渋茶のアカネ:完成

 東京出張から帰られたアカネ先輩はそれこそ寝食を忘れる勢いでカレンダーに取り組んでおられます。いつもの陽気でお茶目な様子は完全に翳を潜め、眼はランランと輝き、殺気さえ漂う感じです。

 今は追い込みに入っているはずですが、カレンダー製作に使われている部屋には近づくのも怖いと誰もが申しています。マドカも足がすくむ思いが確かにします。中から聞こえるのは、

    「まだだ、まだ届かない、これじゃないんだ・・・」

 麻吹先生に様子を聞いたのですが、

    「アカネは一番困難な正解をみつけたよ。そっちには行かないと思ってたけど、最高の正解でもある」
    「どんな答えなんですか」

 そうしたら、麻吹先生は過去の及川電機のカレンダー写真を見るように言われました。探したらすぐに見つかったのですが、腰を抜かすほど華麗で美しい写真ばかりです。

    「ま、まさか、アカネ先輩は・・・」
    「そのまさかの道に挑戦してる」
    「いくらなんでも」

 後は何を聞いても、

    「今は待とう」

 ツバサ先生と休憩室でコーヒーを飲んでいる時にボサボサ頭のアカネ先輩が現れ、

    「ツバサ先生、お願いします」
    「出来たか。マドカもおいで、一緒に見よう」

 出てきた写真にマドカは目を剥きました。まさに絢爛豪華な写真です。それも浮ついた感じは全くなく、深い味わいさえ感じます。それだけじゃありません、写真から溢れだして来るもの、これはまさしく愛。

    「これがアカネの答えか?」
    「いえ、半分です」
    「残り半分を撮りたいか」
    「当然です。それでやっと完成します」

 まだ半分って、どういう事なの、

    「及川電機のカレンダーの仕事はこれで申し分はない」
    「ツバサ先生、それではルシエンの夢の半分も見れていません」
    「それは仕事ではないぞ」
    「いえ仕事です。クライアントの要望を満たすのがプロの仕事です」

 ツバサ先生はじっと考えて、

    「どうしてそう思う」
    「アカネにはわかります」
    「撮れるのかアカネに」
    「撮って見せます」

 アカネ先輩は鬼気迫る形相で麻吹先生をにらみつけ、

    「カレンダーの写真はルシエン三十年の夢です。どうして六十年の夢を叶えるのに躊躇われるのですか」
    「それはだな・・・」
    「そんな返事がツバサ先生の答えなんですか」

 椅子から立ち上がり窓辺に歩まれた麻吹先生は、

    「これはわたしの仕事だったかもしれない」
    「いえアカネの仕事です。ルシエンはツバサ先生ではなくアカネの手に渡っています」

 その時です。

    『ドサッ』
    「アカネ先輩」
    「マドカ、救急車を呼んで」

 程なくして、

    『ピ~ポ、ピ~ポ』

 病院の待合室で、

    「アカネ先輩だいじょうぶでしょうか」
    「だいじょうぶに決まってるじゃないか。寝不足と栄養失調だよ。たくメシぐらい食いやがれ。心配させやがって」

 そう言いながらホッとしている様子が良くわかります。

    「でも凄い写真でしたね。なんか圧倒されちゃいました」
    「ああ、期待以上だった。あそこまでやるとはな」
    「これが答えですか」

 麻吹先生は噛みしめるように、

    「答えか・・・今回の課題の答えは一つじゃないんだ。わたしが予想していた答えは違ったよ。それをアカネの奴、三段ぐらい飛び越えやがった。いや、もっとかもしれない」
    「それがあと半分ですか」
    「そうだよ、あそこまで行くとはね」

 なにか物思いにふけられていたようですが、パッと振り返るなり、

    「メシでも食いに行くか」
    「はい」
    「串カツ屋だぞ」
    「はい、御馳走になります」