桐山教授と奥様の美知子さんには本当に感謝している。お父さんと、お母さんを続けて亡くした悲しみを受け止めて癒してくれた気がする。アルバイトぐらいして少しでもおカネを入れたかったんだけど、とにかく美知子さんはおカネの話はさせてくれないし、遊びに行くのはあれだけ寛大なのに。
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「学生の本分は勉強」
でも行ってみたら、どうして家庭教師が必要かってぐらい優秀やった。高校生やったけど、目指していたのは港都大の仏文。これだけ出来れば楽勝としか思えんかったの。でも頼まれたからにはレベルアップさせなあかんから、とりあえず京大レベルに引き上げといた。
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「由紀恵さん、なにをしたの」
「えっ、家庭教師ですけど」
「親御さん、腰抜かしてはったよ」
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「どうして世話焼かさせてくれないのよ」
医学部も六年になり卒業試験から国家試験に向けて慌ただしくなっていったんだけど、桐山教授が
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「由紀恵君は何科にするつもり」
「えっと」
「ちょっとだけアドバイスしておく」
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「嫌な話だし、是正しなきゃならないのだが、そうあってはならないと、現実に対応せざるを得ないの違いはわかるよな」
どうもどころか、あからさまに欲しいのは男性研修医で、女性研修医は出来たら避けたいって声がイヤでも耳に入って来るってところ。ウチの女友だちも憤慨してた。別に成績がすべてとは言わないけど、特待生のウチより、下位の男子学生の方がよほど価値があるみたいな態度を見せつけられてる。
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「医師の世界だけではないが、女性が認められるには男性と同じじゃ認められない事が多いんだ。男性を明らかに上回って初めて評価されるぐらいのことが珍しくない」
「はい」
「これは本当の男女平等ではないのだが、体力ですらそういう評価をされてしまうことが多い。医師の世界はとくに男性女性で仕事内容に差がないから、そうなってる」
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「そういう世界で頑張るには余程の気合が必要だ。そういう点では由紀恵君になんの心配もしてないが・・・」
「なにかご心配ですか?」
「由紀恵君はスリムと言うより、華奢な方だから心配してる」
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『ユッキーは色気っちゅうものが一かけらもあらへん。歩く骨格標本みたいや』
『うるさいわい、可憐って言えへんか』
『抱きしめたらポキッといってまいそうや』
『カズ坊ぐらいで折れるもんか』
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「だから由紀恵君でも体力的に耐えられるところを考えるのもアリだとは思ってる」
「アドバイスありがとうございます。教授のお言葉で進路が決まりました」
「どこかな」
「救命救急科です」
「えっ、そりゃ無謀だ」
「あそこは人手不足ですから女医でもウエルカムかもしれません」
「でも救命救急科は激務なんてもんじゃないぞ」