ツーリング日和8(第23話)杖術

「これから九州ですよね」

 そうや。下関から関門国道トンネルで行くで。それにしても結衣は強かったな。あれはなんやと聞いたら杖術言うとった。コトリはてっきり棒術と思うたんやが、なんか違いがあるんかいな。

「流儀流派で呼び方が異なるのですが・・・」

 六尺棒みたいな長い棒を使うのが棒術で、杖ぐらいの短めの棒を使うのを杖術とされることが多いそうや。これも流派で呼び方の違いが大きくて杖術を半棒術としたり、杖術もひっくるめて棒術とするとこもあるんやて。

「琉球空手なら棍術と呼ばれたりします」

 得物を使っての格闘技やが、一番の違いは刃物が付いてへんとこやろな。ところで棒の長いのは六尺棒やけど杖なら長さは、

「神道夢想流杖術では四尺二寸一分としているようですが・・・」

 結衣が学んだ流派はそこまでのこだわりはないそうや。発想として、その辺に転がっている棒きれ、それこそ本物の杖で戦うのを想定してるからやねんて。

「でも四尺ぐらいは欲しいですね」

 この杖術やけど、

『突かば槍、薙げば薙刀、打てば棒』

 こういわれるぐらい変幻自在の業を繰り出すのが信条とされとるが、

「ぶっちゃけ棒術は薙刀、杖術は短槍みたいなものです」

 長さの違いは棒術と杖術で発展の仕方がちゃうみたいやねん。六尺棒いうたら時代劇で下っ端役人が持ってるイメージがあるやんか。あれも伊達やのうて、あの六尺棒を駆使しての捕り手術として発達しとる部分はあるそうや。

 それに対して杖術は剣術に対抗できる武術の面が濃いみたいで良さそうやねん。杖術の伝説的な始祖は夢想権之助になるんやけど安土桃山時代から江戸初期ぐらいの人で、

「武蔵と戦ったってなってるものね」

 権之助側の伝承では武蔵の二刀に一度は敗れ、工夫に工夫を重ねて棒術を編み出して再戦して勝ったとなっとるが、

「眉唾だと思うよ。武蔵は立ち合いに二刀は使ってないはずだもの。だから試合じゃなく稽古を付けてもらった程度かもよ」

 権之助と武蔵が戦ったのはまったくの作り話でもあらへんみたいやけど、決闘みたいなもんやなくて、

「武蔵側の伝説なら弓の折れ一本で圧倒したってなってるぐらい。これは、それぐらい力量差があったんじゃないかな。そうだね権之助は決闘のつもりだったかもしれないけど、武蔵にしたら座興みたいな感じ。だから生き残れたんだよ」

 武蔵とガチで決闘して、負けて無傷は考えにくいからな。あの頃の兵法者の決闘は、後からあれこれケチ付けるのが多いから、殺すか、手か足でも叩き折って目に見える形で決着を付けてたはずやねん。

 権之助が武蔵と戦った時かって杖かどうかもわからん。常識的には剣や。そやけど権之助は武蔵に敗れた後に杖術で新境地を開いたのは間違いないと思う。だからこそ杖術が残り、その伝説的な始祖として夢想権之助の名が残されてるはずや。

 もっともすべての棒術、杖術の始祖が権之助かどうかは別や。これも案外知られてないんやけど、剣術にも棒術、杖術があるとこもあるねん。そうなった理由はあれこれあるやろうけど、

「剣術が杖術を苦手にしたのはあるそうね」

 権之助は武蔵の剣術に対抗するための杖術を編み出したはずやねん。江戸期に連綿と伝えられ発展した杖術もそうのはずやねん。これは杖術で剣術に勝てんと誰も学ばんから商売にならんかった面は確実にある。

「剣術側も苦手な杖術を研究するうちに流儀に取り入れたんだろね」

 杖術の対剣術の基本はあれこれあるけど、剣の刃と噛み合わんようにするのはあるそうや。時代劇みたいに杖が一刀両断にされることは、そうは起こらんそうやけど、

「棒に傷が付きますから」

 杖術の戦術の基本は持ち手を自在に変える点があるそうやねん。ここが剣術との大きな違いの一つになる。持ち手を変える時に棒を手の中で滑らせるんやが、

「杖術では扱くと言い、どの流派流儀でも最も大事な動作になります」

 刀で傷が付くと扱きにくくなるからやねんて。

「ですから剣術側の棒術対策に棒を傷を付けるがあるぐらいです」

 攻撃は薙いだり、打ったりもあるけど、メインは突きやそうや。つまりって程やないけど得物が長い方が有利の利点を活かすにはそこに尽きるもんな。刀の長さもまちまちやけど、江戸時代の定寸なら二尺七分、幕末に斬り合いが激しくなって三尺や。

 これは柄も含めた長さやけど、神道夢想流の杖が四尺二寸一分となっとるのは、これやったら剣より一尺ぐらいは余裕で長くなる。現在の竹刀で三尺九寸やが、

「柄が一尺一寸弱ぐらいですから・・・」

 杖が四尺以上あれば、杖の長さをフルに活かして、アウトレンジから突きを繰り出せる戦術でエエみたいや。権之助が考えていた剣の長さは三尺ぐらいやったはずやから、対竹刀なら五尺ぐらい欲しそうにも思うけど、

「今朝の試合設定で剣道に負ける要素はありません」

 そういうけど酒乱オッサンは強そうやったで。態度はともかくあの竹刀の構えは年季が入っとった。あれは現役バリバリの有段者と見たけど、

「だから剣道は棒振りダンスになるのです」

 剣道の試合の相手は当たり前やけど剣道やってる奴や。試合中にあれこれ駆け引きもあるやろうけど、発想として剣道の動きしか想定してへんとした。それに現在の剣道で異種武器との試合経験者はまずないともした。そりゃそうやろな。

「それでは間合いを取れません」

 試合で間合いは大事や。剣道の間合いは同じサイズの竹刀での対戦やから、それしか知らんことになる。得物を取っての試合は基本的に長い方が有利やけど、剣道をいくらやっても、自分より長い得物を持つ相手との経験は積んでへんやろ。

「対剣術の基本は杖の長さを相手に悟らせないようにします」

 だからホウキやったんかもしれん。あんな状況でホウキを持って対戦されたらバカにされたと逆上するもんな。それだけやない、杖術は対剣術を想定して作られとる面があるから、

「剣道相手はラクですよ。上級者ほど攻撃パターンが読みやすい」

 杖術の対剣術の基本は受けて返すやそうや。つまり相手に攻撃させておいて、これを交わしてから攻撃に移るぐらいでエエやろ。やっぱり真剣は脅威やもんな。そやから相手の攻撃を読むのは大きな要素になるそうや。

 剣道はスポーツやから面と、胴と、籠手と、突きしか攻撃があらへん。逆に考えればそれ以外への攻撃はあらへん事になる。あらへんというより、剣道をやればやるほどそれしか発想出来んようになるわ。

「防具を付けない条件に持ち込んだのもそうです」

 だから結衣は面に隙を見せて誘ったのか。これまた剣道やってる奴は防具の上からしか叩いたことがあらへん。そりゃ、防具無しで叩いたら大怪我になるかもしれんからな。そやから面を狙っても怪我せんように加減する心理がどうしても働いてまう。

 面と突きの対決やったら剣道同士でも突きの方が有利や。突きは竹刀の先が当たればエエけど、面はしっかり竹刀があたらんとアカン。杖術相手やったっら杖の方が長いから、なおさら不利になる。そこに手加減の心理が働けば、

「踏み込みも斬撃も鈍くなります」

 そこまで計算しとったんか。ホウキを得物にすることで相手の怒りを誘い、見慣れぬ杖術の構えで混乱を誘った必勝の条件を作り上げとった事になる。

「もう少し長さが欲しいところですが、剣道相手なら余裕です。それと剣道と言っても竹刀しか持っていません。竹刀と杖なら杖の方が武器として強力です」

 たしかに。剣と杖やったら剣の殺傷力は脅威やけど、竹刀と杖やったら杖の方が脅威やろ。木刀と杖でも互角かもしれん。これだけの腕前やったら結衣の本職は杖術師範とか。

「違いますよ。運動不足の解消にやっているだけです」

 そない言うけど、相当どころやないほど鍛えとるはずや。そやなかったら、あれだけの体にはならんやろ。ひょっとして武者修行をやってるとか。

「だから杖術は趣味に過ぎません。本業に必要なことがあるのは確かですけどね」

 なにが本業やねん。