アングマール戦記:シャウス攻防戦(2)

 この報告でコトリは試作段階だった大型兵器の量産を急がせたわ。当時の武器で案外強力なものの一つに投石があったの。これも手で投げたら効果は限定的だけど、ある道具を使うのよ。道具は真ん中に石を包むところがあって、そこ両方に紐が付いてるんだけど、これをグルグル回転させて、勢いがついたところで投げるの。投げる時に紐の片方を離すんだけど、この威力はバカにならないの。

 そうしたら誰かが長い棒に付けてやったの。今なら投げ釣りするみたいなスタイルで、投石道具を棒の先っぽに付けて投げたの。これが結構な威力になってた。そこでコトリは閃いたの、巨大化すれば強力な兵器になるはずだって。

 問題は巨大化した棒をどうやって振るかやってん。投げたいのは小石やなくて大きな石やったから、棒も丈夫な柱にせなあかんねん。それを台に取り付けて、柱に軸を通して、巨大なシーソーみたいな物をまず作ったの。ロープを付けて人力でグイッと引っ張ったら飛ぶのは飛んでくれた。

 ただ人が引っ張るのでは大きさに限界があるのよね。コトリが飛ばしたいのはもっと大きな石だったし、距離ももっと飛んでくれないと実戦では役に立たないのよ。あれこれテストしてみると、振る速度よりも、ロープと棒の合わせたものが長い方が効率的そうだとわかってきたの。

 そこでね、棒の軸を取り付ける位置を投げる方に思い切って長くしたの。そうなるとますます人じゃ引っ張りにくくなるのだけど、代わりにデッカイ錘を付けてみたの。そんなことをすれば総重量が重くなるから台の方の補強も大変だったけど、出来てみるとだいたいコトリの思惑通りになってくれた。

 ただね、出来上がってみると巨大すぎる装置になっちゃったの。あまりに巨大だったから、試作だけして量産しなかったんだけど、アングマールの動く塔や埋め立て車対策に必要だと直感したの。とくにあの動く塔は城壁に接近されると城壁に橋を渡して攻め込んで来るけど、離れていても城壁を上から攻撃する拠点になっちゃうんだもの。


 シャウスでは、しばらくはアングマール軍の埋め立て作戦が続いていたみたい。さらにアングマール軍も遊んでいたわけじゃないみたいで、屋根付き破城槌だけでなく、動く塔をさらに何台か作り上げてた。

 空堀は埋め立てられちゃったけど、城壁へのスロープの破壊はアングマール軍も手こずったみたい。そこまで接近すれば石だってあたるし、ロープを引っ掛けてひっくり返す戦術だって取れるのよ。そうやって被害が出ればスロープはますます動く塔では登りにくくなったぐらい。

 マシュダ将軍は石の調達にも苦労してたみたい。石自体はシャウスの街が既に無人化しているようなものだから、石造建築物を壊して調達できたみたいだけど、石を城壁の上に引っ張りあげるのに難儀してた。石は重いほど効果があるんだけど、重い石ほど運び上げるのが大変ってところ。

 この問題についてはエレギオンでは既に対策してた。ユッキーの計画した城壁は高かったので、随所に滑車付きの引き揚げ装置を設置してる。そうできるように最初から城壁も設計されてるの。シャウスではそうはいかず人力だったので大変だったみたい。とにかく軍団兵だけで人夫もいなかったからね。

 二回目の破城槌攻撃もマシュダ将軍は凌いでいた。一回目の時に屋根が剥がれてしまったのに懲りて、破城槌の屋根は強化されてた。庇もフックが引っかからないように作ってなかった。完全に箱状態だったのやけど、マシュダ将軍は台車の底にフックを引っ掛けて、ひっくり返しちゃった。

 もっとも二回目の破城槌攻防戦は、アングマールも四台の動く塔を城門付近に近づけ、そこから城壁のエレギオン兵を狙い撃ってきたから、損害も結構出てた。それでも破城槌が使い物にならなくなったので、しばらくは平衡状態になるかと思ってたら、アングマール軍は十台を越える動く塔を城壁に一斉に接近させ、長い梯子を無数に持ち出してきて、よじ登る攻撃に出てきたの。

 動く塔の高さは城壁を見下ろせる高さになってから、マシュダ将軍は苦戦に陥ちゃったの。それでも日が暮れるまで頑張り続けて、夜になったらシャウスの道を下ってハマに鮮やかに撤収してくれた。コトリはマシュダ将軍の判断に拍手を送りたい気分になったわ。

 シャウスの道には仕掛けが作ってあって、マシュダ将軍の軍勢が通り抜けた後に崖崩れを起こさせて塞いでしまったの。これでアングマール軍はこれを除去しない限りエルグ平原に進めないって寸法。ホントは崩す時にアングマール軍を下敷きにしたかったけど、そこまでは無理やったみたい。

 マシュダ将軍は第一軍団を率いてエレギオンに帰還。マシュダ将軍はコトリやユッキーの期待によく応えてくれたけど、シャウスの道を突破されるといよいよエレギオンで土壇場勝負が始まるわ。

    「ところでコトリ。妙だと思わない」
    「なにが?」
    「マシュダ将軍にも聞いたんだけど、魔王は例の心理攻撃を使った形跡がなさそうなのよ」
    「そうみたいだね。コトリが相手じゃなかったから、使うまでもないって判断したんじゃない」
    「そうかもしれないけど、魔王って自軍の損害は極力少なくしようとしてると思うのよ」
    「将軍なら誰だってそうするよ。だから破城槌とか、動く塔とか、埋め立て車をあれだけ投入したんでしょ」
    「そうなんだけど、これに加えて心理攻撃をかけてもイイと思わない。その方がより損害が少なくなるじゃない」
    「そう言われてみればそうね」
 ユッキーは『不確か』としてたけど、マウサルムでも魔王は心理攻撃を行わなかったみたいだって言ってた。
    「宿主代わりから再侵攻まで五年もかかってる点も気になるし、マウサルムで三ヶ月もエロ処刑を延々とやってた点も気になるの」
    「それって、もしかしたら・・・」
 神も能力を使えばエネルギーを消耗するの。でも少々使っても、人で言えば『疲れた』ぐらいで休めば自然に補充されるの。女神の戦術である災厄呪いだけど、あれって恵みの逆だからあんまりエネルギー使わないのよね。ズオン王国戦ではフルパワーで使ったけど、どうってことなかったもの。
    「コトリ、魔王の心理攻撃って、そんなにエネルギー使うのかなぁ」
    「神と言っても同じじゃないから、女神にとってはなんてことはない技でも、魔王にとっては負担が大きいのかもしれないね」
    「たしかにそれはあるかもしれないけど、それだけじゃない気がする」
    「それだけじゃないって?」
    「使ったエネルギーの回復が女神に較べて、かなり遅い気がするの」
 とは言うものの、不確かな情報の上での推測ばかりだから、話はこの辺で終ったわ。とにかく楽観的な観測は禁物って戒めあってた。