ツーリング日和8(第24話)真剣師

 あれだけ杖術が趣味やったら本職は、

「真剣師です」

 なんやて冗談やろ。真剣師とはギャンブラーのこっちゃ。それもテーブルゲームのプロの事を指すねん。パチプロは真剣師とは言いにくいから、今やったら麻雀やろ。麻雀のプロも競技麻雀やっとるんは表プロやけど、賭け麻雀やっとるのが裏プロや。それやったら結衣はバイニンになるが、

「麻雀ではなく将棋です」

 えっ、そんな商売まだあったんかいな。将棋も裏プロはおってん。将棋の場合は裏プロと呼ぶより真剣師がしっくりくるな。将棋の真剣師も強くて将棋連盟のプロより強いとされたこともある。

「花村元司が有名よね」

 花村元司は特例のプロ五段昇段試験に合格して、名人戦にも挑戦して九段になっとるからな。そやけど賭博の規制が強くなり昭和の終わりには真剣師は絶滅したはずやけど、

「よくご存じですね。真剣師では儲からないのでプロになろうと思いまして」

 そこでユッキーが、

「わかった茅ヶ崎結衣じゃない。熊本に行くんでしょ」

 そういうことか! コトリとしたことがウッカリしとったわ。茅ヶ崎結衣って、あの茅ヶ崎結衣か。あんな有名人が、まさかこんなとこでツーリングしとるなんて思いもせんかったわ。言われて顔見たら、確かに茅ヶ崎結衣や。


 茅ヶ崎結衣が最初に名を知られたんはある将棋まつりの指導対局やった。聞いた話やったら、その時の指導対局に結衣が紛れ込んどったそうやねん。あんなもん事前申し込みで有料のはずやけど、


「まあ、その辺は蛇の道は蛇ってことで」

 突っ込んで聞かん方が良さそうや。指導対局では手合い割りをどうするかがあるねん。駒落ちのハンデのことやねんけど、対局前に参加者と棋士と間で決めるそうやねん。最大やったら飛車角どころか、金銀桂香まで落とす十枚落ちまであるんやが、

「喧嘩売ったって話よね」
「喧嘩を吹っ掛けないと本気で指してくれませんし話題にもなりませんから」

 指導対局でも平手戦はあるねん。そういう場合は、

『勉強のために、平手で教えてください』
『駒落ちを指し慣れていないので』
『平手の指し方を勉強したいので』

 こうやってヘリ下るのが礼儀やそうやけど、結衣は指導棋士が手合い割りの相談に来た時に、

『なにを引けば良いでしょうか』

 こう言い放ったそうやねん。わかるかな、結衣が駒を落とすって言うたんよ。指導してくれるプロ棋士にしたら失礼極まりない発言や。まあ将棋まつりやから角立てるのも大人気ないぐらいで平手で収めたらしいけど内心は、

『この小娘が・・・』

 こう思わん奴はおらんやろ。相手は藤原六段、B2級で新進気鋭の若手や。タイトル戦の挑戦こそあらへんかったけど、挑戦者決定リーグや決勝トーナメントに参加したこともある指し盛りの強豪やった。

「駒落ち戦は上手が先手だけど結衣は平手じゃない・・・」

 藤原六段は結衣が先手やと思うやんか。そやのに対局が始まっても結衣は指さへんねん。不審に思った藤原六段が指さへん理由を聞いたら、

『あらてっきり藤原先生が先手と思っておりました』

 まあこれでもかの喧嘩を売ったんや。これで本気にならんプロ棋士はおらんやろ。

「十面打ちだからプロだって負けることはあるけど、結衣の勝ち方が・・・」

 そうやねん。たったの六十手の圧勝や。それもやで角も飛車も動いてへんねん。

「動かなくたって存在するだけで大駒は脅威だけど・・・」

 まるで二枚落ちみたいな指し方をして圧勝したんよ。藤原六段はなにもさせてもらえんかったって話やもんな。それでやが、この将棋まつりを将棋チャンネルも取材に来とってん。そりゃ、藤原六段を十面打ちとは言え平手で破った結衣に注目するで。

「その時のインタビューでもやらかしてるもの」

 結衣はサラっと、

「プロってもっと強いのかと思っていました」

 どれだけ喧嘩売るかってぐらいやらかしよった。そやけど将棋チャンネルの番組で結衣は注目の的になったんや。

「ビッグマウスはともかく、若くて美人で何より女性であったからだと思う」

 将棋界は男性社会や。プロへの門は男にも女にも開かれとるが、プロの関門は厳しくてホンマのプロになった女性棋士はまだ出とらん。奨励会の三段リーグで後一歩まで迫ったのもおるけど、未だに女性のプロ棋士は誕生しとらへんからな。

「女流制度がかえって良くないの批判もあるよね」

 女流もプロを名乗っとるけど、男性のプロとは完全に別枠や。言い方は悪いけど、正式のプロになれへん女性棋士の受け皿みたいなもんや。こんな制度が出来たのは、女性への将棋普及の一環やとされとる。
男性の場合、奨励会からプロになれんかったら、せいぜい元奨励会ぐらいの肩書しか残らんし、活躍するにしてもアマ棋戦しかあらへんねん。

「女流棋戦に妙に人気が出たんだよね」

 女流にもタイトル戦があるし、結構増えとるねん。さらにあれこれ出番も多い。たとえば大盤解説や。だいたい二人でやることが多いんやけど、聞き手役に女流棋士が採用されることが多い。

 この辺は二人なら男と女の組み合わせが絵柄としても映えるのもあるし、女は若くて可愛い方が受けがエエし、女流でもプロやから将棋のことがようわかって、男性プロ棋士の話し相手として適当なんはある。

 他にも将棋まつりみたいなイベントにもよく呼ばれる。理由は大盤解説と似たようなもんや。指導対局もやるやろうけど女性アシスタント役みたいなもんやろ。

「美人女流棋士はアイドル的な人気があるものね」

 つまり厳しいプロへの関門突破を目指すより、女流プロとして活躍した方が稼ぎやすいんや。だってやで奨励会でいくら勝ってもゼニにならんどころか、月謝まで払わんとあかんねん。つまりは暮らしていけんってことや。

「将棋も囲碁のようになりたいんだろうね」

 囲碁にも女流はある。そやけど女性プロ棋士が次々に誕生し活躍するようになってん。そうなったらレベルの低い女流の人気は落ちてもてん。そりゃそうやろ、

「スポンサー問題よね」

 プロ棋士の仕事は対局で、そこで対局料を稼ぎ、賞金を稼ぐことや。この原資が各種棋戦のスポンサー料や。見方を変えればプロ棋士はスポンサー料の奪い合いをやってるとも言える。とにかくスポンサー料はプロ棋士にとっての飯のタネや。

 スポンサーになる目的はズバリ広告宣伝や。人気棋戦のスポンサーになることで名を売り、イメージアップをして、言うまでもあらへんけど売り上げを増やしたいになる。これは他のプロスポーツも一緒や。

「将棋や囲碁は野球やサッカーと違って観客収入や放映権料が殆ど期待できないから余計にシビアだよ」

 囲碁は女性プロ棋士の台頭で、事実上、男女合わせてタイトル戦が一本化されてる。これに対して将棋は男と女の二本立て状態や。

「女性をターゲットにしたいスポンサーを男性棋戦が取り込めないのよね」

 スポンサーも時代によって変遷がある。かつては新聞社の独占時代もあったけど、今は様相が違う。見ようによっては幅も広がったが、一本化された囲碁に対して将棋は苦戦しとるねん。

「だから女性プロ棋士の誕生を将棋界は渇望してるのよね」

 その女性プロ棋士が若くて、美人で、アイドル的人気があれば申し分ないぐらいや。女性棋士が台頭すれば女流に逃げているスポンサー料を引き寄せられるの計算は当然ある。パイが増えれば男性棋士も潤うからな。

 そこに彗星のように登場したのが結衣や。将棋まつりの衝撃のデビューに続き将棋チャンネルの企画に登場しとる。

「花の五番勝負って銘打たれてたけど・・・」

 あれは将棋連盟として女性プロ棋士の誕生は渇望しとったにしても、プロ棋士の感情は別や。もし結衣売り出しのためだけやったら、女流とか、有名やけど力の落ちとる棋士でお茶を濁したはずやからな。

 おそらくやけど棋士会あたりの意向が反映されたと思うとるが、伸び盛りの若手、言いようによっては近い将来、将棋界を背負ってた立つと期待されているホープとの勝負になったんや。あれは結衣への刺客やったと思うねん。

「でも若手棋士たちは見るも無残に返り討ちにされた」

 藤原六段の将棋まつりでの敗北は十面指しのハンデの言いわけが出来たけど、花の五番勝負はタイマンのガチや。そやのに段違いの強さで蹴散らしてもたんや。これで時の人みたいな扱いになり、極めつけは新春のお好み対局で、

「神野名人に勝っちゃったんだもの」

 神野名人は将棋界の押しも押されぬトップ棋士。蜷川竜王と棋界を二分する実力者や。これに平手で勝ってもたんや。相手が素人の油断もあったやろうし、プロの対局の時みたいに事前研究もしてへんかったと思うが、まさに話題騒然って感じになったで。


 そやからプロにって世論が当然のように出て来たんや。そやけどプロになるには奨励会に入らんとあかんやんか。奨励会に入るには三つのルートがあるんやが、

 ・級位受験
 ・初段受験
 ・三段リーグ編入試験

 一番ポピュラーなんは級位試験や。ほとんどのプロがこの道を通った事になる。奨励会の級位は六級から始まるねん。級位試験は受験年齢であれこれ条件があるけど、自分に相応しい級位の試験を受けれるぐらいのもんや。

 ただし一番下の六級でもアマやったら三段か四段相当とされてるぐらいのレベルの高さやねん。

「それは将棋連盟の募集要項に書いてあるけど、実際はアマ四段以上じゃないと無理とも言われてるもの」

 アマの段位は最高で六段やねん。七段もあるけどあれは別枠みたいなもので、実質は六段や。この六段取ろうと思うたら、アマ名人とか、アマ竜王みたいな将棋連盟主催の全国大会で優勝が条件や。

 アマ五段でも全国大会の準優勝、アマ四段で都道府県の地区代表ぐらいになる。それぐらいの実力者が受験して二割か三割しか合格せえへんのが奨励会や。これが初段や三段試験になると受験資格がアマ名人とか、アマ竜王の優勝者のアマ六段や。

「初段試験は奨励会員十人と対戦して八勝以上だし、三段試験になると奨励会二段と八局戦って六勝以上だもの」

 初段試験、ましてや三段試験となると難関なんてものやない。合格者なんかおるんやろかってもんやねん。将棋のプロとアマの差ってそれぐらいあって、アマ最強でもなんとか奨励会三段がやっとやねん。

 それにやで奨励会三段リーグからプロになる厳しさは有名すぎるほどや。奨励会は二段まで東西に分かれとるけど、三段リーグは東西統一や。三十人ぐらいおるねんけど、四段になれるのは上位二名で、三段リーグは年に二回あるから四人しか一年にプロになれへん。そやけど結衣に言わせると、、

「奨励会入門の詳しい解説ありがとうございます。ですが肝心な事が抜けています」

 そうやねんよな。奨励会には年齢制限があるねん。満二十一歳までに初段になれんかったら退会、さらに満二十六歳の誕生日を含む三段リーグで四段になれんかったら退会やねん。結衣は若くは見えるが年齢オーバーやねんよ。

「それにしても、あんなことが起こるなんて信じられなかった」

 あれはそこまで計算し尽くして喧嘩を売りまくっていた事になるんやろうけど、エエ根性しすぎとるわ。