セレネリアン・ミステリー:エラン先史

 ディスカルは心を落ち着かせているようです。

 「まず一つの奇跡が起こったのは事実です。いくらあり得ないと言われても、エラン人類と地球人類は同じ種として良いほど近いものです。説明するまでもありませんが、混血は可能で子孫も問題なく残せます」

 うちにもいるし。

 「おそらくエラン人類と地球人類の差は、地球であえて例えれば白色人種と黄色人種ぐらいの差しかありません」

 ディスカルは白人でも北欧系かな。

 「エラン人類の始まりは地球に先立つこと五万年で三十万年前として良さそうです。そこから地球同様に原人、旧人、新人と様々な分岐を重ねて進化しています」
 「エランでも淘汰の末に現在のエラン人が生き残ったの」
 「結果としてはそうですが過程が全然違います。エランの先史時代とは人種淘汰の時代と言い換えても良いかもしれません」

 ここでコトリ社長が、

 「もしかしてエランではトバ・カタストロフが起らなかったとか」
 「地球ではそういうことがあったらしいですね。地球の誕生は四十五億年前とされているようですが、エランの方が惑星としての成立はもう少し早かったとみて良いかと思います」
 「惑星エラン誕生から、エラン人類の発生するのは地球より遅かったと見てエエの」
 「そうです。地球人類に大きな影響をもたらしたとされる火山活動の影響はエランにはそれほどありませんでした」

 ちょっと待ってよ。地球人類はトバ・カタストロフの影響で、

 ・ホモ・サピエンスとネアンデルタール人以外のヒト属が絶滅
 ・ホモ・サピエンスも激減し、そのために遺伝の多様性が失われるボトルネック現象が起った

 この二つがエランに起らなかったとすれば、

 「そうです。エランの先史時代には様々な人種が並立して存在していました。これらはヒト属としては同じですが、根本的に種が異なります」
 「どれぐらいいたの」
 「およそ千以上。種が違うと言っても近縁種なら交雑も可能でしたが、出来ない人種も多数いたと考えてもらえれば良いかと思います」

 人種が違えば、

 「そうです。人種間戦争が起ります。先ほど千以上としたのは地球で言えば新人であるホモ・サピエンス種及び亜種だけで、それ以外の原人、旧人はまず絶滅します」
 「それって自然淘汰じゃなく」
 「そうです。ホモ・サピエンスが他のヒト属を皆殺しにしたのです。これが十万年前ぐらいのようです」

 まあ地球だってホモ・サピエンスがネアンデルタール人を絶滅に追いやった説があるぐらいだものね。

 「これを第一期人種間戦争になりますが、次にホモ・サピエンス種間の第二期の人種間戦争が起ります」

 まだやったのって思ったけど、種として同じである地球人類だって肌の色の違いの差別は厳然としてあるぐらいだから、亜種となればもっと強烈になっても不思議ないのかも。

 「我々は自分の惑星をエランと呼びますが、あれはエラン人種の惑星と言う意味も込められています」
 「ちょっと待ってよ、数あるヒト亜種の間で生き残りのために争った末に、たまたま勝ち残ったのが地球人類に近い種であったってこと」
 「そうなります」

 この人種間戦争のためにエランの科学は急速に発達したとなっています。ことは人種間戦争ですから、妥協の乏しい争いに陥りやすく、相手に勝って自分の種が生き残るために死に物狂いの開発競争が何千年、何万年も続いたからとディスカルは説明しています。

 「エラン人種が勝ち残れたのは偶然?」
 「そうなりますが、エラン人種が勝ち抜けたのは大エラン主義に従ったためで良さそうです」

 なんのことかと思えば、エラン人種の近縁種が大同盟を組んで他人種に対抗したぐらいのようです。

 「それでも良く同盟なんて出来たよね」
 「はっきりとは書かれていませんが、エラン人種は必ずしも優勢でなかったようで、他の人種の圧迫の前にかなりの劣勢を強いられた時期があったようです。これをはね返すために小異を捨てて大同に至ったぐらいでしょうか」

 この第二期人種間戦争は複雑な経緯をとりながら延々と続き、六万年ぐらい前に大エラン同盟が勝利をおさめたとなっています。

 「勝ったってことは他の人種は?」
 「浄化されたと記録されています」

 つまりは皆殺しにされて絶滅したってことか。

 「それで人種間戦争は終ったの」
 「いえ、そこから第三期人種間戦争が始まります」

 敵対する他人種がいなくなれば、今度はエラン近縁種同士の争いに移行したで良さそうです。

 「そんなに差があったの」
 「おそらく殆ど差はなかったはずです。もし平和共存していれば混血して一つの人種になっていった可能性もあったはずです」

 しかしそうはならなかったのがエランの歴史。この時点でもまだ百近い人種がいたそうだけど、次第に淘汰されてしまい。

 「ま、まさか、ディスカルが前に話してくれた最終戦争って」
 「そうです。最後まで勝ち残っていたエラン人種間の決戦です」

 だから最終戦争って名付けられたんだ。人種の生き残り、長年の積み重なった憎悪のために情け容赦がない全面戦争になり、

 「完全な全面核戦争になり、エランの七割が深刻な放射能汚染のために使い物にならなくなりました」

 勝ち残ったエラン人は残った三割で暮らすことになったで良さそうです。

 「もしかしてエランでの極端な死刑廃止も?」
 「そうです。あまりにも長い間、人種間戦争をやりすぎて、人を殺すと言うのを可能な限り排除しようとしたぐらいでよさそうです」

 それにしても壮絶すぎる人種間の紛争です。

 「おそらくですが、最終戦争前がエランの全盛として良さそうです。その頃には現在のエラン科学とほぼ匹敵するぐらいになっています。しかし最終戦争による莫大な被害で、以後はさらに発達すると言うより、それを維持するのに懸命だったと見て良さそうです」

 あれだけ争ったエラン人は死刑廃止もそうですが、極端に戦争自体を忌避してしまうようになったようです。でもそれを学ぶために払った代償もまた天文学的としか思えません。

 「そのエラン人って言葉も」
 「そうです。エランが統一語になったのは、統一語にしようとしたのではなく、現在のエラン語を話す人種のみが生き残ったからになります」

 統一政府の成立は一万五千年前となってはいますが、それ以前は都市国家同盟の形態であったようです。居住できる国土を有効利用するために人口の集中による大都市が建設され、その都市国家がその頃で十五都市に集約されたとのことです。

 「とくに最終戦争直後のエラン人は極端ほどの内向き志向になったようで、都市住民は自分の都市から離れることも稀になり、死ぬまで都市から一歩も出ない者も決して珍しくなかったとしています」
 「じゃあ統一政府は」
 「ようやく活力が少し戻ってきたエラン人が政府の必要性を認めたぐらいでしょうか」

 その一つの表れが宇宙探査。というか、宇宙探査をするために都市の力を合わせる必要があり、その一つの結果が地球のエラム基地の建設から、地球への植民につながっていったぐらいのようです。

 「でもさぁ、たしかに黒歴史だけど、そこまで封じ込めるのはやりすぎじゃない」

 ディスカルが言いにくそうに、

 「第一期、第二期は単なる黒歴史です。規模こそ大きいものの、人種どころか民族が違っただけでも起こり得るものです」

 地球でもアメリカ・インディアンやアポリジニの虐殺。スペイン人によるマヤ人やインカ人の侵略などいくらでもあります。

 「しかし第三期はやり過ぎでした」
 「全面核戦争になったこと?」
 「それもありますが、後でわかった事として種としての違いはなかったのです」

 えっ、あれだけ科学が進んでいたエランでそんな誤りを。

 「ネオエラン主義の宗教のせいだとなっています。これが人類学者を誤らせただけではなく、その見解の訂正を絶対に許さず、最終戦争に突き進めさせたとして良いでしょう」

 どうもそこまでのエラン史では宗教の存在が重すぎた気配があります。宗教は各人種間で別れてしまい、お互いを異端として排除し合ったぐらいでしょうか。第二期人種間戦争の後に融和期もあったようですが、いわゆるハーフを魔女狩りのように殺してまわったぐらいのようです。

 この教義が政治になり、さらに妥協のない戦争に進ませてしまったと見れる気がします。最終戦争後のエランは徹底した政教分離が行われ、ようやく安定を見たのかもしれません。

 「最終戦争後の各政府は二度と戦争を起させないために、徹底した平和教育を行ったのですが、その時の根本はエラン人は一つです。同じエラン人同士が争うのはいかに愚かかを強調したぐらいで良いと思われます」

 ディスカルが調べたところでは、これが途中でやや変形したと見て良さそうです。エラン人は一つの強調のために、エラン人はもともと一つだったとしてしまったぐらいでしょうか。

 「その辺の変化の経緯は追い切れませんが、現在のエラン人はそう信じ込んでいます。私だってそうでしたから」
 「でも記録には残ったのよね」

 この点になると完全に推測としていましたが、エランの人種間戦争の歴史は政府のデータ・バンクの奥深くに隠されていたと考えられています。アラが作ろうとした船団は移民船でもあったため、エランの歴史を残そうとしたのではないかと見ています。