ミサとは手を繋ぐどころか、肌にさえ触れたことはない。チサは忘れたのか、
「そう言えばミサはフォークダンスに参加していなかったような・・・それどころか体育の授業はすべて見学だったよね」
ああそうだ。ミサは体操服にさえ着替えたことがないんだよ。それ以前に買いもしてないはず。あんにゃろめは、
『わらわは好まぬ』
これだけの理由ですべてパスしやがったんだ。体育はすべて見学だったけど、ミサのあんにゃろめはグランドにも出てこず教室にいたんだよ。プール授業もそうだ。さらにだ、身体計測や、内科検診も、
『わらわは嫌いじゃ』
これで済ませてやがった。信じられないと思うけど小学校からそうだったんだ。だからミサの本当の身長も体重も誰も知らないことになる。だから水着姿はもちろん、女子だってミサの下着姿さえ見た者はいないはずだ。
「言われてみればチサも見たことないな」
それもだぞ、それを教師連中でさえ、さも当然のように受け入れてた。そうだな、校門事件を覚えてるか。
「ああそれ見てた」
新任の教頭が赴任したのだけど、前任校で荒れ気味の学校を建て直した功績を評価されての栄転だかなんだかで、そのためか風紀の取り締まりに異常に熱心だった。あの事件が起こったのは朝の校門での服装チェック。
「物差しまで使って異常に細かいものだったのよ」
そこに登校してきたのがミサだ。うちの高校だって制服があるし、教頭もその制服を基準に服装チェックをしていたのだけど、
「そうだった、そうだった。ミサは制服なんか着て来ないもの」
それ以前に制服すら買っていないはずだ。だから当然のように教頭に見咎められたのだけどミサは、
『わらわの出で立ちに下郎めが何を申す。うぬは目障りじゃ、二度とわらわの前に現れるでない』
おいおいなんだけど、教頭の顔は真っ青どころか土気色になり崩れ落ち、
「救急車が呼ばれたけど心筋梗塞って聞いたわよ。あれってミサがやったのよね」
そんなものわかるはずがないだろうが。もっともあれに近いことは何度もあったから、教師連中からも祟り神のように恐れられていた。
「修学旅行も来てないよね」
ああそうだ。あれだって高校だけでなく小学校も、中学もそうだった。野外活動みたいなのもすべてパス。それでも気まぐれのように参加したものもあったけど、あれはミサの服が基準だった気がしてる。
ミサの服は夏でも手首までビッチリ覆う長袖に手袋までしてやがった。スカートではあったけど足首まで余裕で届くロングだ。クソ暑い夏でもフード付きの引きずるようなマントを羽織っていて、靴は膝まであるぐらいのロングブーツを履いていた。
「タロット占いするのにピッタリだったけど」
まあな。それはともかくあんな服で参加出来て、ミサの気まぐれが起こった時だけ参加していたで良いと思う。
「夏は暑くなかったのかなぁ」
それもわからない。ミサだって人だから暑いはずなのだけど、汗一つ見たことがない。それでも夏の方がまだ薄着ではあった気だけはする。だって冬はこれでもかの重武装だったから寒がりだったのはありそうだ。
良く言えば自由人だけど、はっきり言わなくても唯我独尊の権化みたいなもの。教師連中だってミサからすれば、その辺に生えている雑草とか石ころみたいなもので、よくあれであの高校に入学できたかと言うか、なんのために学校に来ているかわからないあんにゃろめだった。
「勉強も嫌いだったのよね」
ああそうだ。予習復習は愚か宿題だって小学校からやったことがないはず。
「夏休みとかの宿題とかは。読書感想文とか、小学生なら朝顔の観察日記とかあったじゃない」
そんなもの、
『わらわは好まぬ』
これで終わりだよ。
「授業中に当てられたりは? やっぱり『わかりません』で済ませてたの」
チサは高二の時からだから知らないのか。ミサのプライドは異常なんてものじゃないぐらい高いから『わかりません』なんて答えるものか。あんにゃろめは、
『それがわらわに物を聞く態度か。もう良い、下がっておれ』
これでその授業は終わりだよ。
「いくらなんでも・・・それって小学校の時からなんでしょ」
ああそうだ。そりゃ、反発した教師もいたけど校門事件になっただけ。だから教師連中に祟り神のように恐れられていたんだって。そういうのは申し送りされるから何度も起こったわけじゃないけど、それを知らないとか、信じなかった教師は悲劇に見舞われてた。
ミサのあんにゃろめはとにかく好き嫌いが多かった。とりあえず問答無用で大嫌いだったのは、
「教師は敵視してたね」
ああそうだった。教師と言うかミサを上から見下ろすような言動とか、態度を取ろうとした者は悉く血祭りに上げられた。教師と生徒はどうしたって上下関係になるけど、そんなものはミサには関係ないからな。
それ以外も嫌いなものはあったけど、その基準がまさに複雑怪奇過ぎるのだよな。好きはともかく、嫌いとなると、どれだけの被害が出るかわからないぐらい。ミサなりの基準はあったようでダブスタはなかったはずだけど、誰だってミサの嫌いに判定されたくないじゃないか。
「そ、そうよね」
あれは地雷原を歩いているようなものだった。ボクはミサを比較的良く知っている方だと思ってるけど、ボクですら、どうしてこんなところに地雷があるのかわからないのがミサだ。だから地雷を踏んでエライ目に合わされた犠牲者はいくらでもいる。
「ああわかる、ミサの逆鱗に触れた時はどれだけ怖かったか」
そうなる。怒ると言っても無表情だけど、そうだな、口調がいつもよりキツくなるぐらいかな。それでも聞かされただけで誰もが震え上がっていた。小便チビってたのも多かったもの。
「足元に水たまりが出来てたよ」
もちろんミサだって闇雲に怒りをぶちまけまける訳じゃない、ミサの逆鱗にさえ触れなければ、
「どちらかと言わなくても物静かな方だった」
物静かと言っても教室の隅っこで目立たないようにしているのじゃなく、そうだな、あれは見下ろしてるとか睥睨してたと思う。
「それでも頼まれればタロット占いはやってくれたのよね。あれだけ気難しいのによくやってくれたと思うもの」
そう見えるよな。あれはミサに言わせると、
『頼まれたからやるのではない。あの者がわらわに救いを求める必然から来ておるのじゃ。その願いを無碍になど出来るものか』
だから占った後が、そりゃ、もう大変だったんだよ。
「なるほど! あの豪快な竿振り術をさせられるってことね」
そういうことだ。だからミサがタロット占いを始めたら絶望感しか無かったもの。あれこそ逃れられない運命だったからな。とにかくミサは存在するだけで奇人というよりウルトラ級の変人だった。
「だからどうやってお付き合いしているのか不思議だったのよね」
だから付き合っていないって。どうやったらミサとイチャイチャなんて出来るんだよ。