恋せし乙女の物語(第11話)絢美の恋

 二年にあがってしばらくしてから絢美から相談。思いつめてたから何があったのだと思ってたら、

「好きな人が出来た」

 出来たも何も絢美はサークル一番のイケメン東堂先輩狙いだったはずだけど、

「亀野君」

 えっ、カメ君なの。亀野君は同い年で小柄で大人しそうな子。いかにも真面目そうだけど、ドン臭いじゃないけど小器用に見えないところがあって、苗字に『亀』も入ってるのあってみんなにカメ君って呼ばれてる。

 見るからに善人なのは認めるけど、絢美は高校の時から面食いでイケメン好み。これは絢美を貶してるのじゃない。そりゃ誰だってルックスが良いイケメンをまず選ぶし、わざわざブサイクを選ばないもの。

 カメ君はブサイクではないと思うけど、イケメンかと言われれば返答に困るところがある。それと絢美は背が高いのよ。大女までは言わないけど、高い方。ヒールどころかパンプスを履いてカメ君と並んだら絢美の方が高いはず。

 女はね、身長が高い男に魅かれるところはある。この辺は相対問題とかもあるけど、背が高いだけで好む傾向は確実にある。だから自分より背が低い男は無意識に避けてしまうかな。明日菜の場合は、自分より背の低い男の方が珍しいけどね。

 身長のバランスは、同じぐらいでも釣り合いが悪いところがあるのよね。この辺は人によるだろうけど、だいたいで言えば十センチぐらいは身長差が欲しいかな。それで言えばカメ君と絢美ではどうかと思わないでもない。

 それと女が魅かれやすいのはコミュニケーション能力が高い男だ。これは必ずしも陽キャを意味するものではないけど、コミュ障気味の男は近寄りたくないと言うか、そもそも接点が出来にくいもの。

 カメ君はコミュ障とまで言わないけど、どっちかというと陰キャで良いと思う。なにかカメ君の欠点を列挙してるようで申し訳ないけど、絢美は大学デビューの時から陽キャのギャル風にイメチェンしてるんだよ。

 これは上手く行ってると思う。たぶん高校時代の絢美なんて誰も想像できないはず。そうなったのは、陽キャのギャルに相応しい彼氏を見つけるのも目的だったはず。そこから考えるとカメ君はどうもって感じてしまう。

「実はね・・・」

 へぇ、東堂先輩に告ってたんだ。

「あっさり振られた」

 あちゃ、ダメだったのか、それっていつの話。

「クリスマス」

 だからか。冬休みに絢美は帰省してないんだよ。絢美のお母さんからも理由を聞かれたけど、適当に誤魔化しといた。あれは失恋のショックで下宿に籠ってたんだ。でもどこからカメ君と接点が、

「サークルもあるけどバイトが一緒なんだ」

 なるほど。絢美は居酒屋のバイトだ。でもそれだけで、

「カメ君って優しいんだ」

 失恋のショックで落ち込む絢美を励ましてくれたのか。

「それもあるけど、バイトの時にあれこれ助けてくれて・・・」

 バイトも客商売だから色んな客を相手にしないといけない。明日菜のコンビニバイトでもクレーマーっぽいのはいる。居酒屋バイトなら酒も入ってるから、もっと厄介なのがいるはずよね。

「ある時に・・・」

 かなりタチが悪そうなのに絢美がちょっとした粗相をやってしまったそう。それぐらいは謝れば普通は済むだけのはずだけど、相手が悪くて騒ぎが大きくなったみたい。そこにカメ君が来てくれて助けてくれたのか。ちょっと格好良いじゃない。絢美の窮地に駆けつけて、

「いきなり床に土下座してくれた」

 颯爽と解決ってわけにはいかないか。ドラマじゃないものね。店員側の対応としては平身低頭で謝るのが基本だけど、それでも絢美のために土下座までしてくれたのはなかなかの気がする。

「それでも収まりがなかなか付かなくて、店長まで出て来ても収まらず、最後は警察まで呼ばれる騒ぎになったけどね」

 そりゃよほどタチの悪いDQNどもだ。

「ああそうだった」

 なんとだよ後日にまた絡まれたそう。その日も居酒屋バイトの帰りだったのだけど、わざわざ待ち伏せしていたらしい。絡まれた理由は、あの日に警察沙汰にまでなったのは、絢美の粗相が原因だから詫びを入れろみたいなものだったらしい。

 詫びと言っても頭を下げるみたいな話じゃなく、カネと絢美の体が目的なのは丸わかりみたいなもの。カメ君も一緒だったけど、相手はガラの悪そうなのが三人もいたから絢美は震え上がったそう。そういうシチュエーションなら怖いより絶望感しかないはず。

「そしたら亀野君が・・・」

 ウソでしょ。絢美を守ってくれたそう。でも相手はDQN三人だし、カメ君は小柄じゃない。素早く警察に通報したとか、

「ああなると出来ないよ」

 目の前に凄んで来るDQNがいるから震えあがってるからか。

「それもあるけど、あんな状態でスマホを取り出して電話なんか無理」

 そっかDQNどもがさせるわけないか。じゃあ、どうやって、

「カメ君は・・・」

 DQNはまずカメ君を叩きのめそうとしたらしい。それから絢美を料理する段取りだろう。ところがカメ君は襲ってくるDQNどもを次々と投げ飛ばし抑え込んだって言うけど、どういうこと。

「カメ君は小柄だけど、柔道の軽量級の選手だったのよ」

 いわゆる黒帯ってやつで、DQNをあっさり片付けてしまったらしい。でもさぁ、そんなに強いのなら居酒屋の時だって、

「それも聞いたんだけど、土下座であの場が収まるなら簡単なことだし、それで収まらなくても他の店員や店長もいるから、最後は警察呼ぶなりするからだって」

 絢美が帰り道で襲われた時には他に援軍を期待しようがないから、やむなくなのか。でもそれって、すっごく格好が良いじゃない。居酒屋DQN事件は、東堂先輩に告って振られて、立ち直ろうとしている時のことらしいけど、

「カメ君は絢美の恩人だしヒーローよ」

 そ、そうなるか。ひとつ間違えていたら絢美はDQNどもの慰み者なってたかもしれないもの。だったら、

「東堂先輩に告って振られたばっかりじゃない。それなのにあっさり乗り換えるのは軽い女だって思われない?」

 そんなことないよ。絢美も告って、振られて、落ち込んでからの新しい恋じゃない。それに東堂先輩と付き合っていたわけじゃない。今からカメ君に行っても文句なんて言われるはずないよ。

「それにカメ君がどう想ってくれてるか」

 やっぱりそこか。これが恋の最大の難関だけど、絢美の話を聞く限りカメ君も絢美が好きな気がする。帰り道の乱闘の時は、それこそやむなくみたいにも見えるけど、その前の居酒屋の時は違うはず。

 そうなんだよ、絢美がDQNに絡まれた時に、カメ君はわざわざ土下座する必要はないじゃない。そのシチュエーションなら店長を呼びに行くとか、それこそ警察を呼ぶで十分のはず。土下座までしたのは、そんな事をやっているうちに絢美に危害が及ぶのを防ごうとしたはずだ。


 絢美を励まして帰ってもらったのだけど、人って見かけによらないと思った。悪いけど、さして取り柄がないと思ってたカメ君が、実はそんな格好の良いところがあったのに驚いた。優しいし、強いし、格好良いじゃない。

 絢美が惚れるのもわかるもの。いや、そこまでしてもらったら惚れない方が不思議だ。そりゃ、ルックスはイマイチだし、背も高くないけど、中身は優れ物で良いと思う。そりより何より、あれだけのものを見せられたら惚れないはずがない。

 昔から男は顔じゃ無いとは聞いてはいた。女だって顔じゃないはずだけど、そこまでやると長くなるので置いとく。でもさぁ、本当に惚れないといけないのは中身の気がする。だって、いくらルックスが良くても、ゲロが出そうな男とか、謎ルール男、遅刻魔も含めた非常識男は願い下げだもの。もちろんルックスが良くて、心も良いのが理想だけど、

「カメ君はルックスも良いよ」

 あちゃ、絢美は完全に惚れこみまくっている。アバタもエクボってこれも昔から言うけど、アバタってそもそもなんだ。ゲームのアバターじゃないよね。とりあえず好きになったら、なんでも良く見えるぐらいの意味なのは間違いない。