アングマール戦記:主女神の娘(2)

 エレギオンの政治は女神による神政政治で、首座の女神のユッキーと、次座の女神のコトリの二人が実質的に取り仕切っていた。三座の女神は貼り付けの社会福祉担当やったし、四座の女神は貼り付けの教育担当みたいなものだったし。

 でも形式上は首座の女神の上に眠っているとはいえ主女神がいるのよね。政治でもあくまでも、

    『主女神の命を受けたる・・・』
    『主女神に代わりて・・・』
 こういう形式になってるし、祭祀の時にも中心はあくまでも主女神なの。祭祀や政治でも正式の時には主女神は台座の上の椅子に座って臨席するし、その時には四女神はそれを取り囲むように立ってるの。前にもいうたけど、長時間の祭祀の時には立ちっぱなしでホンマに辛いねん。

 この主女神の宿主交代やけどユッキーが管理してた。人としての寿命が尽きる頃に主女神を自分に移し、新しい主女神に宿らせるってところ。でもって新しい主女神候補は子どもの時から主女神用の教育がされててん。とにかく祭祀は煩雑で、長くて、サボられへんから、あれに耐えるだけでも大変ってところなのよ。

 主女神も男を作れるし、子どもも産めるから、主女神の娘が次代の主女神になるケースも多かってん。この時の次期主女神候補もそうやってんよ。これが実に聡明。そりゃ、ユッキーも、コトリも女神を宿してるから人としての能力も優れてるけど、主女神の娘は神を宿していなくても十分すぎるぐらい聡明やってんよ。ユッキーも感心してたし、コトリもそうやった。

 そのうえやけど、欲って物を母親の胎内に置き忘れて来たんじゃないかと思うほど無欲。女神だって街歩きをするお国柄なんだけど、帰ってきたら丸裸の時が何回もあったのよ。コトリはビックリして聞いたのよ。

    「誰に襲われたの?」
    「困ってる人がいたから恵みを施しました」
 まだ小さな子どもなんだよ。そりゃ、主女神は恵みを施すのが仕事だって教えていたけど、これだけ迷いなく実行できるなんて信じられへんかったもの。同時にそれぐらい慈悲深いってこと。困っている人がいると、居ても立ってもいられなくなるって言ってた。食事だって、ちょっとでも豪華になると、
    「これはわたしには過ぎる物です」
 そういって手も付けないのよ。女神の生活は国民のお手本になってるから、基本は質素なんだけど、ユッキーもコトリも時々だけど、コッソリとエエもの食べとったから、耳が痛かったぐらいやねん。

 でもね、成長したらまた変わると思っててん。人ってそういうものやんか。ところが歳を重ねるごとに磨かれていくとしか感じられへんかってん。十歳になる頃には、国民のすべてが次期主女神の宿主はその娘になるって思ってた。もちろん四女神もそうやった。それだけやないねん。ユッキーは、

    「コトリ、あの娘は違うと思う」
    「ユッキーもそう思う? コトリにはアラッタの主女神の再来、いやそれ以上やとしか思えへん」
    「まだ先にはなるけど、あの娘がこのままだったら、主女神は起しても良いと思うの」
    「リスクはあるけど、コトリも賛成」
 主女神を眠らせてから、目覚めさせた主女神を宿らせても良いと思ったのは、この主女神の娘だけやったかもしれへん。そりゃ、目覚めたる主女神が君臨してくれたら、こんなに心強いことはないもの。そんな主女神の娘が十三歳になった時やった。
    「首座の女神様、次座の女神様、お願いがあります」
    「ラーラが願い事とは珍しいな、なんでも言ってごらん」
 ラーラは主女神の娘の名前。これまで何か欲しいとか、何かして欲しいなんて殆ど言ったことがなかったから、コトリもユッキーも興味津々やってんよ。
    「領内の巡視に行かせて下さい」
 主女神の宿主候補も領内巡視をやることはあるの。でも、それは成人してからで、まだラーラは初潮も来てなかったの。
    「ラーラにはまだ早いわ。後二、三年ぐらいしたら行ってもらうつもり」
 この時のラーラは初めて見る頑固さで領内巡視の許可を求めたのよね。
    「城内巡視だけじゃ退屈なの?」
ラーラが出歩けるのはエレギオンの城壁内だけだったので、きっと外の世界を見てみたいのだと思ったのよ。
    「城内は平和で美しい街です。これは主女神様の恵みが行きわたっているからです。これはこの目で確認してきましたが、城外もこれと同じかどうかを知りたいのです。そこで困っている人がいれば、私に出来る恵みを与えてあげたいのです。」
 こりゃ、ホンマにガチやと思たよ。ユッキーも、コトリも渋ったけど押し切られてしもたんよ。さらにやねんけど、
    「じゃあラーラ、巡視に行ってもらうのはこの範囲だけよ。それと休戦状態とはいえ、戦時中だから護衛も付けるわね」
 ラーラは巡視範囲については了承してくれたんだけど、護衛については頑として認めなかったの。
    「護衛が付いたのでは、本当に困っている人と親しく接することは出来ません。それでは領内巡視をする意味がなくなってしまいます」
 アングマールの人さらいの話が頭をよぎったけど、あれはハムノン高原での前線都市の話だし、この時点でエルグ平原では聞いた事も無かったのよね。護衛の件も押し問答の末に押し切られてしもたんよ。
    「ユッキー、あれで良かったのかなぁ」
    「あそこまでラーラに言われたら、あれ以上拒否できなかったし」