ツーリング日和11(第24話)艶っぽい宿

 両津なんだけど昨夜と違う宿。

「明日のフェリーが早いから、なるべくフェリーターミナルに近いとこにした」

 昨日だって五分ぐらいだったじゃない。

「基準はそれだけだからね」
「そや、それ以外になんも選考要素に入れてへんからな」

 明日は九時十五分発だから八時半頃にはフェリーターミナルに行かなくちゃならないのか。そりゃ、近い方が良いのはわかる。それと同じ宿への連泊も避けたんだろ。せっかく旅に出ているのだから違う宿を経験したいものね。

 昨日の宿より格段に近かったけど、ここが宿なのか。看板一つ出てないぞ。本当に旅館なのか。誰かの家じゃないのか。家というよりこれはお屋敷だろ。総二階建ての日本建築で古そうだけど、妙に立派だ。二階には家紋みたいなのがあるけど、あれなんて言ったっけ、人魂が二個絡んでるやつ。

「二つ巴だよ。軒瓦にも付いてるよ」

 ホントだ。でも妙なところもある。お屋敷であれば塀とかあるはずじゃない。そう塀に囲まれて、門があって、その向こうにお屋敷があるってスタイル。でもここは道路に直接面してる。

 こういう時は都市の再開発に伴う道路拡張で削られたりするパターンも多いけど、この道路にそんな感じはないし、玄関の造りも、もともと道路に面して作ってある感じがする。それより、なによりここが本当に旅館で、今日の宿なのか。

 コトリさんたちは格子戸を開けて入って行ったから、それに続いて入ったのだけど、なんじゃこれ。どうしてこんなところに看板があるんだよ。立派な木製の横看板に流麗な金文字で、

『金澤楼』

 これが屋号なのか。宿の人も出て来たから宿なのは合ってるみたいだけど、

「近いでしょ」
「ちょっと情緒があるのはオマケみたいなもんや」

 これがちょっとか。情緒があり過ぎるというか、これははっきり言う、艶めかしいぞ。そうなんだよ、豪華とか、オシャレとかじゃなくて艶めかしいんだよ。

「明治のもののようよ」
「これもタマタマやからな」

 あの異様なほどの念押しが気になって仕方がない。

「今は金沢屋旅館や」
「そうよ普通の旅館だよ」

 そもそも異常な旅館ってなんなんだよ。

「そりゃ、逢引き宿とか」

 それはラブホでしょうが。部屋に案内されたけど、どうにも落ち着かない気分だ。部屋はここみたいだけど、部屋の名前が変だ。こういうところって、なんとかの間ぐらいが多いはずだけど、

『五番』

 これってどうなんだ。それも縦の木札に墨書きだぞ。それに部屋も扉じゃない、これは引き戸だ。部屋の中も違和感だ。とくにこの襖絵はなんだよ。異様なほどに豪華絢爛じゃないか。

「タマタマやからな」
「わたしたちも来てみて驚いてるの」

 座ってお茶を頂いて部屋を見回しても、どこも造りが妙に凝っている気がする。それも和風建築ならこういう時は、渋いとか、シックとかを感じさせるものが多いはずだけど、天井まで華やかと言うか、やっぱり艶っぽい。いやここまで来ると色気さえ感じそうじゃない。部屋にいるだけで落ち着かない気持ちになってしまいそう。

 ここはいったいなんなんだ、とりあえず風呂に行くことになったけど、廊下も、脱衣場も、普通の旅館と思えないよ。お風呂はタイル張りだけど、このお風呂だってどこか艶っぽい感じがしてしようがない。ここは一体どこなの、

「ああ遊廓やったそうや」

 なんだって! まさかエルは騙されて、

「そやから普通の旅館や言うてるやんか」
「とっくの昔に遊廓なんて滅びてるじゃない」

 それもそうだ、遊廓なんか時代劇にしか存在しないはずだよね。

「こんな機会は滅多にあらへんで」
「調度とかも、遊廓時代に近いそうよ」

 だからこれだけのお屋敷が直接道路に面しているのか。江戸時代はこの辺一帯が遊廓になっていて、こんな建物が軒を並べていたんだって。ここが唯一の生き残りになるのか。だったらあの部屋も、

「遊廓のメインのお仕事をするところや」

 それしかないか。それにしても本物の遊郭の中ってこんなんなんだ。まさに男の遊び場って感じだ。でもさぁ、売春するだけだったら凝り過ぎの気もするけど、

「遊廓はな、女を買うとこでもあるけど遊ぶとこでもあるねん」

 女を買うのが遊びでしょ。

「まあそうやねんけど、どういうたらエエのかな。料亭と売春宿が合体してるようなとこやねん」

 言われてみれば映画とかで遊女とドンチャン騒ぎをするシーンはあったような。宴会が終わる頃に気に入った遊女とやりに行くみたいな感じだ。

「女を買う奴が多かったとは思うけど、宴会だけやって帰る客もおったそうや」

 男の社交場でもあったそう。まあ、女にしたらトンデモないところだから、こんなものが滅んで良かったよ。

「遊廓は滅んだけど、女にとってトンデモないところは今でも健在どころか、ピンピンしとるで」

 えっ、あっ、そっか。今だってソープはあるのか。

「あそこは遊廓とは言えんな」
「そうだね、せいぜい岡場所よ」

 なんだそれ。遊廓は幕府公認だったそうだけど、それに対して非公認の売春地帯を岡場所っていうらしい。そこは遊廓と較べると割安だったそうだけど、

「宴会部分が無いようなもんやからソープみたいなもんやろ」

 言うまでもないけど、行ったことも勤めたこともないから、聞いただけの話だけど、ソープってお風呂入ってやるだけのところらしいものね。だったら現在の遊郭はどこにあるの。

「そやな、だいぶちゃうけど高級クラブとか」
「ホストクラブもそうじゃない」

 もちろん行ったことも行く気もないところだけど、どちらもドヒャってぐらい豪華な店で、座っただけで何万円もして、何十万もする目を剥くほど高いお酒を飲んで、気に入ったホステスやホストを指名したりなんかしたら破産するところだ。

「そこまでやないやろうけど、カネがかかるのは間違いない」
「でも似てる部分はあるでしょ」

 類似点は着飾った美人ホステスや、イケメン・ホストにカネさえ払えば相手をしてもらえるところか。ホステスやホストはカネさえもらえば、どんな客にも機嫌を取って楽しませてくれるらしいものね。でもさぁ、それで終わりじゃない。

「店ではな」
「遊廓みたいに売春場所がセットじゃないものね」

 たしかに。ホステスやホストを口説いて、店が終わった後にホテルに行くぐらいの話はさすがに知ってるもの。ホテルであれする料金は店とはまったく別のはずだけど、あれも売春の一種と言えるかもね。

「遊廓機能を分割したようなもんに思えんか」

 まったく一緒じゃないけどやっている事の本質は近いかもね。さらに言えば高級クラブだけでなく、ラウンジとか、キャバクラだってあるもの。そこで働く女だって、遊廓時代のように全員が売り飛ばされてのものじゃないけど、今ですら借金返済のために働いているのはいるらしいものね。

 だから男はって言いたいけど、ホストクラブもあるのが頭が痛い。あそこは女が男目当てに通うところだ。つまりは高級クラブの裏返し。売春って用語が合ってるかどうかわかんないけど、ホストを買う女もいるし、ホスト狂いって言葉も存在する。要は買ったホストとやってるってこと。

 男女は平等だから、逆もまた真なりが成立しても不思議じゃないかもしれないし、それだけ女の地位が上がったと無理やり言えなくもないかもしれない。もっともエルにしたら、そんなところにカネを注ぎ込んで、通い詰め、さらにはホストを買ってまであれしたいのは理解できないけど、コトリさんの言う通り、

『需要があるから供給がある。世の中は売ると買うで出来てるんや』

 女が男を買いたい需要があるからホストクラブは成立してるんだものね。無ければそもそも成立しないもの。

「そやから世界最古の職業やと言われとるし、どんなに取り締まっても滅ばへんのやろ」

 それでも時代で少しづつマシにはなっているのか。遊廓を支えたのは男の欲望は大きいけど、人身売買が常識の時代背景もあったそう。女郎として売買される世界だ。そりゃ、今だって大きな借金を背負って返済のために性風俗産業で働かされるはあるぐらいは知ってるけど、

「闇金にまで手を出すからや。それ以前やったら自己破産で精算出来るやんか」

 だよな。銀行が娘を借金のカタに売り飛ばすなんかないものな。自己破産もデメリットは多々生じるそうだけど、遊女やらされるより一万倍マシだ。闇金に手を出しても、正統な機関に駆け込めば保護もしてくれる。

 それに闇金に手を出しても、すべて売り飛ばされる訳じゃない。闇金だって女を売り飛ばすために金を貸している訳じゃなく、あくまでも貸したカネの利子を受け取ること。

「そういうこっちゃ。人身売買とか、臓器売買は非合法やから発覚すれば警察の御用になってまう。そんなハイリスクをやろうと思えばヤーさんの協力が必要や。そやけどヤーさんと下手に組めば今度は骨までしゃぶられるのもよう知ってるで」

 そんな話をしながらお風呂を上がり、食事を済ませて部屋に戻ったのだけど、どうにも落ち着かない気分。遊廓の造りって男の欲望を掻き立てるように作ってあるはずだけど、女だって駆り立てる部分があるのかもしれない。

 もちろん当時の遊女はそんなことを感じもしなかったと思うけど、たとえばだよ、これがホストクラブみたいな男女逆転の遊郭なら客は女で買われるのは男だ。今から買った男と過ごす時間に心が浮き立つ感覚とか。

 どっちにしても縁がない世界、縁があって欲しくもない世界だけど、妙な気分になってきてしまってる。こういう気分の時にやりたいのは・・・良い機会だからやってみようか。いや、やってみる。