渋茶のアカネ:めくるめく世界

 豪華なテーブルに豪華な食事がテンコモリ。それにしても立派な台所、いやあれだけになると厨房だな。

    「アカネさん、頑張って作ったんだけどお口に合うと嬉しいわ」
    「アカネ、ここのルールは遠慮なく食って、飲むこと。足りなきゃ、いくらでも出て来るから安心しな」

 食べてみたらとにかく美味しい、

    「アカネさん食べるのはイイけど、お酒は注意しといてね。この三人は底なしだから、一緒にペース合わせると病院行きになっちゃうよ」

 見てると食べっぷりも凄いけど、飲みっぷりなんて水とかお茶飲んでるようにしか見えないもの。小山社長なんてあんなに華奢な体のどこに入るのかと思うぐらい。

    「ユッキー、尻拭いさせて悪い」
    「気にしないで。まだシオリは慣れてないし、これぐらいは大したことないよ」

 まさかこれから秘密を知った、いや探ろうとしたアカネをドラム缶のコンクリート詰めにして海に沈められるとか。はたまた、海外に連れていかれて売り飛ばされるとか。う~ん、コンクリート詰めより売り飛ばされる方がマシだけど、問題はアカネが売れるかどうかかも・・・そんな最悪状態での究極の選択を考えても仕方ないか。

    「アカネさんは『愛と悲しみの女神』は見たことがおあり?」
    「ええ、見てましたし、原作の漫画も読んでます」
    「なら、話が早いわ。あれは実話よ」
    「えっ、実話って、どこまで」
    「だいたい」

 エレギオンの女神は美しいだけでなく不老。さらに魂は永遠に人から人に渡って行き不死だけど

    「わたしの記憶はね。五千年を遡るわよ」
    「えっと、えっと、五千年の記憶を持つ女神は首座と次座」
    「ピンポン、正解で~す。わたしが首座の女神で、ローマの時にいたコトリが次座の女神よ」
    「でも首座の女神は氷の女神・・・」
    「あら、見たいの。ちょっと怖いよ」

 ニコニコと可愛いお顔の小山社長の顔が見る見る・・・ションベンちびった。だから今では氷の女帝って呼ばれるのはわかったけど、あんなに怖いんだ。絶対に怒らせないようにしようっと。そしたらサッと表情を戻して、

    「ゴメンね、ちゃんとやらないと信じてもらえそうになかったから。シオリに聞いたんだけど、オフォス加納では人を担ぐのにかなり大仕掛けなことをするから、アカネさんもなかなか信じないって思って」

 信じる、信じる。あんな怖い顔を二度と見ずに済むのならなんだって信じる。

    「シオリはね、主女神なんだ」

 えっ、あのエレギオンの最高神。でも、首座の女神は眠れる女神、決して目覚めることはなかったはず。

    「ずっとそうだったんだけど、ちょっといじくったら、主女神が目覚めちゃったんだ」
    「でも主女神は記憶を受けつがいなし、時に暴虐の神にもなると」
    「ピンポ~ン、正解。よくできました。主女神は本来そうなんだけど、なぜかシオリとして復活したのよ。記憶の継承能力も出来たんだけど、覚えてるのは加納志織からだけ」

 じゃあ、あのフェレンツェの時は、

    「ピンポ~ン、またもや正解です。あれが主女神の力。あの時に何が起っていたかを聞きたかったら、後でシオリに聞いてね。ここでは長くなるから省略」

 そうだ前から気になっていた。

    「麻吹つばさはどうなったのですか」

 今まで楽しそうに話されていた小山社長が少しだけ悲しそうな顔をされて、

    「漫画のタイトルはある意味、よく付けてると思ってる。女神は魂ではなく意識を宿主に移していくのよ。だからわたしも小山恵に宿ってる。宿主にされた人の方の意識は消えるわ。そうね、記憶装置を初期化して新たにインストールする感じと言えばわかるかな」
    「あ、はい」
    「そうすることで永遠の生を得る事はできるけど、そのために人の一生を乗っ取り、台無しにしてるの。そう、女神は決して神じゃない、ただの寄生虫よ。宿主の寿命が来たら新たな犠牲者を探して回ってるってこと」

 アカネもターゲットにされた可能性もあったんだ。おおこわ。じゃあ、麻吹つばさからツバサ先生への変身は、

    「女神は記憶だけでなく能力も技能も受け継ぐの。さらに体型を自在に変えられる。いつまでも歳を取らないのも、その能力の使い方の一つ」

 なるほど自分の好みの年齢の容姿に固定できるってことか。信じろと言うのは無理があるけど、現実が目の前でしゃべってるし。それと五千年の経験を経営に活かせば、エレギオンHDをこれだけ大きくするぐらい簡単なのかもしんない。

    「ツバサ先生に女神が宿ったのはいつですか」
    「シオリが三十二歳の時よ」
    「その時の加納志織の記憶はどうなったのですか」
    「隣に座ってるじゃない。シオリが初代で記憶の始まりと思えばイイよ」

 だから加納先生は若返ったんだ。

    「他にも聞きたいことがある?」
    「神が見えるってどういうことですか」
    「強大な能力を持つ神は相手に宿る神が見えるのよ」
    「じゃあ、及川氏は」
    「あれは特殊例。わたしたちは使徒の祓魔師と呼んでるけど、神が見える能力が優れているだけ。能力はさほどじゃない」

 及川氏も神だったんだ。

    「では及川氏もツバサ先生やユッキーさんの神が見えたのですか」
    「強大な神は力の劣る神に力を見せないようにできるのだけど、シオリにも、ミサキちゃんにもそんな芸当が出来ないから、わたしも見せといた」

 神同士の仲は悪く、出会えば必ず殺しあうってなってるけど。

    「そういう神が多かったのは事実。わたしも百人近い神を殺してここにいる。ミサキちゃんに至っては五百人ぐらいだから、神世界の記録保持者かな」
    「どうしてミサキを引き合いに出すのですか。あれは特殊世界の例外ケースです」

 香坂常務もタダ者じゃなさそう。

    「でもね、殺し尽くした感じかな。結果として生き残っている神は争わないタイプが殆どしてよいわ。だって見てごらん、ここに三人の女神がいるけど殺し合いしてないでしょ」

 たしかに漫画でもエレギオンの五女神は仲良しだし。

    「及川氏は・・・」
    「また移っていくよ」
    「誰に」
    「それはわからない」

 ここでツバサ先生が、

    「小次郎の夢はわたしと結ばれること。でもわたしがカズ君に心を移して焦ってた。なんとか取り戻そうと、ついに神の能力を使おうとしたで良さそう。でも、出来なかった」
    「どうしてですか」
    「わたしに眠れる主女神が宿ったから。それは小次郎には見えるし、その圧倒的な力の差に指をくわえて見てるしかなかったのさ」
    「ではルシエンとは」
    「ルシエンはベレンのカズ君に奪われた。でもカズ君はいずれ死ぬ。ルシエンはトールキンの話では死ぬけど、小次郎のルシエンは復活する。それだけの話だよ」

 えっと、えっと、そうなると。

    「ルシエン計画とは」
    「たいした話じゃないよ。次の宿主の時に今度こそってお話さ」
    「いえ違うはずです。ツバサ先生はウソを吐かれています。及川氏は加納先生を深く愛されています。深く愛されていた加納先生に突然神が宿り、手の届かない存在になったことを悲しんだのがルシエン計画です」
    「おっ、言うね」
    「及川氏はせめて愛する加納先生の姿を、自分の作ったカメラで撮っておきたかったのです。それこそがルシエン計画」
    「アカネは人にしたら出来過ぎだよ」

 ふう、そうだサトル先生の問題をまだ聞いてなかった。

    「女神は人と結婚できるのですか」
    「出来るよ、子どもだって生める」
    「なにか男の方に条件とかあるのですか」
    「あるよ、女神が惚れるぐらいイイ男であること」
    「それだけ?」
    「そうよ。女神と言っても体は人からの借り物。べつに特別製でもなんでもないのよ」
 良かったね、サトル先生。後はサトル先生の決断とツバサ先生の心次第。つまりは、ごく普通の恋ってこと。サトル先生とツバサ先生じゃ、サトル先生は見劣りするかもしれないけど、サトル先生のツバサ先生を愛する気持ちは本物だ。ちょっと優柔不断だけど、掛け値なしに優しい人だから、きっとツバサ先生を幸せにしてくれると思う。

 そうだ、そうだ、二人の結婚式の時はアカネが撮ろう。だって他にオフォス加納で撮れる人なんていないじゃないの。その代わり、アカネの時にはツバサ先生に撮ってもらおう。サトル先生でもイイけど、やっぱりツバサ先生かな。

 問題はまだ相手がいない点だけど、な~に、そのうち見つかるさ。アカネを世界一大切にしてくれる素敵な、素敵な旦那様がね。その時だったんだけど、トンデモないことにアカネは気づいてしまったんだ。