アカネは溜め込んでた仕事をヒィーヒィー言いながらこなすことになったんだ。
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「ツバサ先生、なんとかしておくって話だったんじゃ」
「おう、延期交渉は大変だった。でもスタッフも頑張ってくれてキャンセルは出なかったぞ。ちょっと増えた分は御褒美と思え」
ギャフン。仕事は仕事、甘くないわ。とにかくこなすためにハイ・ピッチで進めたら、
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「アカネ、何度言ったらわかるんだ。スタッフを殺す気か!」
タケシは個展に専念した。もう合格は決まってるようなものだけど師匠としてタケシの作品を見て回り。
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「タケシ、合格だよ」
それと赤壁市の騒動のお蔭で、城下町フォト・コンテストの話が広がっちゃったんだ。言われて見れば西川流とオフィス加納のガチンコ勝負だったし、西川流は総帥の辰巳だし、オフィスもツバサ先生とアカネがいたものね。
そこで理由はともあれタケシが辰巳に勝ってるんだものね。写真雑誌が特集まで組んで大騒ぎしてたし、一般週刊誌やワイドショーまで取り上げるぐらいだったんだ。お蔭で個展の方が大注目されちゃって、すっごい数の報道陣が来てた。
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「じゃあ、アカネは受付に行くね」
「アカネ、ちょっと待て」
「なにか文句でも」
「受付がアカネだけじゃ不安過ぎる」
アカネだって受付ぐらい出来るって頑張ったけど、
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「アカネ、ボクも不安だから」
「アカネ先生、マドカもお手伝いさせて頂きます」
なんとサトル先生もマドカさんも受付に座り、
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「アカネはしゃべるな」
「座ってるだけでいいから」
「ちゃんとサポートさせて頂きます」
お前らな、そんなにアカネが受付するのが不安か。
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「当然だ」
「やはりね」
「タケシさんの晴れの門出ですから」
マドカさんまで、そこまで言うか。当たってないとは言わないけど。でもサトル先生が妙に嬉しそうだった。
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「そりゃ、アカネ、女ばっかりだっただろ」
なるほど。オフィスのプロは、サトル先生以外は女だったものね。
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「仲間ができてホッとする気分かな」
たしかに。サトル先生は社長だけど社内でなにか提案しても、女三人が叩き潰してしまうことは多かったものね。これはだいぶ前だけど、マドカさんがプロになって間もない頃に、
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『女三人展』
これをやろうってサトル先生が言いだした事があったんだ。ちなみにカツオ先輩も噛んでた。とはいえ、みんな仕事が忙しいからストックの写真でやろうって提案だったんだけど、
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『これはマドカを引き立たせるためか。そんなモノのためにわたしを引っ張り出すというのか』
『それよりアカネの個展やっていない。まずそっちだよ。個展やりたい、やりたい』
『マドカのストックでは無理です。三ヶ月下さい』
三人とも一歩も譲らず企画は流れちゃったものね。この女三人展はその後も企画として何度も浮かび上がって来たけど、
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『どうしてアカネやマドカと肩を並べなきゃならんのだ』
『アカネの個展、アカネの個展、アカネの個展』
『準備期間をしっかり頂けないと協力できません』
タケシも専属契約になったんだけど、順調に依頼も入って来てる。これでオフィスのプロも五人になったんだけど。それだけのスタッフも抱えないといけないし、撮影スタジオだってこうなってくると手狭というか、塞がってしまってニッチもサッチもいかなくて、並んで順番待ちしてる状態。後ろに並んでたツバサ先生に、
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「ツバサ先生、ちょっと狭い気が」
「だな。四人の時でもかなり無理があったが、五人は厳しいよな」
そうなると移転するか、建て直すかだけど、これは経営者サイドのツバサ先生とサトル先生の判断になってくる。いやこのビルを加納志織時代に建てたツバサ先生の判断だろうな。思い入れもいっぱいあるだろうし。実際にも、
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「やはり潰すとなると」
「さすがにな。こんなオンボロ・ビルでも建てる時は大変だったからな」
でもね、当時としてはかなり写真家のために配慮した設計になっているのは間違いない。いや、写真を撮るために特化した設計だとよくわかるもの。当時の加納先生の写真家としての夢を精一杯詰め込んだビルだって。
移転か建て替えかは、かなりもめたみたいだし、移転先の誘致合戦まであったけど、最後はツバサ先生の決断で建て替えになったんだ。そのためにオフィスは仮事務所に移転。加納ビルの解体の時にはツバサ先生が神妙な顔してたよ。
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「また加納志織が遠くなったな」
「大丈夫ですよ。絶対にツバサ先生は忘れませんから」
「そうだな」
規模はドカンと二十階建てだって。工期は三年弱ぐらいらしい。設計や施工はエレギオン・グループが全面協力で順調。
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「次のビル名は麻吹ビルですか。それとも星野ビルですか」
「あん、加納ビルだよ」
なんだよな。オフィス加納もオフィス麻吹に変える案が出たこともあったけど、頑として譲らなかったもの。それでも一~三階にはテナントも入るみたいでアカネも楽しみにしてる。これでまた商店街が盛り上がると嬉しいな。
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「もうすぐ式だな」
「はい新居もばっちりです」
「しかしタケシはエライと思う」
「そうでしょ、そうでしょ、あんなイイ男世界中探したっていませんよ」
「まだ逃げ出さないからだ」
部屋だって凄いんだ。だってさ、だってさ、床が見えるんだよ。それも隅から隅まで。アカネは部屋の床に物を置くのが大好きだったから、えらい変わりよう。ぜ~んぶタケシが片付けてくれるんだ。ご飯だってそうだよ。朝から台所で、
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『トントントン』
こんな軽快な包丁の音がして、味噌汁もちゃんと付いた炊き立ての朝御飯がアカネが起きる頃には出来上がってるんだ。タケシはご飯にもこだわりがあって、電気炊飯器は使わないんだよね。
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「アカネ、土鍋の炊き立てが一番おいしいんだ」
洗濯だってキチンとアイロンまでかけてある。それがね、ちゃんと引き出しに中にしまってあるんだよ。シーツもパジャマも毎日洗ってくれてて気持イイし、お風呂もピッカピカ。アカネも手伝おうと思ったんだけど、一度やったらタケシから、
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「アカネはそんなことをしなくて良いよ」
こう言ってくれたんだ。なんて優しい旦那さんだろう。まだ式挙げてないけど、
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「アカネ、それは優しいんじゃなくて、無駄な仕事が増えるのを嫌がってるだけだと思うぞ」
ギャフン。でもあんたもやろが。サトル先生から聞いたことあるぞ。
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「アカネには遠く及ばない。それとアカネより料理は確実に上手い」
そうなんだよな。どうも加納志織時代には料理教室まで開いてたみたいで、手際もイイし、盛り付けも、味付けもプロ顔負け。
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「まあ、アカネの場合は小学生、いや幼稚園児も顔負けだし」
く、くやしい。その通りなのが一番悔しい。そのうちタケシに教えてもらおう。
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「無駄な努力と思うぞ」