恋せし乙女の物語(第10話)遅刻魔の思い出

 ハズレ男の話題で盛り上がって思い出した。高校の時は絢美と涼花の三人でよく遊んでたのだけど、実はもう一人いた。馨って子だったのだけど、

「あの子にはウンザリさせられた」

 学校はあんまり遅刻しないのに、

「あれって毎朝お母さんに叩き起こされて、家から放り出されてるんじゃない」

 その辺はわからないけど、どこかに一緒に出掛けるとなると必ず遅刻するんだよ。それだって五分や十分ならまだ許せるけど、

「五分や十分なんて待たさせたの『ま』にも入らないもの」

 とにかく待たされる方はたまったものじゃない。パターンも決まっていて、だいたい三十分ぐらい遅れた時点で、

『寝坊した』

 あのな、やっと起きたのかいだよ。男だってそうかもしれないけど、女なら起きたからと言ってすぐに家を出られるわけじゃない。髪のセットもあるし、あの頃の馨はそういう時は化粧もしてたからね。だから次に来るのは、

『待ち合わせ時刻を一時間遅くするからね』

 ちょっと待てい。『するからね』じゃなく『遅刻したからゴメンナサイ』だろうが。じゃあ、遅らせた時刻に来るかと言えば、さらに三十分ぐらいは余裕で遅れてきて、そのことを注意しても、

『たった三十分でそんなに怒らなくとも』

 あのね。三十分でも余裕で怒るよ。それに三十分じゃない、一時間半ぐらい待たされてるんだ。これで怒らない方が不思議だろ。

『一回ぐらいでそんなに怒らないでよ』

 てめえの記憶力は便所虫か。そもそも、遅刻しなかった方が珍しい。

「それは褒めすぎだよ。ちゃんと待ち合わせ時刻通りに来た記憶がない」

 それにだよ、馨が遅刻するものだから、その日のスケジュールはガタガタになる。そりゃ、スタートが一時間半も遅れれば時間が足りなくなるからね。そしたら、

『もっと早くに出れば楽しめたのに』

 これをまあブツブツと垂れまくる。てめえが遅刻したせいだろうが。それなのに文句を垂れまくった挙句に、

『時間が短くなって損した。どうしてもっと早く出かけなかったの!』

 すべててめえのせいだと言っても耳に入れようともしやがらない。だから馨と一緒にお出かけするのは嫌だった。嫌だったけど同じグループだから、お出かけの計画段階で筒抜けだし、馨は当たり前のように参加したがる。何度も、

『今度は遅刻しないでね』

 こう念を押しても、馬耳東風とはあのことだと思ったもの。どうも絢美のお姉さんによると、遅刻魔は相手が待たされてるのは気にもならないんだって、だから遅刻を怒られても、それのどこが悪いかさえ理解すら出来ないんだとか。

 馨みたいなのはさらにタチが悪くて、待ち合わせ時刻の変更はいつでも出来るものと考えているみたい。時間変更の一報さえ入れれば遅刻はなかったことになるらしい。そんな馨でも言い訳はする、

『髪のセットが手間取っちゃって』
『服を選びだすと迷ちゃって』
『メイクが決まらなくて』

 知らんがな。時間がかかるのなら、それも計算して起きる時刻なりを逆算するものだ。そもそもだよ、待ち合わせ時刻を越えてから起きてるのはてめえだ。遅刻して遊ぶ時間が短くなったのをボヤキまくるのもてめえだ。

 我慢の限界はついに来た。またもや馨は来ないし、今起きたとかの寝言のLINEが来たものだから、涼花が切れた。次に来るのは時刻変更の連絡だから、

「待ち合わせを十年遅らせるってLINE送ったのよね」

 馨を置いて三人で出かけたんだ。途中でLINEやら電話が入っていたようだけどすべて無視して三人でお出かけを楽しんだ。翌日に顔を合わせると馨が、

『置いてくなんてヒドイ』

 涼花は、

『待ち合わせ時刻を変更するって連絡してるじゃない』

 そんなことに耳を貸す馨じゃないから、ひたすらヒートアップ。最後に、

『わたしを除け者にするのなら絶交よ』

 三人で快く馨の絶交通告を了承したものね。その後の馨だけど、致命的な遅刻をやらかした。なんとだよ入試の日に大遅刻を三回もやらかし、

「滑り止めさえ合格できずにFランの二次に辛うじてだった」

 あれって最後は家族にさえ見放されたんじゃないかと思ってる。毎朝、どれだけのバトルが展開されていたかを想像するだけでゾッとするものね。馨には、

『Time is money』

 この言葉を叩きつけてやりたかった。馨がタダとみなしているわたしたちの待ち時間だって価値があるってこと。遅刻するってことは、その時間を使い散らかしているんだもの。

「そうだよ、わたしたちを待たせるより大事な時間って馨が思うのなら、勝手にすれば良いと思う」

 馨のこともあったからとくにだけど、時間にルーズな人は嫌いだよ。これは遅刻を許さないのとは少し違う。そりゃ、明日菜だって絶対に遅刻をしないとは言えないから。大事なのは遅刻をして相手に迷惑をかけてしまったの心だ。

 無為な待ち時間を相手に使わせてしまって悪かったと思う心と、それを素直に詫びる姿勢かな。遅刻魔に代表される時間にルーズな人は、その点に本当に無頓着すぎると思う。まるで自分が中心に世界が回っている様に振舞うんだもの。

「杉浦先輩もエライ目に遭わされてたものね」

 サークルの杉浦先輩も遅刻魔だった。必ずみんなを待たせるし、遅れてもヘラヘラ笑うだけ。先輩たちは杉浦タイムと呼んで辟易してたもの。あれは夏休みのサークルの合宿の時だったけど、行き帰りのバスが田舎だから朝夕に一本ずつしかなかったんだ。

 だから朝の集合時刻は絶対になる。朝のバスに乗れないと次は夕方だし、バスで一時間は余裕でかかるから、歩いて行けるような距離じゃない。合宿に来る時も杉浦先輩の下宿にわざわざ叩き起こしに行って引っ張って来てる。

「先輩たち切れてたね」

 そうなのよ。遅刻しないように下宿まで行って連れて来てるのに、やれもっと寝たかったのにとか、時刻に神経質な連中が多すぎて困るとか。それをだよ、ずっと愚痴ってたのよね。だから制裁を行ったと思う。

「ラストチャンスを与えたのかもしれない」

 帰る前夜に杉浦先輩に何度も何度も念押ししてた。そりゃ、執拗なぐらいやってた。もちろん、

『杉浦、起こそうか』

 これも言っていた。だけどあれは好意のものじゃなく挑発だった。それに反応した杉浦先輩は逆切れして、

『自分で起きれるから、絶対に心配無用』

 こう怒りながら宣言してた。でもって翌朝だけど杉浦先輩は起きて来なかった。どうするんだろうと思ってたら先輩たちは杉浦先輩を残して帰っちゃったのよの。

「杉浦先輩は後で怒ってたけど・・・」

 杉浦先輩は夕方のバスまで待ちきれず歩いて駅まで行ったそうだけど、ああいうものはバスに乗ってこそ田舎なりに乗り継ぎが可能だってこと。結局、その日のうちに帰れなかっただけでなく野宿を余儀なくされたそう。

 だから置き去りにされたと怒ってたけど、先輩たちは冷ややかだった。そもそも怒られる理由は何もないってね。それを聞いて杉浦先輩はさらにヒートアップしたけど、先輩たちはサークル室のスクリーンに、

「杉浦先輩の逆切れしながらの心配無用宣言の動画を流した」

 これを見せられても逆切れ状態で、捨て台詞を吐きながらサークル室から出て行って、そのまま退会したものね。他のサークルに入ろうとしたみたいだけど、杉浦タイムの悪名は轟きすぎていてどこも断られ、

「友だちもいなくなったとか」

 待ち合わせだって約束だから、常習的に遅刻するような人は、約束を守れない人だと見なされるってことだよ。

「待ち合わせ時刻すら守れない人は信用を失うってこと」

 明日菜もそう思う。友だち関係でもそうだけど、社会人になったらもっとシビアなはず。商談のためのアポ時刻に遅れたら、商談ごとなかったことにされたり、その後の取引さえ打ち切られるって聞いたことあるもの。それで会社に損害でも与えようものなら、降格とか、減給だとか、左遷とか、最悪クビどころか損害賠償だってあるとかないとか。

「人として、どこかに欠陥があるってことよね」

 そう思う。時刻に無頓着なだけじゃなくて、自分の遅刻が周囲にかけてる迷惑に極度に無頓着だものね。

「自分が悪いことをしている意識が壊滅的に無いから治るはずもない」

 ある種の不治の病じゃないかと思うぐらい。