「夜叉は異論なく従います」

 当然だ。そこから部屋に戻り男と女の世界に没入した。