ツーリング日和(第12話)石鎚スカイライン

 朝にガラの悪い走り屋の話を持ち出して、行くのをやめるか、行くとしても走り屋がおらんようなる、もっと遅い時間にしようと説得したんじゃが、

「朝飯に間に合わへんやん」
「仕事もあるから、余裕が無いのよ」

 そがいなレベルの問題じゃないと食い下がったんじゃが、

「賭けレース? 品の無い連中やな」
「相手にしなければだいじょうぶじゃない」

 こがいな調子で聞き入れてくれず。

「最後は兄ちゃんたちがおるから期待してるで」
「ボディ・ガードよろしくね」

 逃げたいぐらいじゃったが、見捨てるわけにもいかず出発じゃ。目指すは東温市。宿から国道十一号を東に走って三十キロぐらいんじゃが、さすがにこの時間帯はガラガラで、三十分ほどで左折し国道四九四号線に入ったんじゃ。

 この道は山の麓辺りから細うなり、登るにつれて一車線半もないほどになる。というか、街灯なんてないけぇ怖い怖い。

「もう一時間遅いだけでも安全になるのにじゃ」
「言いよる間じゃない、追い付かんようなる」

 国道十一号線までは先導しとったが、前を走りたい言われて交代したんじゃ。これも心配じゃったんじゃが、とにかくペースが早い、早い。というかワイらのバイクは悲鳴をあげとる。

「ありゃ普通のバイクじゃないがな」
「なにかいらっとるのじゃろうけど」

 三十キロぐらい走ると通仙橋の交差点があり直進して県道一二号に入たんじゃ。そこから十キロぐらい走ると石鎚スカイラインの入り口の大鳥居が見えてきたんじゃ。

「近藤、覚悟決めなけりゃならん」
「お、おう」

 やっぱりおった。十人ぐらいじゃろうか。あの二人が取り囲まれとる。追いついて駆け寄ったんじゃが、

「・・・レースってか。コトリたちはツーリングを楽しみに来てるだけやで」
「不戦敗でも五万や」

 最悪じゃ。

「まあエエわ。こっちはツーリングで走るから、勝手にレースしたらエエやろ」
「勝ったら五万や」
「ユッキー、行くで」

 こちらを振り返ったコトリさんは、

「土小屋テラスにおるさかい、そこでお茶しよ」
「こっちの兄ちゃんもレースや」
「ほなら、その分もノリにしてコトリとユッキーとお前らとの勝負でどうや」
「ほいやったら、四人で二十万になる」

 こっちが小型やけぇ足元見やがって、一人五万はやり過ぎじゃい。ユッキーさんは、

「負けたって二十万じゃないの。だいじょうぶよ」

 二人はバイクに跨りスタートしたんじゃ。それに続きよって、

「カモや」

 バカにしたようにおらびながら、轟音と共に発進したんじゃよ。

「アキラ、事故だけせんように祈っとこう」
「払える言いよるけぇ、不幸中の幸いやけど・・・」

 大型バイクの集団が走り去った後にトコトコと二人で後を追ったんじゃ。土小屋テラスまでクルマなら三十分ぐらいのはずじゃが、登りはキツイ。やっとこさ登り切ると、あの連中に囲まれた二人が土小屋テラスの前におる。

「こういう賭けは、その場の現金払いが鉄則や。そっちから勝負仕掛けといて、負けたら払えませんは通用せんのや」

 コトリさんは睨みつけるようじゃった。

「それぐらいエエ歳してまだ覚えとらんかったんかい。エエ機会や勉強さしたるわ。残りは、そこの二台で堪忍したるから谷に突き落とせ。それでチャラにしたるわ。さあ、行くで、コトリが見といたるさかい。別に一緒に落ちてもかまへんで」

 そがいな無茶苦茶な。

「勝負に負けるとはそういうこっちゃ。そんぐらいの覚悟もなしにコトリとユッキーに勝負吹っかけたんか。バイクぐらい命に較べたら安い勉強代や。なにモタモタしとるんや」

 指定された二台をノロノロと押し始めたその時に、ユッキーさんがじゃ、

「メンドクサイからトイチで貸すにしといたら」
「お前ら運がエエな。ユッキーがトイチで堪忍したるって言うからしゃ~ないわ。証文書いてもらおか。近藤君、ちょっと書いてくれるか」

 急いでノートを取り出して、コトリさんが言う証文の条件を書き並べ、全員にサインをもらったんじゃ。

「ここに書いてある通り、コトリにゼニ払うまで賭けレースは無しや」
「はい、わかりました」
「声が小さい。聞こえへんがな」
「はい、わかりました」

 大声であの連中がおらんで、すごすごと山を下って行ったんじゃ。ワイとアキラは呆気に取られとった。それにしても小型が大型に勝つなんてじゃ、

「あのバイクね。女の子用にしてあるの。ちょっと持ち上げてごらん」

 持ち上げるたって百キロあるんじゃけぇ・・・あれっ、持ちあがる。

「女の子は体力ないから軽くしてもらったの」

 なるほど・・・じゃない。どこをどがいしたらこがいに軽うなる。

「だから女の子用のカスタムだよ」

 アキラも目が点じゃ。

「さあ、こっからUFOラインや」
「その前に遥拝殿にお参りに行かないと」

 そこから二人の会話が聞こえてきたんじゃ、

「たくレースなんかにするから御来光の滝、見れなかったじゃない」
「ほんまやで長尾尾根展望台、楽しみにしとったのに」

 その言葉通りにUFOラインはのんびりツーリングじゃった。宿に戻ったら、

「遅めやけど朝ごはん、朝ごはん」

 それから、

「今朝はありがとうな」
「男の人がいるって心強かった」

 情けない話じゃが、居ただけで何の役にも立っとらん。

「コトリなんか怖くて、怖くて。足は震えるし、オシッコちびりそうやったもの」
「近藤君たちが来てくれてホッとしたもの」

 どこがか。あのタチの悪い連中が、まるで子羊のようになっとったじゃないか。

「楽しかったわ、縁があったらまた会おな」
「じゃあね」

 ワイらはここで別れた。これも驚いたが、今朝のお礼言うて、宿代も払いよった。しまなみ海道を渡って広島に帰ったんじゃが、

「あの二人って何者じゃったんじゃろう」
「神戸のOL言いよったけど」

 それ以上は苗字も勤め先も聞けず、連絡先も教えてくれんじゃった。ただ、帰りのしまなみ海道が思いっきり味気ない旅になってしもうた。