アングマール戦記:主女神の娘(1)

 さてエレギオンでは人さらいは大罪やってん。これはコトリが絶対に許すわけにはいかへん罪やねん。そやから人さらいは捕まれば即極刑にしてた。ユッキーは『段階に応じて』って言ってたけど、これだけは譲らんかった。それにもし人さらい事件が起これば、総力を挙げて捜査させてた。そやから、エレギオンでは殆ど起らんようになっててん。

    「次座の女神様。高原都市では人さらい事件が頻発しております」
    「犯人は捕まえたの」
    「それが、クラナリスに逃げ込まれるので追いきれません」
    「なんだって!」
 横でユッキーが必死になってコトリを抑えてた。放っておけば、エレギオン全軍を率いてクラナリスに攻め込みかねへんと思たんやろな。ここで、ユッキーが、
    「クラナリスから先はどうなってるの」
    「確認が難しいのですが、アングマールに送られているようです」
 この頃の人さらいは、今の誘拐と違って、身代金取ったりはあんまりなかったんよ。さらって奴隷にして売り飛ばすぐらい。同盟国ではコトリが奴隷制を廃止しちゃったから、売れないんだけど、うちうちで奴隷扱いして売買してるのもいた。もちろん発覚すれば厳罰にしてた。だから人さらいがアングマールに売りに行くのはわかるけど、結構な数なのよこれが、
    「ユッキー、やっぱりエレギオン側の兵力削減と、奴隷兵の編成かな」
    「違うと思うよコトリ。だって女ばっかりだもの。それも若いのばっかり」
    「許せん!」
 もうユッキーが必死になって宥めてた。コトリはようやく落ち着いたのを見て、
    「そういえば、クラナリスや、ラウレリアで若い女が徴発というか、献上させられた話があったよね」
    「アングマール王って、そんなに助平なんやろか」
    「まだ若いし、神も宿ってれば絶倫だと思うけど、それにしても多すぎる気はするわ」
    「じゃあ、子どもを産ませて戦力アップとか」
    「それも考えられるけど、それやったら奴隷兵を編成した方が早いんじゃない」
 ユッキーと出したとりあえずの結論は隷属国からの若い女の徴発も、人さらいで若い女ばかりさらっていくのも目的は一緒じゃないかと考えたの。でも、その目的が何かがはっきりしなかったのよ。とりあえず警戒警報を出しておいて、様子を見るしかなかったってところ。ここでアングマールとの休戦状態を破るのは宜しくないのだけは一致したぐらい。ゲラスの敗戦の傷はまだまだ癒しきってなかったからなの。