ツーリング日和17(第15話)合意の範囲

 初体験の後がどうなったかだけど、そのままマゾ奴隷になんかなってないぞ。アリスは必死になって逃げるチャンスを窺ってた。この辺は変態野郎も手抜かりがあったと思う。これがもしホテルでなく変態野郎の部屋だったらマジでやばかったかもしれない。

 そりゃ、そうだろう。時間をかけてアリスの心を完全にへし折り、洗脳が完了するまで調教はエンドレスだもの。最後は逃げる気力どころか、奴隷の身分に本気で喜びとか感謝をさせられていたかもしれない。

 そこまではどうかはわからないにしろ、あの変態野郎はこれからの調教内容を嬉し気に話しやがったし、逃げようもないから、ひたすら受けさせられたのだけは間違いない。でもそうならなかった。

 あの変態野郎がホテルにしたのは二つほど理由が考えられる。一つはそんな変態野郎の部屋だから、ドアを開けただけで異様さに感づかれて獲物に逃げられしまうリスクだ。この辺は事前準備でまだなんとかなるかもしれないけど、あの調教でアリスの絶叫と悲鳴が聞かれてしまうリスクはあったはずだ。

 だから最初の調教にホテルを選んだ可能性はあると思ってる。ホテルでアリスの心をそれなりにへし折って屈服させ反抗する気力を奪っておこうぐらいの算段だ。だけどホテルを選んだばっかりにリスクが生じてる。

 ホテルは料金がかかるんだよ。つまりいつまでもいられない。変態野郎は初期調教が終われば、引き続きの調教を自分の部屋でやる予定だったのは間違いない。だけど移動するとなると人目がある。

 まさか素っ裸で縛った状態で連れて行けないじゃない。だから服を着るように命じられた。ここだけど、奴隷は全裸であるのが契約になってるから、特別の許可だともったいぶられたよ。

 それでもやっと服が着れたのだけど下着は無しだ。泣きそうだったのは首輪も外してくれなかったんだよ。お蔭で下着無しの首輪付きの情けない格好でホテルのフロントまで連れていかれた。

 あそこだって首輪にクサリを付けなかったのは失敗だろう。ホテルの部屋の中では四つん這いで引っ張り回されたからな。そうされながら尻にムチだ。犬だってもうちょっとマシな扱いを受けると思うぞ。

 変態野郎が受付で料金の支払いを始めた瞬間にアリスは渾身の力で変態野郎の腕を振り払って逃げ出した。パンプスだったのだけどこんなものじゃ逃げ切れないと思ったから投げつけてやった。

 この時になぜか変態野郎は追いかけて来なかった。何故だかわからないけど、理由は二つぐらいは考えられる。一つは会計を済ませないと、そっちはそっちで警察沙汰になってしまうリスクだ。それでアリスの存在がバレたら良くないぐらいだろう。

 もう一つは変態野郎の誤算だ。あの野郎はアリスへの十分な脅迫材料を握っていると思い込んでたはずだ。俗にいう女の恥しいビデオだ。そりゃ奴隷宣言からロストヴァージンまでばっちり撮られたからな。

 変態野郎はアリスがそのビデオを公開されることを恐れると考えてたはず。だからたとえ逃げても警察とかに駆けこんだりしないはずだし、呼び出せばいつも応じるぐらいかな。レイプされても女が訴えない事があるのと同じ理屈ぐらい。

 そういうことは後から言われてわかったんだけど、あの時のアリスはそんな事を考えもしてなかったな。やっと掴んだチャンスに一目散に逃げたもの。ここも逃げさえすればなんとかなるの成算だけはあったんだ。

 アリスがSM調教を喰らったのは北野のホテル街なんだ。神戸の人ならわかると思うけど、少し下れば山手幹線がすぐなんだよ。そこまで逃げれたらそれなりに人通りがある。さらにだよ、山手幹線を渡れば生田警察署があるんだ。

 そりゃもう、必死の思いで駆け込んだ。事情を訴えたら担当してくれたのは婦警さんだった。なにがあったかを話して、アリスの体を見せたら驚いてた。そりゃ、生々しいムチの跡や、ローソクの跡、さらには縛られたロープの跡があるものね。

 ついでに言えば下着もないし、下の毛も無くなっているし、ロストバージンの証拠さえある。さらに言えばカギがかかった首輪まである。婦警さんの顔色が変わったよ。アリスを病院に送る手配をしながら、バタバタと警察署が動き出したのがわかったもの。

 そこからは早かった。変態野郎は行きずりの相手じゃなく恋人だ。名前も。住所も、連絡先も顔写真だってある。自分の下宿にノコノコ帰ったところであっさり逮捕だ。ざまぁ見ろだ。女を舐めるな。


 後から聞いた話だけど、あの変態野郎にかけられた容疑は強制性交致死傷だったそうだ。えらくものものしい罪名だけど、要はアリスをレイプして、怪我させた容疑だ。そうなっているのはあの変態野郎が一部始終をビデオに撮ってるから逃げようがないはずじゃない。

 なのにあの変態野郎は徹底抗戦したと聞いて驚いた。ここもそういう行為をしたのは認めたそうだ。あんなもの否認しようがないからな。だけどあれはすべて合意の上のものだと頑張ったらしい。

 なるほど、あの日のアリスは変態野郎との性行為に合意していた。だから一緒にホテルに入ったのは間違いない。でもさぁ、たしかに処女喪失を含む性行為に合意してホテルのは入ったけど、その時にSM調教がセットなのは同意してないじゃない。

 ましてや、その挙句の性行為もそうだ。この点だけは警察はアリスに念を押してたかな。つうか裁判の証人にまで引っ張り出された。変態野郎の弁護士がしつこく食い下がって来やがったけど、あんな変態行為の同意なんてありえないと断言しといた。


 証人に出る前に教えてもらったのだけど、性行為の合意の範囲って途轍もなく広いのに驚かされた。あそこまでやりたい放題にされたのに、それでも合意の範囲に収まる事さえあるって言うんだもの。

 たとえ話が強烈過ぎたのだけど、アリスだってこの世にSM趣味をもつ人がいるのを知ってる。あれがアリスの代わりにマゾ嗜好が昂じまくって、マゾ奴隷に志願してきた女であれば問題にならない事もあるって言うんだよ。

 問題にならないって言うのも微妙なニュアンスがあるみたいだけど、性行為って二人の秘め事じゃない。その二人が密室でなにをやらかそうが、知っているのは当事者の二人だけしかいないのよ。ぶっちゃけ、どちらかが警察なりに訴えないと誰も知らないことになるぐらいの理解で良さそうだ。

 変態野郎の狙いもそれであったで良さそうなんだ。言うまでもないけど奴隷宣言も、奴隷契約書も、変態じみた捺印になんの意味もないけど、ああいう行為をエンドレスに続けることでアリスの心を完全にへし折ってしまい、事後に合意を取り付けてしまう目論見だ。

 まあ洗脳みたいなものだけど、そこまでされてしまえば、監禁されても逃げ出そうと言う気がなくなり、ちらっと見られたぐらいなら、ハード目のSMプレイを楽しむカップルと見なされてしまうぐらいかな。

 もっともそこまでやれば犯罪行為だけど、調教され尽くされたアリスが逃げ出したり、警察に駆け込むリスクは低くなるぐらいは言えると思う。想像しただけでゾッとしたけど、類似犯は現実にいるそうだ。


 この合意だけど、口頭と言うか阿吽の呼吸でも成立する。こう書くと物々しいけど、言われてみればそうで、性行為の前に契約書みたいなものを読み上げ、署名捺印してから行為に及ぶカップルなんているとは思えないものね。

 それぐらいあっさり成立するけど、反故にするのも容易だそうだ。たとえば初体験に合意したとするじゃない、そこから始まって途中で怖くなってやめたいと思う女がいてもおかしくない。やっぱり怖いものね。

 そこで女が拒否の意思表示をしたにも関わらず、男が力づくでやってしまったら、これはレイプになるんだって。なぜなら性行為への合意が反故になったからね。なるほど、恋人同士はもちろんだけど、夫婦でもレイプが成立するってこういう事かと初めてわかった気がした。

 夫婦って国家公認でやっても良いと国家登録されてるようなものだけど、それでもやるには合意が必要で、拒否してるのに強引にやったらレイプになる。もっともこの辺の合意の成立、不成立は多くの場合、証拠がないんだよね。

 とにかく阿吽の呼吸の世界だから、男と女の駆け引きがあったり、嫌だと言いながらやってみたら満足したりの世界もあったりするみたい。とにかく秘め事の世界だから、もめたら言った言わないの水掛け論にもなりそうだ。


 あの変態野郎は徹底抗戦したと言ったけど、徹底抗戦するとどうなるかも教えてもらった。そのまま無罪になれば、それはそれで良いのだそうだけど、無罪の主張が認められずに有罪になった時に大きな影響が出るんだって。

 裁判って有罪になっても情状酌量ってあるじゃない。あれの判断材料の一つに、被告が反省してると言うのがあるぐらいは知ってる。その反省の前提として犯した罪を認めるのが必要だそう。

 罪を認めず無罪で頑張ったら、まったく反省の態度が見られないになって、情状酌量が認められないどころか、反省の色が認められないとされて、罰が重くなったりもあるそうなんだ。


 それはともかくあの変態野郎は強制性交を認定され、さらにアリスの処女をぶち破った事による致死傷も加わった。さらにローソク、ムチ、ロープによる暴行傷害もあり、さらにさらにシビレ薬の不正入手、その使用もある。ついでに言えばアリスの下着を盗んだ窃盗もあるはず。

 でもさぁ、強制性交致死傷って無期または六年以上の懲役なんだよね。余罪の加算がどうなってるかしらないけど、たとえ無期になっても出所してくる可能性があるのよ。あんな変態野郎は二度と出て来て欲しくない。

 どうして日本に去勢刑、いや去勢じゃ腹の虫がおさまらない、ちょん切ってしまう刑がないのか憤慨した。ちょん切ったついでに穴掘って女にしてやりたいぐらい。そうなって男に突っ込まれる苦痛を味わいやがれ。


 トンデモナイ初体験なんだけどショックだったかって。そりゃ、そうだよ。これでショックを受けない女なんているものか。このまま気が狂っても、死ぬまでトラウマを抱え込んだって不思議無い。

 アリスだってもちろんそうなりけた。自殺だって真剣に考えた。しばらくは半分ぐらい廃人状態だったと思う。そのままになってもおかしくないぐらいだったけど、アリスに救世主が出現してくれた。

 アリスにとって救世主には間違いないのだけど、あれはあれで滅多に出来ないような経験だった。