アカネ奮戦記:谷奥温泉

 得体のしれないヌエみたいな女神どもだけど。イイこともちゃんとやってる。ユッキーさんはかなりの金額を村営の公衆浴場に寄付したんだよ。ありゃ、かなりどころでなくて、目を剥くぐらいで良さそう。

    「あれか。コトリも寄付しといたし」
 今までの公衆浴場の隣に新しい公衆浴場を建てたんだ。それも純和風でシックなやつ。モデルは道後温泉本館とか言ってた。道後温泉のより小ぶりだけど、これが、なかなか風格があって立派なもの。

 それだけじゃなく、エレギオン・グループの旅行会社も動かしたみたい。旅行会社だけじゃなく、テレビ局も動かしたみたいで、秘湯の旅シリーズで取り上げられて、福寿荘まで紹介されてた。コトリさんは、

    「ああ、あれ。あれぐらいはオマケみたいなもんや」
    「それなりに回収も出来るし」

 エレギオン・グループは観光事業も強いし、エレギオン・グループが乗り出したってだけで、便乗組がワンサカ寄って来たぐらいでも良さそう。そのためにビックリするぐらいの観光客や宿泊客が来るようになったみたい。

    「ちゃんとやったら、これぐらいは繁盛して当たり前の温泉やっただけや」
 赤壁市の観光とセットにすればヒットしたぐらいかな。今までもそういう素地はあったんだけど、とにかく市長の冷遇策に干されたのに火が着いたぐらいで良さそう。

 アカネもタケシと一緒に行ったんだけど、なんか二軒ほど新たな旅館が立ちつつあったよ。他にも土産物屋や、地元の農産物や特産品を売る店、喫茶店とか、こじゃれたレストランまで続々と出来てて、タケシもあまりの変わりように驚いてた。

 タケシがお世話になった福寿荘の御主人にも挨拶に行ったんだけど、隣に新館建ててた。民宿から旅館にするってお話だった。なんか繁盛したものだから息子さん夫婦も帰ってきて後を継いでくれるみたい。

    「タケシ、彼女だが」
    「いいえ、フィアンセです」
    「それにしても若いけど、いくつ下だが」
    「いいえ、十歳上の姉さん女房です」
    「なんだって! 世の中間違ってる」

 この時にはタケシの家にも挨拶に行ったけど、同じような会話になり、

    「あなたが、あの有名な渋茶のアカネさん」

 渋茶は余計だけど。

    「タケシを宜しくお願いします。婿に出すからには煮て食おうが、焼いて食おうが、かまいませんから。なんなら揚げ物でも刺身でも酢の物でも・・・」

 どうもタケシの家も普通じゃないみたいだ。アカネの家にも行ったんだけど、タケシがきっちり頭を下げて、

    「どうかアカネさんと結婚させて下さい」

 さすがはタケシ。よくやったと思ったんだ。この後は親父が複雑そうな顔をしながら『娘をよろしく』ぐらいになるのを期待して待ってたら、呆けたような顔になって、

    「アカネをもらってくれるなんて、これは夢か、幻か・・・」

 ウルサイわい。自分が育てた娘だろうが。さらにだよ、お袋まで、

    「どうかアカネを見捨てないでやってください。よろしくお願いします。この世に一人ぐらい奇特な人がいるとは信じてはいましたが、そんな人が二度と出るとは思えません」

 だから二人して床に頭をこすりつけるな。アカネが惚れられて結婚するんだぞ。姉ちゃんもいたんだけど、

    「アカネはバカですけど、ただのバカではありません。信じられないぐらいのバカで、この世のバカの基準を超越しています。超越しすぎてマトモそうに見えるところもありますから、どうか可愛がってやって下さい」

 フィアンセを前に『バカ、バカ』連発するな。まったくうちの家族ときたら、アカネを宇宙人か何かと勘違いしてるんじゃないかと思う時がある。そしたら姉ちゃんが、

    「でもそうじゃない、時々別人に変身しちゃうじゃない。靴のサイズまで小さくなるなんて地球人じゃない何よりの証拠」

 あれは女神どもが悪い。そうそう、やっぱりお世話になってるから挨拶には行った。タケシにも知ってもらっとかないといけないし。

    『コ~ン』

 三十階も一応ね。タケシは目をシロクロさせてた。そりゃ、そうだろ。とにかく女神どもの秘密の棲家だからな。それとコンテストの審査の時には気づかなかったみたいで、

    「えっ、木村さんじゃなくて小山社長、立花さんじゃなくて月夜野副社長、結崎さんじゃなくて夢前専務・・・」

 もう茫然としてた。気持ちはわかる。あんなに若く見える美女軍団がエレギオンHDのトップだからね。とりあえず、正体が女神なのは伏せといた。タケシが怖がってもいけないし、犬に変えられても困るから、

    「アカネさんと結婚するなら全身全霊を捧げるつもりじゃないとダメよ」
    「そうや、少しでも半端な気持ちがあったらアカン」
    「イイ人なのは間違いないけど、ワレモノ注意と思って細心の注意がいるよ」

 まったくどいつもこいつも。そうそうミサキさんも復帰していて、

    「アカネさんおめでとう。あなたなら明るくて楽しい家庭を築けるわ」
 そう、そう、これが普通だろう。どうして誰も素直にそう言ってくれないんだ。やはりミサキさんは女神の中でも別格だ。というか、なんで女神なんてやってるか不思議なぐらい。普通に人やればイイのに。ミサキさんもマルチーズの脅しを受けてるんだろうか。


 さて真打だけど、オフィス加納に戻った途端にやられた。アカネだって、タケシだって挨拶やお詫び、お礼をしなくちゃと思って、あれこれ言う事を考えてたんだよ。タケシなんて長期無断欠勤を謝らないといけないから、懸命になって考えてた。なのに、なのにだよ、いきなり、

    「やっとぶち抜かれたか」

 そんなもの開口一番に言うな。タケシが真っ赤になってるじゃないか。

    「痛かったと思うが、やればやるほど良くなるから心配しなくともよい」
 余計な心配だ。ほっとけ。でも、豪快に笑い飛ばしてこれだけだった。さすがは真打だと思った。