高宮君が話したヤクザ世界だけど、これだってかなりクラシックだそう。暴対法が厳しくなって古典的なシノギが出来なくなってるとか。
「そうでんねん。あれだけシノギが締めあげられたら苦しゅうなります。時代に対応できへん組はかなり潰れましたわ。そやから脳が暴力で出来上がったヤクザが大手振ってた時代は昔話とか伝説ですわ」
昔は粗暴であるほうが古典的なシノギでも有利だったそうだけど、今はそんなことをやろうものなら警察がすぐに介入してきて組としては大きな打撃どころか、下手すればそれだけで潰れてしまうことさえあるとか。だったら暴力も減ったの。
「今でも組の根本は暴力でっさ。そやけど使いかたに頭が必要な時代になってまんねん。あたりかまわず使いまくるような奴は追い出されまっさ」
警察の介入を呼ばないような暴力を揮える頭脳が必要なのか。だから今の組員の主流はインテリヤクザだそう。なんだそれ。悪だくみの陰謀を張り巡らすとか、
「そやのうて、フロント企業とか、舎弟企業とか言いまして・・・」
ヤクザが企業を経営して、その収益でシノギを成立させるって! ヤクザらしく合法すれすれのリスクの高い商売も多いらしいけど、表向きは会社登録しての合法的な企業活動ってなんなのよ。
「ともかくそういう時代でんねん。そやから組長の息子も腕力だけではあきまへんから、ちゃんと大学に入っての話になってまんねん」
だから高宮君は東高に進学したのか。あの高校はそんなに簡単に入学できるところじゃないもの。やっぱりヤクザらしく裏口から?
「いつの時代の話でんねん。ちゃんと正門から入学しましたで」
ヤクザの息子だから進学塾は通えなかった代わりに、ぎっちり家庭教師を付けられて入学したんだって、今どきのヤクザの息子も大変だ。だったらモトブロガーもフロント企業の一つなの?
「ヤクザがユーチューバーなんか出来ますかいな。これはわての家庭事情になりまんねんけど・・・」
組長にも奥さんがいるから息子も生まれるのだけど、ヤクザの組長らしく愛人もいるんだって。これはイメージ通りだな。でも奥さんと愛人の間は区別があるそう。
「正妻は本家に住んでまっけど、愛人は愛人宅ですわ」
家でハーレムはやってないのか。
「わては組長の息子やけど愛人の子ですわ。ここからがチイとややこしいんでっけど」
本妻の子と、愛人の子では本家に住めるかどうかだけはなくて、苗字から違ったそう。これも考えてみれば自然にそうなるはずで、本妻は籍を入れてるから高宮の姓になるけど、愛人の方は私生児になって愛人の姓になる。
「わてが生まれた頃は本妻に子どもが出来んかったみたいでんねん。そこにわてが生まれたんでっけど、母親はわてを産んでしばらくして亡くなってもて・・・」
父親である組長は、本妻に息子が生まれそうにないと判断して、跡継ぎとして高宮君を引き取り養子縁組をしたのか。
「そんな感じやったみたいですわ。そやから、そのままやったら組の跡取り息子やってんけど、本妻が抗争に巻き込まれて死んでもて後妻を迎えよってんや」
その後妻に息子が生まれたって! それは聞くからに揉めそうな。
「まあそうなりましてん」
後妻の子が成長するにつれて高宮君の地位が微妙になっていったのか。ヤクザの組ってワンマン企業みたいなものだから、後継者争い、ヤクザ用語の跡目争いが激しいそう。跡目になれて組長になれるかどうかだけで違いは歴然みたいなもんだろうね。
「これは組によって違いまっけど・・・」
組長の息子でもヤクザにならないのは多いそう。ヤクザもある種の専門職ぐらいには言えるから、適性がないのはヤクザにしないぐらいかな。これも必ずしもでないらしいけど、愛人の息子を愛人宅で育て本家に近寄らせないようにするのも、そういう意味もあるとか。
ただ高宮組は世襲が原則というより鉄則だったみたいで、高宮君も帝王教育ならぬ組長教育を受けてたみたいだけど、後妻に息子が生まれたら跡目候補が二人になってしまったのか。それも愛人の子の長男と後妻の子の次男だ。
こういう情勢になると後妻が自分の息子を跡目にしたがるのは多々あること。これは息子を跡目にすることで、後妻の将来の地位の安泰も連動するんだろうな。こういう事は表社会でもありうることだけど、
「似てますわ。わてと弟派にグループが色分けされていったぐらいでっさ」
だけど優勢になったのは弟派か。後妻の息子だものね。いわゆる主流派が弟を押し、反主流派や非主流派が高宮君を支持するぐらいの構図か。ここからがヤクザ世界になるけど、こういう対立構図を解消するのは話し合いではまず済まない。
「仰る通りです。どちらかがいなくなるのが手っ取り早い」
何度か弟派の襲撃があったそう。いわゆる闇討ちみたいなもの。闇討ちったって高宮君を殺しに来てるのよ。よく生き残れたものだよでもさぁ、殺しちゃたら殺人事件になって警察が介入してくるのじゃ。
「ああそれでっか。今どきのヤクザが殺しをやって死体なんか残しまっかいな」
どうやっては聞かない方が良さそう。ここで高宮君はちょっとだけ躊躇った後、
「覚えてはらへんやろな」
なに?
「変なんにからまれたん覚えてまへんか」
その時にエルの記憶が突然蘇った。あれは高三の一学期の帰り道だった。見るから怖そうな連中に、
『あんた東高の生徒やな』
死ぬほど怖かった。そしたら後ろから、
『そこまでや。話やったらわしが聞くで』
エルはそこから一目散に走って逃げた。えっ、もしかして、あの時にいたのは高宮君だったの。
「そういうことですわ。あれは南梨さんを人質にしてわてを呼び出そうとしたんですわ。選りもよって南梨さんに手を出しよったから、ちいとやり過ぎた。学校にもバレて目出度く退学ですわ」
相手は弟派が雇った半グレみたいな連中だったらしい。相手は十人以上いたそうだけど、相手は殺そうとして襲ってくるわけだから大乱闘になったそう。この手の乱闘も通常は表沙汰にならないように伏せてしまうそうだけど、
「警察にバレてもて」
このままでは不毛な内部抗争が激化するだけと判断した組長である親父さんは、
「養子縁組を解消してわては母親の加藤の姓に戻り、組からは絶縁されて、餞別もうて家から放り出されたんですわ」
本当に放り出されたみたいで、前に聞いた社会の裏街道みたいな職業を転々として、今のモトブロガーになったのか。
「あれは親父の愛情でしてんやろ。あそこまでせんと、わては死ぬまで命を狙われてましたわ」
あれから十年以上になるけど実家に行ったことは、
「ありまっかいな。わてかって命が惜しい」
こんな半生ってホントにあるんだ。組長になる人生が良かったんだろうか、それともモトブロガーなる方が良かったんだろうか。
「今からやから言えまっけど、ヤクザの組長の息子に生まれただけで、世間から外れ者が確定みたいなもんですわ。妙なところに生まれたもんやと思うてます。まあ、なるようになったさかいエエんちゃいまっか」
でも高宮君って印象が薄かったな。
「そりゃ、そうでんがな。組長の息子風を吹かしとったら東高なんか入れまっかいな。あの頃は大学も本気で目指してましたからな」
だから高校時代にエルに告白も、
「そういうことですわ、下手に関わったら何されるかわかりまへんやんか。もっとも告白しとっても瞬殺でしたやろ」
それはそうだ。
「さっきの話でっけど、組長なんかになっとったら、死んでも南梨さんと話なんか出来へんかったさかい、モトブロガーになった方が絶対に成功や」
エルぐらいの女ならいくらでもいるけどね。
「あのな、なんべん言うたらわかったくれまんねん。南梨さん言うたら学校の男連中が死ぬほど恋焦がれた神秘の美少女でんがな。わてが、こうして南梨さんと旅館で相部屋して話をしてるだけで、全校の男子から石投げれますわ」
そう言われても・・・