ツーリング日和11(第26話)コスプレ

「エル、エル、わてが誰かわかるか」

 エルを女にしてくれた愛しの丈太郎さん。

「そやのうて、ここがどこかはわかるか」

 ここは遊廓の一室。

「ちゃうで、元遊廓やけどタダの旅館やし、ツーリング中やで」

 そういうことか。わかってるって、エルはどう見えた?

「この遊廓で恨みながら死んだ遊女にでも憑りつかれたかと思うて心配したで」

 それはないけど・・・ちょっと待ってよ。じゃあ、そう思いながらエルを抱いてたの。この浮気者めが、また二回目の夜なのに、他の女を抱くなんて。

「なんか供養やと思うて」

 殺してやる・・・でも抱いてたのはエルか。エルは正気だから、エルが成りきってた薄幸の遊女を丈太郎さんは抱いていたのだから、浮気とも言えないか。見た目も体も心もエルだものね。

「エル、一つ聞いてもエエか。そんなにシチュエーション・プレイが好きか」

 ちょっと違うかな。エルがやったのはコスプレだよ。エルはコスプレが好きなんだ。もっとも他人に自慢できるような趣味じゃないから、友だちにも元カレにも教えていないよ。でも丈太郎さんには隠し事はしたくないから打ち明けたつもり。

「あのなぁ、前置きも無しに、いきなりコスプレ演じてどうするんや」

 それは謝る。コスプレも色々ある。姿形だけのコスプレもあるけど、エルの場合は心もコスプレするの。

「完コピってやつか」

 そう。コスプレしている間は、完全にそのキャラになりきっちゃうの。つうか、そこまでやらないとエルなら恥しくてコスプレなんて出来ないもの。だからコスプレやっている間のエルは別人とも言える。ちょっと待った。別人になっているエルを抱いたってことは、

「エルがエルなんは一緒や。しょうもないクソややこしいヤキモチは堪忍してくれ」

 それはそうだけど、なんか腹立つじゃない。丈太郎さんがエル以外の女と、

「やってへんやろが。頭のテッペンから足の指先まで百%エルや」

 けど心が違えばエルじゃない。今回は初めてだから許してあげるけど、二度はないからね。それはともかく、エルがコスプレする時は心から入るんだよ。まず演じるキャラの心になりきっちゃうんだ。心がなりきってから、コスチュームとメイクを仕上げて行く感じ。

 今夜は遊廓じゃない。遊廓と言えば女なら遊女のコスプレしかないじゃない。それも薄幸の遊女が思い浮かぶでしょ。考えているうちに面白そうだと思っちゃったのよ。

「思い浮かんだだけで、あそこまでやるか?」

 だから謝ったじゃない。だってさ、コスプレを見せようと思った瞬間に入り込んじゃったのよ。これぐらいあっさり入り込めるなんて滅多にないぐらい。とにかく舞台設定がここまで整っているんだもの。わかってくれるでしょ。

「わかるか。やるならやるで言うてくれんと」

 まあそうなんだけど、心のコスプレに入っちゃうと、なんにも聞こえなくなっちゃうの。だってそういう時っていちいち説明とか、解説しながらやるものじゃないもの。ここまでなりきれたのはこの部屋の魔力もあったと思う。

「やっぱり憑り付かれたんか」

 それはないけど、ちょっと近い感じ。エルが演じた遊女はいたはずなのよ。体を買い取られて、ここで水揚げさせれた女は数えきれないほどいたはず。その悲痛な思いが沁み込んでいるのがこの部屋なんだ。

 どんな思いで自分の初めてを買い取った男を待ち、どんな思いで男を受け入れたかを考え出すと止まらなくなっちゃたのよ。今より情報が少ない時代だから、あれをやらされるのはわかっていても、具体的に何をされるか良く知らなかったはずじゃない。

 当時の女だって、最後は男を入れられるぐらいを知っていたとは思うけど、その前段階でどうされるかなんて知りようもなかったはず。これはエルだってそう。そりゃ事前知識はあったけど、いざとなると驚きの初体験の連続だったもの。

 エルはそれでも愛している人が相手だったけど、遊女はそうじゃないじゃない。あれって、ぶっちゃけ、日常なら口にも出来ない行為をやることよね。それをだよ、見ず知らずの男にフルコースでされちゃうんだもの。

 それもだよ、買われてるから抵抗も出来ないし、すべてを許して受け入れないといけないじゃない。好き放題に弄ばれ、泣く泣く最後まで受け入させられ、無理やり女にさせられてしまう悲しみを・・・

「それってあれか、女にあるという・・・」

 それ以上は言わないで。こういうシチュエーションを妄想するのが好きな女は多いんだよ。どうしようもない状況に追い込まれて、無理やりとかね。これも誤解される事が多いのだけど、妄想するのと現実はまったく別だよ。

 妄想では、好きどころか嫌悪感しかない男に犯される、それも寄って集って追いつめられ、最後は無理やりイカされるぐらいは珍しくもない。あれってね、その前の大前提があって、そういう妄想の男に犯されたいがあるのよね。

「ちいとわかりにくいが」

 わかんないかな。現実では嫌悪感しかないけど、それでも犯されたい男なんか存在するはずないのよ。それは単なる嫌いな男で、やるどころか口を利くのも、近づくのも嫌だよ。愛していて入れて欲しい男じゃないと、心が受け付けず。心が受け付けないから体も反応しないのが女なんだよ。

「女は複雑だな」

 女に入れさえすれば誰だってかまわない男とは違うのよ。コスプレってそういう妄想を形にする面はあるとエルは思ってる。言うまでもないけど、コスプレしている女がそんな変な妄想しているのとは話が完全に別だからね。

 コスプレの世界は広いのよ。今日やったのもコスプレの一種だけど、こんなのばっかりがコスプレと誤解されたら困るんだから。もっともっと健全なコスプレが王道よ。今日のはかなり特殊だよ。

 丈太郎さんの言う通り、コスプレというより、シチュエーション・プレイに近い点があるのは認める。でも、心はかなりコピーできていたはず。今日のが完全なコスプレにならなかったのは心しかコスプレ出来なかった点は大きい。

 本当なら心のコスプレが仕上がった時点で姿かたちのコスプレになるんだ。設定が遊女だから髪型はセットしたかった。でもさぁ、遊女の髪型となると日本髪じゃない。あんのなもの自分で出来るはずがない。それこそ美容院で予約しないと無理だ。

 もっとも日本髪はまだ妥協できた。遊女が日本髪なのは相撲取りのちょん髷とは違うもの。相撲取りのちょん髷は相撲取りである象徴みたいなものだけど、遊女の日本髪は、その頃の女性のオシャレに過ぎないはず。

 そう、別に遊女である象徴が日本髪であるわけじゃない。もちろん完コピを目指すなら、欠かせないけど、この急場だから余裕で妥協できるかな。だって、日本髪を結っていない遊女だっていたはずだもの。

 それより残念だったのは衣装だよ。そう遊女の衣装。これが欲しかったな。水揚げの時の遊女の衣装なんて知らないけど、さすがに浴衣じゃ代用するのに無理があり過ぎた。だってだよ浴衣の下は下着しかないじゃない。それもだよ、ブラすら付けてなかったもの。

 だから帯を解いて浴衣を脱いだらショーツしかないんだもの。それしか着てなかったのは、言うまでもないけど丈太郎さんと二回目の夜のためだけど、せめてブラしてTシャツぐらい着ておけばよかった。

 あの脱ぐシーンは強制ストリップみたいなものじゃない。一枚一枚泣く泣く脱いで行って、ついに身を隠す最後の一枚に追いつめられ、覚悟を決めて最後の一枚を脱がざるを得なくなる羞恥の極みの演出には足りなすぎるよ。

「本格的なんや」

 そりゃそうよ。そういうところを徹底するのがコスプレの醍醐味なんだから。