アカネ奮戦記:なんか変な感じ

 大会は近づいてくると言うのにタケシは迷走中。なんかマドカさんの時のことを思い出す。あの時は端正で上品すぎるマドカさんの写真に力強さを加える課題を出してみたんだ。

 最初は順調だったんだ。質はともかく、男が力任せに撮ったような荒々しい写真が出てきて、この質を高めて行けば課題は達成できると見てたんだよね。ところが、ある日を境に妙に女らしさを強調し始めたんだよ。

 女らしさを強調しても力強い写真は撮れるけど、当時のマドカさんじゃ難し過ぎるものだったんだ。案の定、力強さは見る見る萎んでしまい、課題達成の目途さえつかなくなったんだよね。

 そこから迷走に次ぐ迷走をした末に、なんとか過剰な女らしさが引っ込んでくれて、辛うじて合格ラインに達したけど、今でもマドカさんがあの迷走を行ったのかアカネにはわからないんだ。

 ちなみにマドカさんの過剰な女らしさの問題は個展の時まで引きずり続け、異例なんだけど、ツバサ先生は個展を延期にまでしてしまったんだよな。あれも不思議だったんだけど、延期後のマドカさんは人が変わったように力強さと女らしさを見事に融合させてた。なにがあったんだろ。

 だけどタケシが迷走しているレベルはマドカさんよりかなり低い。いや、比べ物にならないんだよ。今ならわかるけど、マドカさんは自分の世界を持っていた。苦悩してたのは、それをどうやって表現するかだったと思うんだ。タケシの場合は、未だに自分の世界とは何かについて探し求めてる状態なんだよ。

 これも嫌な話を思い出しちゃうんだけど、サキ先輩と似てるところがある、サキ先輩もプロの壁に苦悩してフォトグラファーは挫折しちゃったけど、サキ先輩も自分の世界を探し求めてた。探して、探して、探し回った末に、

    『才能とは足りないものを最初から持ってるんだって。凡人は足りないことだけは気づくけど、それを得ることはできないんだろうって。アカネ、あんたの写真は悔しいぐらい光ってるよ』
 そう言えばサトル先生も持ってたんだよね。これを見つけ出し惚れこんだ加納先生は、オフィスを再開してまで育て上げたんだ。あの時にサトル先生と加納先生の熊野古道の出会いがなかったら、オフィス加納も存在せず、アカネもプロになれなかったかもしれない。

 まあその辺はツバサ先生がオフィス麻吹を作ってると思うから、そこでアカネはプロになれたかもしれないから置いといて、やっぱり持つ者は最初から持ち、光り輝いているのかもしれない。マドカさんは確実にそうだった。

 でもさぁ、一人ぐらいいてもイイじゃんか。ずっと埋もれてた才能がついに開花するってパターン。ツバサ先生の経験でも加納先生時代から一人もいなかったって言ってたけど、ゼロじゃないはず。

 タケシは何かを持ってる気がアカネにはするんだよ。だから今の段階で挫折して欲しくないんだ。でもだけど、ちょっと変なんよね。アカネも十年以上、弟子を持ち続けてる。個展にまで行ったのも一人いる。

 ツバサ先生と同様にアカネも弟子は可愛いと思ってるけど、ダメなことがわかったら、あきらめてもらってた。可哀想ぐらいは感じても、なれないものにいつまでも時間を費やすのは人生のムダだもんね。

 フォトグラファーだけがこの世の仕事じゃないし、フォトグラファーになれなくてもカメラと写真の仕事はあるもの。オフィスで鍛え上げた技術ならフォトグラファー以外の写真の仕事は十分に出来るし、オフィスで耐え抜いた根性なら写真以外の仕事でも頑張れるはず。タケシもそんな弟子の一人のはずだけど、なぜか手放したくない気がするんだよね。

    「アカネ、ちょっと話がある」
    「週末なら用事があります」
    「三十階じゃない」
    「なら時間があります」
 なんだろ。やっぱりタケシの話だろうな。ツバサ先生も相当気にしてたし。ああいうタイプが好みなのかな。そう考えればサトル先生の雰囲気と似てなくもないし。そう言えば加納先生時代の旦那さんも雰囲気は似てる気がする。

 あれだけイケメンだった及川元会長を振ってまで追いかけたし、今となったら笑い話になりかねないけど、首座の女神にトンビに油揚げ状態でさらわれても、次座の女神と火花を散らす争いを繰り広げても、最後は自分ものにしてたぐらいだもんね。

 女神の恋は見た目じゃなくてハートの綺麗さが基準って聞いたことがある。そうかなって思ったけど、考えれば単純な事で、女神は老いないけど、旦那は老いるのよね。どんなに格好良くてイケメンでも旦那は人だから老いるし、いずれ死ぬんだよ。

 外形で恋してたら、そのうち嫌になるもの。だからかもしれないけど、女神の結婚はどこも夫婦円満なんだよな。三座のミサキさんのマルコさんやディスカルさん。四座のシノブさんの佐竹さん、さらにツバサ先生。

 それにしても三座のミサキさんの結婚相手が変わってるよな。ミサキさんは女神どもの中では別格の常識家で、極めて人に近い感覚を持ってるんだよ。なのに香坂岬時代に結婚したのがエレギオンの金銀細工師にしてイタリア人であるマルコさん。

 国際結婚が悪いと言う気は毛頭ないけど、あのミサキさんの結婚相手がイタリア人なのは驚いたもの。さらにだよ、霜鳥梢が選んだのは国際結婚どころじゃなく、異星人のディスカルさんなのにはぶっ飛んだもの。やはりミサキさんも女神ってことだ。

 まあ他人の事はイイ。とくに女神どもはどうでもイイ。問題はアカネだ。どうにもタケシが気になっている気がしてならないんだよ。どう言えば良いのかな、タダの弟子とは違う気がしてならないんだ。

 そう感じるから、あれこれ目を懸けてるつもりだし、きっとタケシには才能があると見てるんだけど、ホントにタケシに才能があるんだろうか。無ければタケシはオフィスを去るだけなんだけど、それで良いかどうかにモヤモヤして仕方がないんだ。

    「お~い、アカネ、行くぞ」

 連れて行かれたのは和食屋さん。こじんまりを通り越して狭苦しい店だけど、あそこは美味しい。ツバサ先生もお気に入りでサトル先生ともよく行ってるらしい。話は自然にタケシの話題になったんだけど。

    「・・・アカネ、仮にだが、タケシが課題を失敗したらどうするつもりだ」
    「そんな縁起でもないこと言わないで下さい」

 だが現状では厳しいのはたしか。あれだけの重圧の中で失敗したら、それだけでタケシは潰れるし、潰れたら、潰れたら・・・

    「言うまでもないが、マドカから誰もクリアしておらん」
    「だからこそ、そろそろ・・・」
    「期待はしてるが、アカネには見えるのか」

 正直なところ、一向に輝いてくる気配はない。ツバサ先生は松の司を傾けながら、

    「オフィスはフォトグラファーを目指すところではあるが、フォトグラファーだけがこの世の仕事じゃない」

 それは良く知ってるけど、

    「待ってやるのも一つだと思うぞ」
    「だったら今回の課題は延期して・・・」
    「それは待つだけ無駄だ」

 言ってるこそが変だぞ。待つってそれ以外にないじゃないか。

    「アカネは好きな男と結ばれたいか」
    「もちろんです」

 相手がいないのがネックだけど、

    「アカネが男に求めるものはなんだ」
 なんだって言われても、昔はロッコールの加納志織モデルをポンっと贈ってくれるような男を考えてたけど、もう買っちゃったものね。つうか、おカネはドンドン貯まってる。あんまり使うことないのよね。仕事着はジーンズとTシャツぐらいで間に合っちゃうし、冬でもセーターとスタジャンぐらいでOK。靴はスニーカーがあれば十分だし。

 正装とかいるような会もあるけど、あんなもの一揃いあれば間に合っちゃうし、アクセサリーも同様。いつも同じと言われたりもするけどアカネは気にならないし。化粧だって、二回目に女神どもにやられたからは、やめちゃった。しなくても十分だし、下手に化粧するとかえって悪くなる。

 強いておカネをかけてるのはカメラ機材だけど、あれは経費で落ちちゃうのよね。食費だって、カップ麺とコンビに弁当が主力で、後は商店街の串カツ屋さんとか、食べ放題の焼肉屋とか、居酒屋とか。とにかく忙しくって、買い物して作る時間がない。ちなみに下手なのは置いとく。クルマとかも興味がないし。そうなると、

    「やっぱりイイ男です」

 これは女神のセリフだから使いたくないけど、これぐらいしか思い浮かばない。

    「その男のためだったら、なんでも出来るか」
    「たぶん」

 ツバサ先生はノドグロの焼いたのを食べながら、

    「その男の成功を助ける気はあるか」

 う~ん、結婚どころか恋人も出来たことがないからわかんないけど、出来る気がする。愛する相手にはそうするんじゃなかったっけ。

    「ツバサ先生、なにを聞きたいのですか」
    「わからんか」

 さっぱりわからん。

    「タケシが課題に失敗してオフィスを去ることになったらどうする気だ」

 どうするって言われても、ツバサ先生がやってるのと同じこと。オフィスのスタッフとして勤務が希望ならツバサ先生に頼み込むし、フォトグラファー以外の写真の仕事が希望なら探して回る。その他の職業に挑戦したいのなら、三十階に行ってでも頭を下げる。

    「他は」
    「ない」

 と言ったもののなんかモヤモヤするな。なんだろ、この気持ち。ん、ん、ん、わかったぞ。前もツバサ先生は持って回った話し方をしてたじゃん。あれが暗算、違う暗記、違う暗黒大魔王、違う、えっと、えっと、安心じゃない、暗号じゃない、暗証番号じゃない、こうなったら出て来ないんだ。

    「アカネ、なに悩んでるんだ。また言葉が出て来ないのか」
    「えっと、あん、あん、あん」
    「とっても大好きドエラもんか」
    「違う!」

 ツバサ先生が余計なことをいうから、出て来なくなったじゃないか。つまり催眠術みたいなものにかかってたんだよ。

    「ツバサ先生が言いたいのはタケシのことですよね」
    「そうだ、ずっとその話をしてたじゃないか」

 それもそうだ。

    「まさかツバサ先生はアカネとタケシの仲を疑ってるとか」
    「疑ってなんかない。オフィスの常識だ」

 なんちゅうオフィスだ。

    「冗談じゃないです。アカネは歳こそ取らなくなりましたが、十歳も年上なんですよ」
    「それがどうした。歳の差なんて関係ないだろ。アカネも歳取らないから、それぐらい若くても、いずれ逆転するだけだ」
    「そういう問題じゃないでしょ」
    「そういう問題だ」
 どういう問題だよ。どうしてタケシと恋仲にならなきゃいけないんだ。そりゃツバサ先生は弟子に手を出して結婚したかもしれないけど、そこまで師匠のマネをする必要もないじゃないの。

 タケシは可愛がってるけど、あくまでも師匠として可愛がってるだけ。恋愛対象だなんて思ったことなんかあるもんか・・・と思うけど、なんなんだ、この胸の中のモヤモヤ感は、さてはツバサ先生、

    「またアカネを練習台にしたでしょ」
    「なんの話だ」
    「マイルド・クリーム」
    「最近使ってるのか?」

 あれっ、違ってた。

    「えっと、まい、まい、まい」
    「マイムマイムか」

 どうしてフォークダンスを踊らないといけないんだよ。

    「言っとくが女神の力を以てしても、人の心はほとんど操れん。アカネも『愛と悲しみの女神』を読んだだろう」
 わかってるんだったら、からかうな。でもそうかも、魔王の心理攻撃は凄かったみたいだけど、それでもモチベーションを下げるぐらいだし。心を自在に操作できるなら、裏切りを起させればイイだけだもんね。

 いかん今日は酔ってるんだ。そうだ、そうだ、どうしてタケシを好きにならなきゃいけないんだよ。年齢的には焦ってるけど、弟子だよ、十歳も下だよ、対象外、対象外。


 まあいい奴だとは思うよ。性格悪くないし、素直だし、真面目だし。ついでに言えば顔もスタイルも悪くない。好みだけでいえばストライク。それに気配りが出来て優しいんだよね。アカネのやって欲しいことを、さりげなく先回りしてやってくれてる感じ。

 それとタケシはアカネの出来ない事が出来るんだ。炊事洗濯と整理整頓。あいつの料理美味いんだよね。それと大掃除の時にオフィスの部屋の片づけを手伝ってもらったんだけど、手際が良くて感心したもの。

 あれで弟子じゃなくて、あれだけ年下じゃなければ考えてもイイぐらいないのはウソじゃない。えっ、えっ、えっ、ツバサ先生は外して考えろって言ってるのかも。外して考えたら・・・

    「すいません。今日は二日酔いしたみたいです。先に帰らせて頂きます」
    「昨日も飲んでたのか」

 今日はどうもいかん。

    「二日酔いじゃなくて、悪ノリしたみたいです」
    「それを言うなら悪酔いだろう」
 エエイ、なんでもイイけど今日は帰る。とにかく不調だ。