渋茶のアカネ:突破口は

 遊園地の仕事の良いところは、仕事にかこつけて、乗り放題が出来る点よね。でもさすがに乗り過ぎた。しばらくは、もう行きたくない気分。何事にも限度があるもんね。それでもイイ気分転換になったし、締切も伸びたし。

 でもツバサ先生はニヤニヤしてたけど、どれだけ仕事が溜まってるんだろう。なんか段ボール箱でドカンと置かれて、

    『アカネ、こっちも頑張ってね』
 これやられそう。いや、ツバサ先生なら絶対やる。なんか背筋が寒なってきた。ツバサ先生は掛け値なしのアーティストなんだけどゼニ勘定もシビアなんだよな。そんな才能は両立しないはずなのに、なんの矛盾もなくあるものね。

 さてカレンダーの方やけど、一ヶ月の延長はありがたい。これはまさに棚からオハギ、じゃなかった、大福じゃなかった、なんだっけ、あんころ餅だったっけ、なんでもいいけどラッキー。

 それもこれもアカネ2のお蔭。あのカメラ凄いわ。使えば使うほどわかるんだけど、撮りたいものがダイレクトに撮れちゃうのよね。最初はアカネ1との違和感もあったんだけど、馴染んじゃうと手放せない感じ。これで撮りだした時にカレンダーの突破口が見えた気がしてるの。

 ネックも実はあって、レンズがパンケーキ一個しかないこと。ここもどうなるかと思ったけど、今となっては良かったと思うぐらい。かえって違う発想で撮れるって感じかな。それでも時間的に間に合いそうに無かったんだんだけど、一か月あればなんとか間に合いそう。その間に溜まる仕事は、この際、目を瞑ろう。

 よっしゃ、今日も頑張るぞ。だいぶイイ感じになってきてるはずなんだ。今日は天気も良いし兵庫津の方を回ってみるか。うん、うん、運河がキラキラ光る感じは使えそう。石橋もイイ感じじゃない。大仏も撮っとかないと。隣の本堂もシックでなかなか。西国街道も使いようだな。えべっさんもね。

 さてと、見てみるか。うんうん、かなり思い通りに仕上がって来た。これはちょっとアングルが甘かったかな。こっちは踏み込み過ぎか。光線の入り方をもうちょっと注意しとかないと。

    「アカネ、頑張ってるね」
    「ツバサ先生、お疲れ様です」

 ツバサ先生はアカネの写真を見ながら、

    「へぇ、ふ~ん、なるほど。そう来たか・・・」

 さらさらと見終わると。

    「真っ向勝負のつもりか」
    「色々考えましたけど、クライアントの要望はそこにあると思うのです」
    「どんな要望だい」
    「ルシエンの見る夢です」
    「なるほどね。間に合うか」
    「間に合わせます」

 ここで疑問に思っていたことを、

    「どうしてツバサ先生が撮られなかったのですか」
    「あん、アカネが弱気かい」
    「違いますよ。ルシエンの夢はツバサ先生が撮るべきだったのです」

 ツバサ先生がよそ見している間に、

    「おっとアカネ、お茶淹れて来たよ」
    「ありがとうございます」
    「ぐぇ、渋い。アカネ、入れ替えやがったな」
    「ごちそうさまです」

 ツバサ先生は極渋茶を渋い顔ですすりながら、

    「どうして、わたしが撮る方がイイのかな」
    「ルシエンはなんのために作られたのですか?」
    「そりゃ、及川電機がカメラ事業に参入するためだろう」
    「ツバサ先生はそうは考えておられないはずです」

 ツバサ先生はますます渋い顔になられ、

    「それはアカネの考えすぎだよ」
    「そうでしょうか」
    「そうだよ」

 そう簡単には教えてくれないか、

    「じゃあ、聞いてもイイですか」
    「イイよ」
    「どうしてあんなにルシエンに詳しいのですか」
    「ああ、あれ、浦島の時に及川さんに聞いたんだ」

 見え透いた逃げを、

    「でもツバサ先生ははっきりと、先生が知っているアカネ2と違うと仰いましたし、アルミプレートの下に刻まれてる文字も知っています」
    「そりゃ、あの時に及川さんがそのカメラを持って来てたからだよ」

 このぉ、ノラリクラリと。

    「じゃあ、加納先生と及川氏との関係もその時に聞いたと言うのですか」
    「ああ、そうだよ。冥土の土産にってさ。まだ元気だけどね」

 この古狸め。そんなものでアカネの追及を交わしきったと思うな。

    「では、どうして祝部先生を弦一郎と呼び、及川氏を小次郎と呼んだのですか」
    「ありゃ、間違ってだ」
    「違います。あれはツバサ先生が昔から知っていたからです。そう呼んだ時代があったからです」
    「だからアカネじゃなくわたしが撮るべきだってか」
    「そうです」

 ツバサ先生はまたお茶をすすって渋い顔になり、

    「アカネはわたしを誰だと思ってるんだよ」
    「この地球上で光の写真が撮れるのは加納先生ただ一人です」
    「悪いが、わたしも撮れる」
    「いえ今でも加納先生しか撮れません」

 困ったような顔をされたツバサ先生は、

    「加納先生が亡くなってからもう十年だよ」
    「いえ今も御健在です」
    「どうして、そう思うんだ」
    「サトル先生や古くからのスタッフはシオリ先生と呼びます」
    「ありゃ、わたしが第二の加納志織と呼ばれた時の名残りだ」

 そっちに逃げても逃がすもんか、

    「ツバサ先生はおかしいじゃありませんか。あれだけアカネたちには他人のコピーはいけないと言っときながら、先生は完璧すぎる加納先生のコピーで売り出してるじゃないですか」
    「成功したからイイじゃないか」
    「あれはコピーじゃなく、加納先生の続きだからです。外見は麻吹つばさであろうと、中身が加納志織であるから、何を言われても気にならなかったからです」

 ツバサ先生が黙っちゃった。でも今夜はなんとしてでも、

    「麻吹つばさは、鶏ガラの痩せっぽちの、緊張過剰の、ごくごく普通の高校写真部程度の技量の女の子でした。それがたった三年ちょっとで、世界の最高峰に位置するフォトグラファーになり、スタイルだってグラマー、度胸だって心臓にどれだけ毛が生えてるんだってぐらいのクソ度胸になっています」
    「・・・」
    「ツバサ先生、あなたは麻吹つばさではありません。麻吹つばさの皮を被った加納志織です。そう考えればすべての説明がつきます」

 どうだトドメだと思ったのですが、ツバサ先生は大笑いされて、

    「アカネはSF作家の才能があるよ。どうだい、フォトグラファーと小説家の二足の草鞋を履くってのは。わたしは加納志織ではない、麻吹つばさだ」

 くそぉ、状況証拠をいくら突きつけたって、最後に無理があるもんね。アカネだって、じゃあ、どうすればそうなるって聞かれたら沈黙するしかないもの。そんなことが出来る訳ないもの。じゃあ、じゃあ、せめて、

    「ツバサ先生、今度の仕事でお願いがあります」
    「代わりにわたしが撮るは無しだよ」
    「このカレンダーはアカネが撮ります。でもその時に・・・」

 ツバサ先生がどう答えるか。

    「なんじゃそりゃ」
 簡単には尻尾は出さないか。