ツバル戦記:暗い予想

 連日続けれていた乗り込み訓練もついに中止となった。この訓練は一日の中で唯一体を動かせる時間であったので楽しみでもあったのだが残念だ。これが中止になるという事は、いよいよアメリカが中心となった有志連合艦隊の哨戒海域に突入する事になる。汪上等兵は、

「しかし、あれだけ軍艦作ってこの様かよ」

 こういう指導部批判は一歩間違えば軍刑務所、良くても思想再教育をさせられるぐらいだが、最近では上官たちも気にしないようになっている気がする。建艦競争に伴う長年の海軍偏重の予算編成は陸軍も海兵隊も煽りを喰らいまくっているからな。

 海軍以外は予算不足で装備の更新が滞り、海兵隊でも一体いつの時代の代物かと思うようなものが多い。だってだよ海軍陸戦隊って書かれてる兵器がいくらでも見れるぐらいだ。海兵隊に変わって何年経ってるんだよ。

 だいたい今回の作戦に使う上陸用舟艇も古すぎる。これも海軍陸戦隊時代のものだが、敵前上陸戦と言えば海兵隊の花形任務みたいなものじゃないか。これだって百歩譲って戦車とかの揚陸に使うならともかく歩兵専用だぞ。

「エンジンかかるよな」
「艦内じゃテストも出来んからな」

 潜航中は二か月以上もほったらかしにされるってこと。あの骨董品みたいなエンジンが始動するかどうかも賭けみたいなものだ。

「それと遅いんだよな」

 敵前上陸では作戦規模によるが水際に防衛線を敷かれる事は多い。上陸する側はポイントを選べるから、その辺は駆け引きになるが、揚陸艦を下りてから浜に着くまでの時間は短ければ短いほど望ましい。

「我が海兵隊にエア・クッション式は夢の装備だからな」

 エア・クッション式とはわかりやすく言えばホバークラフトだ。速度も速いし、浜に上がってからも走れる。さらに言えば揚陸艦との往復も容易で物資の輸送も素早い。現在なら海兵隊の標準装備として良い。

 我が海兵隊に無いのは予算不足。海兵隊も国産装備が原則だが、国産で製造するには研究開発しないとならない。それさえ長年の懸案事項で棚ざらしのまま。開発されなきゃ生産もされないってことだ。

「周上等兵、ツバル軍の装備はどうなんだろう」

 この点も諜報部の怠慢だと思う。そりゃ、すべてを知ることは出来ないだろうが、皆目不明は無様すぎる。ただヴァイツプ島の時からかなりの物資が運び込まれているのは確かだ。アメリカも直接介入こそしていないが、かなりの武器を供与していると見るのが妥当だろう。

「ミサイルとかはどうだろう」
「そこまではなくとも迫撃砲ぐらいは常識だ」

 迫撃砲とは一本の砲身と支持架と底盤だけのシンプルなものだ。撃つ時も落発式と言って、砲身から砲弾を落とせばドカンと発射してくれる。だから速射能力も高い。通常は砲兵じゃなく歩兵の携行武器で機動性も高い。

 主な使い方は制圧射撃。射程距離は百メートルぐらいしかないし、命中精度も低いが、曲射砲だから頭上から砲弾の雨を降らせる感じになる。そうやって敵の前線を制圧しながら動いて行くぐらいに思えば良い。

「射程距離が短いのが救いかな」
「下手な鉄砲でも数撃ちゃ当たるぞ。こっちはノロマのカメに乗ってるんだからな」

 エア・クッション式より我が海兵隊のオンボロ上陸用舟艇がわずかに優れている点は四方が装甲に囲まれている点がある。しかし頭上はがら空きだ。迫撃砲弾が命中すれば乗ってるオレたちはアポーンってことだ。

「RPG7ぐらいも当然だよな」

 これも古い武器だが今でも改良を重ねられ歩兵のポピュラーな携行兵器だ。第二次大戦のバズーカの進化系だが、とにかく強力。有効射程距離はこれも百メートルぐらいだが、当たりどころによっては戦車さえ撃破できる。

 上陸用舟艇も水陸両用装甲車も装甲は薄い。せいぜい小銃弾を防げる程度だ。今回の作戦は四隻の上陸用舟艇に分乗する作戦だが、あんなものが浜辺で待ち構えられたら装甲なんてベニヤ板程度の効果しか期待できない。つまりは一発喰らったらこれまたアポーンだ。

「救いは射程距離は迫撃砲と変わらんところだが、命中精度は桁違いだからな」
「ああ、あれこそ一撃必殺の兵器だ」

 迫撃砲もRPG7も安価だから容易に数をそろえることが出来るのがメリットみたいなものだ。武器供与となれば小銃の次ぐらいに運び込まれる必須兵器ぐらいに思えば良い。

「砂浜に塹壕でも掘って待ち受けられていたら」
「丸焼きにされるか、運が良くとも海水浴だな」

 上陸する側からすれば、この二つを備えられるだけでも厄介なんてものじゃないが、

「装輪式戦闘車も予想しておく必要はあるな」

 履帯式の戦車は堅固で強力だし、悪路も縦横無尽に走り回れるし速度もかなり出る。その代わり長距離走行には向かない。だから戦場近くまで戦車運搬車を使うのが一般的だ。燃費も良くないからな。それと言うまでもないが単価はべら棒だ。

 そこで補助戦力として重視されているのが装輪式の戦闘車だ。つまりゴムタイヤ式。履帯式に比べると不整地の装甲能力は落ちるが、道路があれば少々の悪路でも問題はないし、長距離移動もこなせる。もちろん戦車に比べれば遥かに安価だ。

「六輪式なら砂浜ぐらいは走れるぜ」

 もちろん欠点もある。履帯式に比べると接地面積が少ないので総重量に制限がある。そのため搭載火砲も装甲も戦車より格段に劣る。まともに戦車と戦えば話にならないぐらいだが、

「それはこっちに戦車があっての話だよ」

 装甲に関しては軽量の補助装甲の研究が進み、RPG7でも正面からなら一発では撃破は難しくなっているものが多くなってるそうだ。補助装甲の補助装甲たる所以で戦車のように何発も耐えられる訳ではないが、

「二発撃つまでに生きてればな」

 そうなのだ、RPG7を撃つには立ち上がって狙いを定める必要がある。たった百メートルだぞ。そこに機銃掃射を喰らえば終わりだし、近づくにも戦闘車の主砲の砲撃を潜り抜けないとならない。

「あんなものが浜に居るだけでお手上げになるぞ」
「ああ、上陸用舟艇からRPG7を撃つにしても射程距離が違い過ぎる」

 ツバルも船便による輸送が可能になっているから、運び込まれていても不思議ないぐらいだ。

「いて欲しくはないが、いる前提で覚悟しないとな」
「ああ、そうだ。海軍の連中のように無血占領は無理だろうからな」

 装輪式戦闘車が一両待ち換えられただけでも苦戦なんてものじゃない。あの主砲で上陸用舟艇を狙い打たれたら、まるで移動式のトーチカみたいなものだ。たとえ上陸に成功しても、こっちには対戦車砲もミサイルも、もちろん戦車もいないからだ。


 可能性といえば空軍さえいるかもしれん。コイン機程度でもツバルなら脅威だ。こちらにジェット戦闘機がいれば気にする必要もないが、

「堪忍してくれよ。そんなものがいたら、この艦ごとミサイルでアポーンじゃないか」
「とにかくこちらに空の援護はないからな」

 ヘリは搭載しているが、あれとて使ってみなければ動くかどうかは運次第って代物だそうだ。たとえ使えてもコイン機にさえ対抗できるものじゃない。薄暗い艦内でツバル上陸戦の展開を予想すればするほど気持ちが落ち込むのを止めようがない。

「ちゃんと考えてくれてるよな」
「崔司令官は信用しているが」
「親父でも戦闘車や攻撃機には勝てないぞ」

 汪上等兵も暗い顔をしていた。オレもそうだろうがな。

「勝てるのかな・・・」
「それより生きて帰れるか・・・」