浦島夜想曲:舞台裏

 今回の理事会でのバトルですが、小山社長もよくこんな詐欺みたいな手法を思いつくものと感心しました。小山社長は、

    「あそこの理事会の会議規定は誰が決めたか知らないけど、普通とはだいぶ違うのよ」
 委任状に議決権が生じるのは、通常は事前に提示された議題のみです。ところがあの理事会は緊急動議にまで議決権が発生します。加納先生の排除を予想していた小山社長は、加納先生の委任状をマリーに出すようにしていたのです。

 栗田理事の寝返り工作もしていたのでマリーには常に三票あることになり解任決議は常に阻止できることになります。この状態を出現させておいて、

    「だったら次の時は・・・」

 前回の緊急理事会ではマリーがスキャンダラスを暴露して暴れ回ったのですが、最後に出した解任決議案を理事長側に握り潰させています。

    「マリー、これで会議の終了宣言を出せば握りつぶせると思ってるはずよ」

 そう思い込ませるための日本語にたどたどしい白人の演技を続けていたとして良さそうです。今回の会議の前の情報収集も凄かった。竹本理事がマスコミ攻勢の心労で急遽入院となった情報をつかんでいたのです。

    「マリー、チャンスよ。竹本理事は松原理事長に委任状を出すはずよ」
    「それで票数が変わる訳じゃありませんが」
    「解任決議のような重大決議は議長も含めた理事全員の投票の三分の二が必要だし、それが可決できないのはアイツらも知ってるのよ」
    「そうですが」
    「だったら過半数決議を持ちだしてくるはずよ」
    「でも過半数は無理ですよ。こっちは三票だから四対三で負けます」

 ここで社長は笑って、

    「マリーもそう思い込んでるぐらいなら成功するわ」
    「どういうことですか」
    「過半数決議の時は理事の投票のみで決まり、議長である理事長が投票権を行使できるのは賛否同数の時だけなのよ。たとえ理事長が百票分の委任状を握っていても行使できないってこと」

 マジックみたいですが、竹本理事が理事長に委任状を渡した時点で理事長派は既に少数派に追い込まれていたのです。

    「強引に会議を打ち切ろうとしたら」
    「緊急動議があるうちは終れないのよ。それでも打ち切りたければ過半数の決議が必要だけど、それも無理」
    「強引に退席したら」
    「これもあそこの規定で、理事会の成立は会議開始時の出席者が委任状も含めて過半数であれば良いだけなの。途中退席しても理事会は無効にならないのよ。その代りに、退席したら議決権を失うの」

 それでも綾の多いバトルで、たとえば最初の定例理事会の時に加納先生への解任決議案が否定された後に、懲罰決議案的なもので加納理事の議決権行使が妨げられていたら、どうしようもありませんでした。一回目の緊急理事会もそうで、スキャンダルの暴露に対して懲罰動議を出されたら可決されています。これについては会議が終わった後で小山社長は、

    「そうさせないように心理戦をやったのよ」
 マスコミへの情報リークがそうだったみたいです。理事長派の関心は記者会見対策に集中しており、理事会を固めるのに必死になっていたで良さそうです。ここにもマリーの演技も重要で、定例理事会で加納理事の解任に反対したのはロッコールとの関係だけだと思い込ませていたぐらいでしょうか。

 そんなマリーが決定的ともいえる証拠を次々と出してきたので動揺が走り、とにかく時間を稼いで対策を練る事のみに動いたと言えます。とくにマリーが出した解任決議案は否決するのは簡単ですが、スキャンダルに対しての否決はイメージが悪すぎると逃げの一手に終始したぐらいです。


 二回目の緊急理事会では小うるさいマリーの排除をまず目的にしたぐらいで良さそうです。マリーを排除した上で、

    『人の噂も七十五日』

 これぐらいでやり過ごそうぐらいです。それ以上の何かを考えていたかもしれませんが、今となってはわかりません。

    「でも社長、竹本理事が理事長以外に委任状を渡すリスクを、どれぐらい考えておられたのですか」
    「マリーも見たと思うけど、委任状の書式は議長一任が原則で、他の理事に委任状を渡そうとすると、結構めんどくさいのよね。あれは理事会成立のための出席者確保のために作られたものとして良いわ」

 たしかに。何がメンドクサイって、議長一任の時には、委任状に丸して、サインして同封してある封筒に入れて送り返すだけでイイんだけど、他の理事に委任する時は、委任理由も書かなきゃいけないし、その理事宛に自分で封筒を用意しなきゃいけないのよね。

    「それにね、理事会で意見が分かれて採決になったこともないでしょ」

 だよなぁ、いっつもシャンシャン理事会だったもの。

    「とにかくマリーが三票握ってるわけじゃない。だから理事長も竹本理事が欠席するとわかった時点で委任状の獲得に大慌てで走り回ったに違いないわ。あの入院は理事会の前日だったし」
    「だからいつものように」
    「九分九厘そうなると読んでた」

 もちろん予測ですから、マリーも懲罰動議の採決の時は緊張してました。あの日の天王山として良いかと思います。理事長が自分の一票と委任状の一票を持ちだした時に、ホッとすると同時に勝利を確信したからです。あの後に退席騒ぎが起りましたが、退席しなければ懲罰動議で議決権を奪って解任させるだけでしたし。

    「ところで社長、もし委任状を梅木理事なり、桜田理事に出していたらどうなっていたでしょう」
    「そりゃ、今の結果と逆になっていたよ」

 これもそもそもですが、

    「竹本理事が急遽入院になって欠席してなかったら、どうだったのですか」
    「その時も同じ。本当の狙いは、マリーが解任される事で話を大きくし、世論を味方に付けて追い出す作戦だったの。それが相手のエラーでお手軽に済んでくれたってところかな。時間も節約できたし、手間も省けてラッキーだったわ」

 これはこれで、なんと陰険な。マリーが理事会で理事長以下の解任に成功してようが、してなかろうが、確実に社長の毒牙が襲いかかってた事になります。

    「今回の件はね。エレギオンHDが調査に動いた時点で勝負はついてたのよ。シオリはもうイイと言ったからやらなかったけど、あれだけの証拠があれば背任で勝つのは確実よ」

 戦略としてはそうなってたのか。さらに言えばエレギオンHDを敵に回した時点で終ってたと見ても良さそう。でも裁判と言えば、

    「でも加納さんは一人だけ訴えられましたが」
    「ああ江戸紫のこと? あの男だけは許せないって。それはわたしもコトリも大賛成で協力してる」
    「どうしてですが」
    「それが女神の仕事だからよ」
    「これが女神の仕事のすべてですか?」
    「こんなものオードブルよ、本番はこれから」
 まだ何があるみたいです。