渋茶のアカネ:休日のアカネ

 アカネを幹部社員じゃなく専属契約にした理由を聞いたことがあるのだけど、ツバサ先生は、

    「あん、経営やりたいの?」

 アカネには無理だろうって。ごもっともで、幹部社員ってエラそうな肩書付くけど経営もやらなきゃいけなものね。おかげで写真に専念出来て助かってる。もっとも専念しすぎてるみたいで、

    「明日は休みだ、電話も切っとけ」

 だってあんだけの契約料と給料の上に歩合までもらってるんだから、元とるために働かないといけないじゃない、

    「アカネは黒字だ。休まないとまた入院になるぞ」
 はい、休みます。どうも、ちょっと前にやったアイドル・グループの写真集の評判が良かったみたいで、依頼料がまた上がったみたい。貯金も増えて来たから、二本目の加納志織モデルのレンズを狙ってるところ。

 休みと言ってもやることないのだけど、とりあえず午前中は部屋のお掃除。やったら、とりあえずどころのものじゃなく、エライことになっちゃったけど、ちょっとスッキリ気分。お昼はカップラーメンを食べて午後はまったり。


 まったりしてると、及川氏の話がグルグル回ってきた。あの夜に、

    「アカネ君はエレギオンの女神を知ってるかね」

 アカネは歴史も苦手だったから、困ったと思ったんだけど、その話なら知ってる。子どもの時に、

    『愛と悲しみの女神』

 こんなアニメがあったんだ。アカネは熱中したんだけど、原作漫画もあったから読んでた。あれって全部作り話と思ってたんだけど、及川氏によればさらなる原作があるっていうのよね。

    「あれは古代エレギオンに残されていた大叙事詩なんだよ」
    「でもそれも作り話じゃ」
    「長い間、そうと考えられていたが、最近の発掘調査で事実であると確認されつつあるのだよ」
    「まさか、壮大な大城壁が実在したとか」
    「その土台が確認されておる」
    「ではリュースとか、イッサとか、メイスとか・・・」

 漫画に出てきた女神の恋人で、格好良いのよね。まさに男の中の漢でアカネも惚れちゃったぐらい。

    「アングマール戦の石碑も発見されて、すべて存在が確認されておるのじゃ」

 ビックリした、ビックリした。このエレギオンの女神なんだけど、そりゃ美しくて、気高くて、賢いんだけど不老なんだよね。でも寿命が来ると死んじゃうんだけど、女神の魂は他の女性に移り変わって永遠の生を保つってのよね。漫画の設定だから『そんなのもあり』って思ってたけど、

    「アカネ君、世の中にはエレギオン学というのがあってな。日本では港都大が有名だ」
    「エレギオン学ですか」
    「文字通り、古代エレギオンを研究するものなのだが・・・」
 及川氏によるとエレギオン学の卒業生が及川電機に入社してきたそうなの。勉強してきたものと就職場所にえらい差があるけど、考古学で食える人は少なそうだものね。当時の及川氏は社長だったんだけど、そんな変わり種もおもしろうそうだと採用したみたい。

 そこで不思議な話を聞いたそうなんだ。及川氏は、そのエレギオン学の卒業生にエレギオン学の神髄とは何かと聞いたんだって。そしたら返った答えが、

    『永遠の女神を信じることです』

 なんか宗教がかってるというか、禅問答みたいな答えなんだけど、古代エレギオンでは漫画のように魂が移り歩く女神が実在したって言うのよね。そんなアホなと思うけど、それをまず信じることがエレギオン学のスタートっていうから驚き。及川社長もそう思ったそうなんだけど、

    「アカネ君、港都大は三次に渡るエレギオン発掘調査を行っているのだが、そのいずれもが世界を驚かす成果を挙げておるのだ」
    「そうなんですか」
    「その第一次の発掘隊長が小島知江氏、第二次の発掘隊長が立花小鳥氏なのだ」
    「小島氏、立花氏といえばクレイエールの」
    「そうなのだ」

 話がつながってるような、つながっていないような、

    「まさか古代エレギオンの女神が、現代でも実在してるのを信じるのがエレギオン学だというのですか」
    「そうらしい」

 それにしても及川氏がそんなことに、そこまで詳しいのかと聞いたんだけど、

    「あははは、シオリのためだよ。だが、会長になって三年目ぐらいだったかな。シオリはすべてを知ってしまったらしい」
    「加納先生が謎を知られたのですか」
    「以後はその話題を二度としなくなった」

 何があって、何が起ったんだろう。

    「アカネ君、君も知りたいのじゃないのかね」
    「えっ、まあ、そりゃ」
    「君は麻吹先生とシオリが同一人物ではないかと疑っておるのじゃないのかね」
    「えっ、あの、なんというか・・・」

 さすがはタダのジジイではない。

    「私が知っているのはここまでだ。すべての謎はクレイエール・ビル三十階にあると考えておる」
    「そこに何があるのですか」
    「あそこへの出入りは厳重に制限されておる。エレギオンHD社員でさえ出入り禁止だ」

 開かずの間みたいなもんかな。

    「ただシオリは晩年に出入りしていたらしい」
    「加納先生がですか。なかの様子はどうだったのですか」
    「なにも話してくれなかった」
 アカネもググってみたんだけど、出てくる出てくる。エレギオンHDの心臓部ってことになってるけど、中については完璧なミステリー・ゾーン扱い。最新のスーパー・コンピューターがあるって話から、夜な夜な黒魔術やってる話まで出てるぐらい。

 エレギオンHDのトップ・フォーの顔写真も探したんだけど、これが見事なぐらい見つからないんだ。これも書いてあるのはミステリアスな話ばかりで、氷の女帝とか、現代の魔女とか、エレギオンの四女神とかあるけど、これじゃ、サッパリわかんないよ。


 そうこうしているうちに日も暮れてきた。晩御飯何にしよう。メンドクサイからコンビニ弁当でも買ってこようかな・・・ん、ん、ん、これは拙い休日の過ごし方じゃないか。こんなに若くて写真も上手な可愛い女の子が、こんな休日でイイわけないじゃないの。

 やっぱり朝からデートに出かけて、今ごろはアカネを喜ばしてくれる、どんな素敵なディナーを御馳走してくれるか、期待に胸を弾ませて時間じゃなきゃいけないはず。サキ先輩もいってたもんね。カメラばっかりに熱中してるといけないって。

 アカネだって男が欲しい、もといこれじゃ生々しすぎるから恋人が欲しい。どうして誰も寄ってこないんだ。まあ、あんだけ仕事してたら出会う間もないけど、休日でさえこんな調子じゃ、見つかる訳ないやんか。うぇ~ん、誰か世話してくれ、こんな虚しい休日はヤダ。

 贅沢は言わないよ。背が高くて、ハンサムで、ジェントルマンで、アカネのことを世界中で一番大切にしてくれて、掃除も洗濯もやってくて、テーブルには花を飾ってくれて、クリスマスや誕生プレゼントにロッコールの加納志織モデルのセットをポンッと贈ってくれて、えっと、えっと、その程度で我慢するから。