ツーリング日和11(第18話)春巻きと小籠包

 外湯巡りは大変だったけど、やってみたら楽しかった。なにごともやってみないとわからないものだ。この旅館もお食事処なんだけど、ここも良い感じ。なんか贅沢って感じがする。盛り付けも高級懐石って感じで見ただけで美味しそう。

「山の幸がテンコモリやな」

 ぜんまい、芋なます、新生姜寿司、わらび豆腐、八町きゅうり梅よせ、長芋すり流し、えご練り、枝豆新丈、ひらたけ・・・

「信州黒毛和牛もなかなかやん」
「大王岩魚のお造りもよ」

 昨夜も豪華だったけど、今夜は輪を掛けてって気がする。

「水尾も北光正宗も飯山の酒か」
「お酒が進むね」

 てか二人とも一升瓶を抱えながら、進むもクソもないでしょうか。楽しい食事タイムだけどやっぱりターゲットはエル。

「ほんで加藤さん、今晩で合体できそうか」

 あのね、こんなとこで持ち出す話題かよ。

「延長戦になると都合を付けるのが大変なのよ」

 別に付き合わなくても良いじゃない。エレギオンHDの社長と副社長がヒマなわけないでしょ、本業となると分刻み、

「それほどゆっくり出来ないから秒刻みよ」

 さらっと言うな。そりゃ、エルの心は決めた。求められたら受け入れる。ここまで来て逃げる気なんかどこにもない。たとえやり逃げされても後悔なんか・・・多分しないと思う。たぶんね。

 でもさぁ、こういうものは両性の合意が必要なの。片方だけやる気でも出来ないし、それを無理やりやったら、

「犯罪や」

 加藤さんの気持ちはわかっているつもり。エルに好意を持ってくれてる。それもライクじゃなくラブだ。それぐらいはエルにもわかる。エルもラブだから結ばれたって良いのだけど、加藤さんの真意が見えにくいのよ。やっぱり旅先のアバンチュール目当てかな。

「なに言うてまんねん。誰がそんなことしますねん!」

 口ではなんとでも言えるものね。だからやり捨てられるのも覚悟はしてる。覚悟はしてるけど、根本的な問題はどうしてエルなのよ。どう聞いたって加藤さんの理想のマドンナじゃないもの。

「エルさん、もうちょっと信じられへんか」
「加藤さんって、ああ見えて漢だし、本質は笑っちゃうけど硬派だよ」
「あのぉ、笑わんでくれまっか」

 加藤さんが硬派なのはエルにもわかる。普段の会話とか、態度は軽そうにしてるけど、なにかあれば漢になる。馬籠の時がそうだった。あれほどのトラブルを、まるで何事もなかったかのように処理しちゃったぐらいだもの。

 たぶん根本が硬派だから、女性の好みにも妥協しないのだと思う。たとえば、この二人。いるだけで周囲が華やいで見えるほどの超が付く美人じゃない。そりゃ、社長と副社長だから敬遠してる部分があるにせよ、好きならもっと態度に出るはずだもの。

 今だってエルはこの二人に劣等感を抱いてるよ。どう比べたって話にならないもの。なのに加藤さんエルへの態度は一貫してる。まるでエルがこの二人と肩を並べるぐらいにされちゃてると感じてしまうもの。

「エルさん。どう言うたらわかってもらえまんねやろ・・・」

 ありゃ、考えこんじゃった。珍しいな。

「エルさんにウソついてました」

 えっ、なにを、

「草津の定食屋で見た瞬間にわかりましたわ。南梨エルさんやと」

 えっ、どうしてエルの苗字を知ってるの。いや、知ってるから昨夜の発言があったはずだけど、

「エルさん、いや南梨さんが定食屋に入って来た瞬間に息が止まるかと思いましたわ。あの南梨さんにこんなところで出会うなんてですわ」

 加藤さんは声をかけるべきかどうか悩みまくったそう。別に声ぐらい、

「そんなん言いまっけど、南梨さんがわてのことを覚えているかどうかもわかりまへんがな、結果で言うたら忘れられてましたけど」

 ゴメン、今だって加藤さんが誰かはわからないものね。

「そしたらSRをキックしてましたやんか」

 そして助けてもらったのよね。

「あんなんどうでも良いんでっけど、鳥居本で関が原に付いて来ると聞いて、魂消たなんてもんやなかったです。ああいうのを盆と正月とクリスマスと誕生日が一緒に来たって感じですわ」

 大げさすぎるよ。たかがアラサー女だよ。それも結婚式寸前で妹に婚約者を寝取られた陰キャブスの地味子だもの。

「なに言うてまんねん。東高の神秘の美少女、塩姫とまで呼ばれた南梨エルさんでっせ」

 えっと、えっと、たしかに南梨エルはわたしだし、東高に通ってたし、陰で塩姫と呼ばれてたのも知っている。けどさぁ、それ以外の余計なゴチャゴチャしたのはなんだ。

「入学式の時にわては初めて見たんですけど、あれが魂を吸われるってのが初めてわかったんですわ。わてだけやありまへん、全校の男子がそうなりましたわ」

 違う、違う、高校時代のエルはそんなんじゃない。

「そない言いまっけど、どんだけの男が告白したと思うてまんねん」

 それはウソ告白だって、

「あのな、もし南梨さんにそんなふざけたマネをしたら、半殺しで済みまっかいな」

 あれってすべて本気だったとか、

「あたり前でんがな。みんな一撃で轟沈しましたけどな」

 それを知っているということは、加藤さんも東高の同級生ってことになるけど、加藤なんていたかなぁ?

「そんな南梨さんに声かけさせてもうて、マスツーさせてもうて、同じ宿で泊まりでんねんで。生まれ来て良かったとホンマに思いましたもん。それに笑顔まで見せてくれましたやんか。本気でこのまま死んでも悔いはないと思いましてん」

 だからあれだけエルが笑顔を見せたら喜んでくれたのか。まあ、高校時代は塩姫だったから不愛想だったのは合ってるかも。だけどだよカンナに較べたら、

「妹さんでっか。あの人も有名でしたけど、なんて呼ばれてたか知ってまっか」

 知らない。そう言えば妹に二つ名みたいなものは聞いたことが無いな。

「怒らんといて下さいな。浪女の公衆便所ですわ」

 カンナは中学から大学までエスカレター式で浪花女子学園、通称浪女だ。浪女自体も正直なところ上品とは言い難くて、ノリノリ浪女って言われてたぐらい。そりゃ、全員じゃないだろうけど、ナンパするなら浪女が一番落としやすいとまで言われてたもの。

 カンナの男は多かった。何人かなんてカンナだって覚えてないんじゃないかな。初体験だって中学で済ませていたはずで、高校の時からは男を始終取っ換え引っ換えしてたものね。たぶんだけどぜんぶやってたはず。

 だけどカンナが本当の意味で愛していた男なんかいたのかな。カンナが愛していたのは男の持ってるカネで、そこから贈られる高額なプレゼント。それを応えられなくなったらいとも簡単にポイ捨てだもの。

 そのうえ男は一人じゃない、常に複数の男をキープしてたものね。そりゃ、捨てられた男からしたら高額な公衆便所ぐらいは言いたくもなるのもわかる気がする。カンナはカネさえあればベッドまですぐだけど、カンナを維持するのは小金が少々あるぐらいじゃ無理だ。ここでコトリさんから、

「もしかして南梨って、南梨の春巻きの南梨か」

 バレたか。珍しい方の苗字だからすぐに結びつくものね。そうだよ実家の商売は南梨の春巻き。エルはそこの社長令嬢で御座いなんだ。全国の知名度はイマイチだけど、関西圏なら知っている人は多いと思うよ。派手なCMもやってたものね。

 南梨の春巻きは、ひい爺さんの時に始まってる。ひい爺さんは南梨園って名前の中華料理屋をやってたのだけど、そこの春巻きの評判が良かったそうなんだ。だから中華料理屋とは別に南梨の春巻きとしてデパートとかに出店したのが始まりと聞いている。

 ひい爺さんの代は何軒かのデパートに出店した程度だったんだけど、爺さんの時に事業拡大をやっている。いわゆるチェーン店ってやつ。これが当たってどんどん支店やチェーン店が増えて行ったのだけど。

「春巻きだけじゃ無理あるからな」

 その通り。この手のチェーン店なら豚まんが有名だけど、豚まんに較べると春巻きは完結しないって親父は言ってた。豚まんならそれで一食は終わるけど、春巻きではそうは行かないもの。春巻きはあくまでもオカズの中の一つだものね。

「ああいう手法は事業規模を急拡大増やすのにはエエけど、内実は自転車操業のとこがあるからな」
「限りない成長が前提条件になるのが厳しいのよ」

 さすがだな。爺さんの晩年にさしかかる頃には急拡大のツケが回って来ていた。急拡大の歯車が狂いだすと、見る見る不良債権が積み重なるぐらいの状態だったらしい。この苦境はボンクラ息子の手に負えないと判断した爺さんは、親父を婿養子に迎えて再建を託したんだ。

「南梨前社長はよくやったと思うよ」
「戦いは攻めるより守る方が遥かに難しいからな。あれだけの撤退戦は誰にでも出来るもんやない」

 その辺は詳しくないけど、とにもかくにも親父は傾くどころか、赤字だらけで倒産寸前だった会社を見事に建て直したのは間違いない。

「なのに追い出しちゃったのよね」
「アホやで」

 それにしても親父の経営手腕ってそんなに評価が高かったんだ。だって天下のエレギオンHDの社長や副社長の耳に届くぐらいだもの。

「あのな。南梨前社長を知らんかったら経営者としてモグリやで」
「ところで今どうしてるの」

 うん。さすがに苦戦しているみたい。小さな会社を起こして頑張ってるけど、そうは簡単には行かないみたい。えっと、たしか、なんだっけ、

「思いだした。北苑の小籠包や」
「えっ、あそこなの。あれだけの質とこだわりの小籠包をあの値段で提供してるって大評判になってるところじゃない。でも、あれじゃ儲からないよ」

 そんなことまで知っているとは驚きだ。ダテにエレギオン・グループのトップにいるわけじゃないのは良くわかる。それもだよ、その内容も経営実態も見抜いてるなんて。モロの猥談が好きな二人組じゃない。

「そうやな小籠包だけやったら行き詰るで」
「だけって言うか、そこをだよ・・・」

 親父、がんばれ。