ツーリング日和10(第5話)北の果て

 稚内市街地から宗谷湾を左に見ながらのシーサイド・ロードだ。こういうシーサイド・ロードは陸側が崖とか山なのが本州のお約束みたいなものだけど、この辺は山というより丘陵地帯になってるね。へぇ、稚内にも空港があるんだ。

「東京と札幌に行けるらしいわ」

 関西には来るはずもないか。それにしてもなんにもないな。これだけのビーチがあっても海水浴なんか出来ないものね。ポツン、ポツンと家があるけど、なぜかホッとする。

「ちょっとストップや」

 どうしたのだろ。こんな道、間違えたくても間違えないよ。

「やっぱり、あれで良さそうや。右の道に入るで」

 宗谷公園ってあるけど、絶景地でもあるのかな。これは路地みたいな道だけど、やっぱり宗谷公園の方に行くみたい。狭いな、一車線しかないよ。えっ、この道どうなってるの。白くなってるじゃない

「ああ、白い道や」

 そのままじゃない。へぇ、ゴミになってた貝殻を砕いて敷き詰めたのか。でも結構ガタガタするけど、ドンドン登っていくと。

「宗谷丘陵や」

 こ、これはまさしく絶景。緩やかな丘陵地帯のテッペンみたいなところを白い道が走ってるじゃないの。こういう風景は洋画にありそうだけど日本にもあったんだ。道の両側に植栽のようにあるのはクマザサかな。それに遠くに林立する風力発電機。

「あれはちょっと目障りかもな」

 微妙だ。でも気持ちの良い道だ。白い道が終わってもずっと続くんだ。それにしても空いてるな。こんなとこが関西にあろうものなら、

「車両通行止めやろ」

 これは稚内まで来たからこそ走れる道だ。それにしても綺麗に整備されている草原だけど、牧草地にでもなってるのかな。

「この辺はどうかわからんけど、宗谷牛は特産品らしいで」

 食べたかった。二車線の道道に出てからあそこを右だな。なんと宗谷岬まで二キロってなってるじゃない。海が段々近づいて来てる。あそこを左だ。

「見えとるわい」

 あれじゃないかな、きっとアレだ。緩やかに道を下ったところに、公園と大きなモニュメントが、

「あれは祈りの塔いうて、大韓航空機撃墜事件の慰霊碑や」

 だよね。まだ下に道は続くし家だってあるもの。公園の脇の道を下ると信号があって、そこに広い駐車場があり、その奥にあるものこそ。

「やっと来れたな」

 やったぁ、これで日本の最北端を極めた女になったぞ。

「オシッコしとこか」

 もう、この北の果てを征服した感動と喜びに浸っているのに、どうしてトイレの話が出て来るのよ。コトリにはデリカシーってものがないの。

「記念やんか」

 コトリは犬か、マーキングでもするつもりかよ。

「日本最北端の公衆トイレやけど」

 もちろん行く。これを行かざるして宗谷岬に来た意味がない。ここは整備されてるな。観光バスでも停められる駐車場に、食堂も何軒かあるし、向うに見えるのは宗谷岬流氷記念館だものね。

 左右に開けてるから景色も良いけど、う~ん、先端感は乏しいな。ついでに秘境感もね。だって信号で渡った道は国道だもの。ロードサイドにあるって感じ。

「大間崎もこんな感じやったな」

 大間の方が賑やかだったけどね。でも仕方ないかも、さすがに宗谷岬は遠いもの。北海道の人ならともかく、本州からバイクで来ようと思ったら、

「クルマでも一緒や」

 関西からなら小樽、東京だったら苫小牧からだものね。

「東北の人でも函館からになるものな」

 それに来れる時期が短いのもあるよ。冬に来る人なんてまずいないものね。だからこそ極めた価値は高いのよ。バイクも結構来てるな。

「バイク乗りやったら目指すやつは多いと思うで」

 というか、関西なり東京からならクルマで来るのは限られてるはずだもの。そりゃ、北海道の観光にはクルマは欲しいだろうけど、

「飛行機で来てレンタカーやろ」

そういうこと。その方が時間の節約になるもの。

「バイク乗りほどクルマ乗りは、自分のクルマにこだわらんとこがあるからな」

 それはある。バイク乗りはバイクが変ると馴染むのに時間がかかるもの。馴染んだ愛車は、それこそ相棒だから、自分と一緒に連れて行くのが当然ぐらいで考えるものね。それにレンタバイクなんて試乗車みたいなものだから、空港とかでヒョイと借りれるものじゃない。

「行き先も変わって来る」

 クルマの旅行となると仲間連れが多くなる。家族旅行とかの比重も高いもの。そうなると、

「札幌とか、旭山動物園とか、小樽のレンガ倉庫とか」

 そうやって、クルマを停めてゆっくり回れる観光地を中心にプランを考えるよ。でもバイク乗りは違う。まず走りたいがあって、走り抜いた先にある目的地を目指すって感じかな。これは仲間とのマスツーになっても変わらない。

「それが好きなやつがバイクに乗っとるし、嫌いなやつは乗らへん」

 北海道の観光で、札幌より宗谷岬を優先するなんて発想はバイク乗りしか出来ないよ。

「それは必ずしもや。まあ、北海道まで来て市街地走行したいのは少ないやろうけど」

 ところで今日はどこまで行くの、

「クッチャロ湖」

 ちょっと待ってよ。屈斜路湖までっていくら何でも無謀すぎる。もう何時だと思ってるのよ。

「ここから一時間ぐらいのはずやけど」

 あのねぇ、そんなに早く行けるわけないじゃないの。ジェット機で飛んでかないと絶対無理。

「そやからクッチャロ湖だって言ってるやろ」

 エエイ紛らわしい。北海道は似たような地名が多いけど湖までそうなのか。屈斜路湖もクッチャロ湖もアイヌ語が由来で、沼の水が流れ出るところって意味のクッチャラから来ているんだよ。でもそうなるとクッチャロ湖にもクッシーがいるとか。

「おるか、そんなもん。だいたい、いつの時代の話をしとるんや」

 クッチャロ湖も日本最北に関係するところで北から二番目だって。ここもちょっと待った。どうして一番に寄らなかったのよ。ノシャップ岬から稚内、宗谷岬まで回ってるのに。

「ああ、礼文島にあるからや」

 ギャフン。そりゃ無理だ。宗谷岬からは国道二三八号を南下していくのだけど、猿払村まで来た時に、

「左入るで」

 はて、抜け道って事はないよね。だって国道はガラガラだもの。猿払村になんか有名スポットなんてあったっけ。それとも買い物? とにかく付いて行ったけど、猿払村の市街地はアッという間に通り抜けちゃったよ。そしたら、これは、

「エサヌカ線や」

 村道だそうだけど、まさに地平線まで直線だよ。それに電柱もないし、ガードレールも、歩道もない。そして左右に広がるのは一面の大草原。まるで映画のワンシーンみたいな道じゃない。

「これぞ北海道や」

 まさに。ずっと走り続けたいよ。爽快なエサヌカ線から国道に戻るとすぐにクッチャロ湖。駐車場に入って、ここなの、コトリらしくないわね。

「そう言うな。これでも温泉や」

 クッチャロ湖の保養施設の一角ぐらいかな。この辺は景色こそ雄大だけど、温泉地とは言えないものね。たぶんボーリングで掘り当てたんだろうけど、それでも温泉には変わりはない。満足だよ。コトリ。