桐山教授の家は立派だった。いわゆる洋館作りなんだけど、美知子さんに言わせると、
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「広いけど、古くて大変」
教授の家に住むようになって良かったと思うのは通学時間が短くなったのもあるんやけど、教授のライフワークのエレギオン関連の研究書を読めるようになったのがあるの。お父さんがウチのために最後に手懸けていた問題やから、ウチも是非知りたいことなのよ。エレギオンを調べることでお父さんと一緒にいるような気分になれるもの。
さてそのエレギオンやけど、殆どわかっていることがないのに改めて驚かされてもた。実在したのかさえ怪しいんやけど、シチリアの火炙りの話ははっきりした記録にも残るものやし、中世から伝説として語り継がれるエレギオンの金銀細工師は今でも実在するらしいともされてるみたい。
エレギオンの女神は聖ルチア伝承から推測する以外になさそうなんやけど、この聖ルチア伝承もいわゆる正統派の物やなく、どっちかと言わなくても異本とか、秘められた伝承から調べる必要があるみたいなのよ。教授の話に聞かせてもらったり、家にある研究書を読んだ印象やからやけど、
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「教授、どうにも聖ルチアは能動的に動いている感じがしません」
「どういうことかね」
「実質を取り仕切っているのは第一の天使ないし、第二の天使ぐらいの感じがするのです」
「ホントに由紀恵君は鋭いね。あくまでも仮説だが、聖ルチア信仰がエレギオンの女神信仰を置き換えたものなら、エレギオンでもメインの女神とそれを支える四人の女神がいたことになる」
「そして実質を取り仕切っているのが第一の女神と第二の女神」
「ブラボー」
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「兵庫津に現れた女性は一人だったのでしょうか」
「一人だったとしか記録に残されていない」
「では残りの四人はどうなったのでしょう」
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「木村は面白い記録を見つけてた。正確には古記録が引用しているものだが、伝承に残る二人目は突然変わったとなっている」
「変わった?」
「民間伝承を拾い集めたような記録みたいだが、最初の女性の近くにいた女性が別人になったとしてるんだ」
「それって、突然乗り移ったってことですか」
「そうとしか読めんが、大聖歓喜天院家の能力継承とは異質な気がするのでなんともいえない」
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「ホントに由紀恵君の頭の中を見てみたいよ。どうやったら、あんなに早く読めるようになるんだ。例の特待生の満点条件なんて由紀恵君には大したものじゃないのが思い知らされる」
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「由紀恵君、前に作ってもらった院生の試験だけど」
「なにか不都合がありましたか?」
「うん、もう少しレベルを落としてくれたら助かる」
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「あなた、何を考えてるんですか。由紀恵さんは医学生であって、考古学部の学生じゃありません。木村さんから預かった大事な大事な娘さんを自分の雑用にコキ使うなんて、私が絶対に許しません」
でも授業自体は大したことはない。例の記憶力は加速がついてパワーアップしてるみたいで、覚えるのも、理解するのも呼吸してるのと同じぐらいにしか思えないの。図書館の蔵書もあらかた覚えちゃった。ウチは意識してなかったんやけど友だちがビックリしてた、
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「木村さん、何してるの」
「組織学の勉強」
「なに読んでるの」
「とりあえずジュンケイラ」
「それ読んでるの? 覚えられるの?」
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「ページ繰ってるだけじゃない」
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「ねえ、学会誌とかはみんなどうしてるの。とにかく種類は多いし、図書館だってみんなそろってるわけじゃないし、全部買ってたら高いし」
「木村さん、読んでるの」
「図書館にある分しか読んでないけど」
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「これぐらいわからないのか」
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「木村以外にわかる者はいるか」
医学部の勉強の方はとりあえず順調。それと教授のところからの通学で時間に余裕が出来たので、友だちと遊びにも出かけられるようになった。これもそんなことをしたら、教授や、美知子さんに怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだけど、
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「美知子、服をちゃんと考えてやれ、小遣いもちゃんと渡すんだぞ」
「言われなくたって、ちゃんとしますよ」
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「大学生なんだから、遊びも大事よ。由紀恵さんは勉強の方は何も心配してないけど、それ以外が心配だったの。パアッと遊んでらっしゃい」
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「由紀恵、お酒は二十歳から」
ビールから始まって、ワインとか、ウイスキーとか、ブランデーとか、カクテルとかいっぱい飲んだ。美味しかった。いくらでも奢ってくれるみたいだから、ドンドン梯子して、
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「次はどこ?」
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「木村は酔わないのか」
「酔ってるよ」
「まだ飲めるのか」
「えっ、もう終り」
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「お酒、弱かったみたい」
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「由紀恵さん、気を付けなさい。あれはね、由紀恵さんを酔い潰して襲う気だったのよ」
「でも、まだまだ飲めたし」
「由紀恵さんのお酒は底なしなんてものじゃないわね。でも気を付けなさい」
「は~い」
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「おカネのことを口に出したら家から追い出す」