渋茶のアカネ:マルチーズの危機

 ここまで和やかに話は進んでたんだけど、急に猛烈な不安に襲われたのよ。永遠の女神が現代にも実在するなんて、知ってはならない秘密じゃない。それをこうもアッサリ話すってことは口封じもセットのはずだって。

 たとえばコンクリート詰め。それだけじゃない、相手はとにかく永遠の女神。嫌な事を思いだした。女神の刑ってのもあったんだ。

 あの回は反乱鎮圧に次座の女神が活躍するんだけど、反乱者を金縛りした上で女神の刑を宣告するんだ。簡単に言えば死刑なんだけど、ただの死刑じゃないんだ。死に至る災厄が、逃げても逃げても死ぬまで襲いかかるとか、死にそうな苦痛が自ら死を選ぶまで永遠に続くとか。

 その惨たらしい描写が延々と何故か放映されて、怖かった怖かった。あんまり惨たらしすぎて再放送時にはなくなってたぐらい。あの回を見てからしばらく独りで夜にオシッコに行けなくなった。あれも実話の可能性があるじゃないの。

 どうしよ、どうしよ、どう考えても無事には、この部屋から出れそうな気がしなくなってきた。頼みの綱はツバサ先生だけど。どうせ逃げられないから聞いちゃえ、

    「ユッキーさん、こんな話をアカネが知ってもイイのですか」
    「アカネさん、心配しなくてもイイよ。こんな話、どうせ誰も信じないから。言えばキチガイ扱いされるだろうし、これは悪いけど、そういう風にする力もあるのよ」

 そうだった、相手は世界のエレギオンHD,さらに首座の女神。アカネなんてその気なれば合法的に社会から抹殺さえ出来るんだ。抹殺は大げさとしても、キチガイ扱いぐらいには簡単にされちゃいそう。じゃあ、無事に帰れるかも、

    「そうだユッキー、イイ機会だから練習しときたいけど」
    「でも失敗したら可哀想じゃない」

 『練習』、『失敗』なんの話だ。まさか、まさか、

    「だいじょうぶだって、アカネはわたしの弟子だから文句言わせないよ」

 やっぱりアカネが練習台だ。うぇ~ん、一番頼りにしていたツバサ先生がなんてことを。

    「そうねぇ、せっかく、アカネさんに来てもらったから、少しお礼をしといてもイイものね」

 お礼なんかいらないって、このまま五体投地、なんか違うな五体満願、これも違う、とにかく生きて帰れてたら、それで満足です。

    「シオリ、やるのはイイケド、ちゃんと加減してね」
    「それも練習だろ」
    「まあ、そうなんだけど」

 ますます嫌な予感が。なにかトンデモないことをされそう。

    「あの~」
    「な~に」
    「なにされるのですか」
    「うんとね、アカネさんを少し変えてみたいってシオリが言うのよ」

 変えるって、何に、

    「シオリの力ならなんにでも変えられるけど、たとえば・・・」
    「たとえば」
    「犬にするのだって可能よ」

 えっ、犬。犬はイヤだ、せめて猫にしてくれ。そんな問題じゃないよな。

    「だいじょうぶ、心配しないで。やり過ぎなければ、わたしが元に戻せるし、修正だってできるから」
    「やり過ぎたら?」
    「そうねぇ、犬までいったら人に戻すのは難しいかも。でも種類ぐらいは変えられるから、良かったら先に言ってくれてたら嬉しいわ。マルチーズがイイ、それともトイ・プードル」
    「じゃあ、マルチーズ」
    「わかったわ。可愛いマルチーズにして、ちゃんとここで飼ってあげる」

 こいつらマトモじゃない。小山社長は顔も声も可愛いけど、言ってることがムチャクチャじゃない。やはり最後はツバサ先生しかいない。

    「ツバサ先生、犬にするなんて冗談ですよね」
    「もちろん可愛い弟子のアカネを犬になんかするものか」

 良かった、さすがはツバサ先生。

    「そうならないように前向きの姿勢で善処する」

 うぇ~ん、善処じゃ困るって。あっ、ツバサ先生ったら指をポキポキ鳴らしてるじゃない。本気でやる気だ。

    「やるぞ、アカネ」
    「犬はヤダ」
    「シオリ、そうっとよ。わたしでも犬まで行ったらホントに戻す自信ないし」
    「わかった、わかった。さあ、アカネ観念せい。犬になってもユッキーが飼ってくれる」
    「助けて~」

 すうっとアカネの体の中に何かが流れ込んだ気が。これが女神の力とか。

    「シオリ、それぐらいで」

 うわぁ、やられた、どうなった。

    「だから言わんこっちゃない。やりすぎよ」
    「そうかな、もうちょっとやっても」

 ああ、ツバサ先生。やり過ぎたってことは、犬だろうか、猫だろうか、それともペンギン。マルチーズにしたら大きいから、秋田犬とかセント・バーナード。

    「アカネさん、ごめんなさいね。やっぱりシオリはやりすぎちゃった。これじゃ、元に戻せない」
    「アカネ、ゴメン」

 ゴメンで済んだら警察いらんわ。もっともこんな化け物みたいな連中じゃ警察でも通用しないだろうな。

    「でもシオリ、さすがはフォトグラファーね」
    「そらそうよ、これで何年メシ食ってるって思てるのよ」
    「でも、そこまでやると、もう変わんないよ」
    「イイじゃない、わたしの弟子だから道連れよ」

 なんだ、なんだ、この話の展開は、

    「アカネさん、化粧室に行ってごらん」

 おっ、足で歩けるから人に近いみたい。手もまともだけど、顔は、

    「これは誰ぇぇぇぇ」
 たぶんアカネだと思う。アカネの面影あるもの。でも綺麗すぎる。細くて一重だった目はつぶらな瞳になり、ペシャンコの団子鼻はスッキリと筋が通った小鼻に。唇だって、ホッペだって、耳だって・・・髪までチリチリ天パが艶やかなロングじゃない。

 それだけじゃない、とにかく胸が重たい。こわごわ見たらドデカイ肉の塊が二つ。アカネのブラがはち切れてる。ヒップもデ~ンでジーンズも破れそう。でもデブじゃない、ウエストがギュッとしまって格好イイ。

    「アカネ、それで男が寄って来なかったら、重度の性格ブスだぞ」

 うるさいわ。アカネの体を練習台にしやがって。

    「そうそう、アカネさん、シオリがやり過ぎたから・・・」
    「アカネはどうなっちゃうんですか」

 そこにツバサ先生から、

    「喜べアカネ、師匠の道連れで歳取らないぞ」
 えっ、えっ、えっ、アカネも不老の仲間入りとか。イイのか、悪いのか猛烈に複雑。とにかく女神は怖ろしい。でもなんとか生きて帰れそう。とにかくだいぶ変わったけど人だし、見間違えてなければマルチーズじゃない。