アングマール戦記2:高原情報

 ハマのマハム将軍のリューオンの農園荒らしは続いていたけど、セラの野への進出やリューオン直接攻撃の兆候はなかったの。コトリもユッキーも必死になってエレギオンの立て直しに走り回ってた。もちろん三座・四座の女神もそう。

 アングマールの情報を得るためにスパイ部隊も送ってた。シャウスの道はアングマール軍に完全に抑えられ、商人たちも通るのが困難な状態だったので、セトロンの断崖を攀じ登って送り込んでた。目的はハムノン高原の状況と魔王の所在の確認。アングマール軍の防諜も厳しくて、送り込んだスパイ部隊の損害も小さくなかったけど、この情報はどうしても必要だったから継続的に送り込んでた。

 アングマール軍がエレギオンを攻める難点は、とにかく兵站線が長大になること。本国からだとズダン峠を越えて、ハムノン高原を横切り、さらにエルグ平原を南下しないとエレギオンに到着しないのよね。かつてセカがアングマールまで攻め込んだ時も兵站線の確保は苦労しとったもの。

 エレギオン包囲にあれだけの大動員をかけた補給は、やはり高原都市からの大収奪で良さそう。兵もそうだけど、食糧から、資材までゴッソリって感じ。長大な兵站線の弱点を補うために支配都市を利用するのは戦略的にアリやけど、報告によると高原都市の荒廃はかなり激しい。

    「コトリ、ちょっとした算数だけど、最初に三割弱ほどエルグ平原に移してるじゃない」
    「そうなると残りは七割ほどやけど、男が三割五分として、子どもや老人を除くと、二割ぐらいかな」
    「その二割の半分以上、いやもっとがエレギオン包囲戦で亡くなってるとも見れるわ」
 偵察情報でも若い男は殆ど見なかったとなってる。あれだけ死んだら、そうなるわな。
    「ただね、若い女も少なくなってるのよ」
    「女まで動員してた」
    「いや、そうじゃなくて組織的に徴発してるわ」
    「それって」
 若い女の徴発が激しくなったのは第一次包囲戦の後かららしい。
    「魔王のエロ処刑」
    「それもあるとは思うけど、数が多すぎない」
    「それぐらい助平やろ」
    「まあ、そうなんだけど・・・」
 徴発された若い女がどうなっているのかは、はっきりした情報がなかってんけど、魔王のエロ処刑の毒牙にかかってるのは確実におるねん。偵察部隊もそれは確認してた。ただユッキーの言う通り、魔王一人がエロ処刑するには多すぎるのも確かやねん。
    「魔王が信頼しているのは最初に征服した従属五カ国だから、そこに送り込んで産めよ増やせよやってるとか」
    「それも可能性はあるけど・・・」
 話は少し飛んで魔王の現在の所在地。これがはっきりしないのよね。
    「本国に帰った説もあったなぁ」
    「それはないと思うわ。相変わらずハマへの災厄の呪いは効きにくいから」
    「だったらマウサルムかシャウスやろ」
    「でも確認できないのよ。だから、ちょっと違うこと考えてる」
 ユッキーの推測は怖かった。魔王は高原都市を巡回してるんじゃないかと。
    「それって」
    「可能性の一つよ。魔王はその都市の若い女を食い尽くしながら移動してるかもしれない」
    「やっぱり」
    「もう、そう考えても良いかもしれない」
 魔王には謎が多いというか、わかってる事の方が少ないぐらいなんだけど、あれだけ強大な神がこれまで知られていなかったこと。神は力を分割させて増えることはあっても、新たな神が増えることはないし、神の強さも変化がないはずなのよね。初代の主女神はエルムやシュメールの神の事情に妙に詳しかったけど、魔王みたいな変態の神の話は聞いたことがないのよ。
    「魔王によるマウサルム包囲戦も不自然じゃない」
 高原侵略戦はキボン川北岸をドーベル将軍、ペラト川南岸をマハム将軍が進み、魔王はクラナリスからマウサルムに進んだの。でもマウサルムは囲んだだけで、ほとんど何もせず、マウサルム攻撃にかかったのはザラスを落としたドーベル将軍の軍勢が到着してからやった。
    「マウサルムからシャウスまでも時間が、かかってるし」
 マウサルムに入城した魔王は三ヶ月もエロ処刑やってたみたいで、老婆にされた王族や貴族の夫人や娘をシャウスに送り付けてた。
    「ならユッキー、魔王は自分ではエネルギーをチャージ出来ないとか」
    「自分で出来なきゃ、死んでるよ」
    「異常にチャージ能力が低いとか」
    「それも可能性の一つだけど」
 ユッキーも説明しにくそうだったけど、
    「たとえばね、神のエネルギーは壺みたいなものに溜めてると考えるのよ。壺の中身を使えば減るけど、そこには水が注いでいるから、使ってもまた満タンになるイメージ」
    「なんとなくわかるけど」
    「魔王は壺を二つ持ってるんじゃないかって」
    「どういうこと」
    「大きな壺と小さな壺を持ってて、小さな方には水は注がれるけど、大きな方には注がれない感じかな」
    「そして魔王は大きな壺への水の注ぎ方をどこかで覚えた」
 小さな壺の能力しかない時代の魔王は目立たず、大きな壺のチャージ法を見つけてからあの巨大な力を得たとすれば、ある程度説明が可能なのは確かやけど、
    「コトリ、思うだんけどエレギオン包囲戦の失敗は魔王の戦略に大きな誤算をもたらしたんじゃないかしら」
    「そりゃ、エレギオンが落ちなかったのは誤算やとは思うし、一撃喰らったのも誤算と思うけど」
    「そうなんだけど、もっと大きな誤算が生じた気がしてる」
 ユッキーがいうには魔王は第一次包囲戦で必勝を期していたはずだって。たしかにそうで、作れるはずがないと考えてたエレギオンの大城壁を見下ろす巨大な塔も十基以上も作ったし、あれも破壊しても、破壊しても、次々と作ってた。埋め立て車もそうやし、巨大な破城槌もそうやった。

 魔王が高原隷属都市兵の消耗を気にしていなかったのはそうやとしても、見方を変えれば高原隷属都市兵を全滅させてもエレギオンを落とす気やったと見れんこともあらへん。

    「あの三段の心理攻撃も凄かったけど、大きな壺の方の神のエネルギーを相当使っちゃったんじゃないかしら」
    「大きな壺の方のエネルギーを使って目指していたものは・・・」
    「五女神しか考えられないわ」
 ここも魔王のわからないところで、魔王も武神やから覇権を目指すのは理解するのよね。覇権を目指すには周辺諸国を切り取って大きくなるのが常套手段で、隣国のエレギオン同盟国に侵攻してきたのはわかるのよ。とくにエレギオンには女神が君臨しているから、神である魔王が躍起になる分も理解はする。

 ただ隣国を切り取るにしても滅ぼしちゃったら意味ないと思うのよ。切り取るのは自分の勢力拡張のためで、味方にして大きくならなきゃ意味ないのよ。軍事力も経済力も人の数に比例するから、地面だけ奪ってもアングマールは強くならないよね。魔王が信用を置いているのは従属五か国だけみたいだけど、たった五カ国だけじゃ覇権なんて夢じゃない。

    「魔王は大きな壺のチャージのために若い女が必要なのよ。マウサルムで三ヶ月もエネルギー・チャージやってたのもそのためよ、きっと」
    「第一次包囲戦後に若い女の徴発が激しくなったのも・・」
    「それでイイと思うの。エレギオン包囲戦で使った大きな壺のエネルギー・チャージのため」
    「じゃあ、コトリの一撃の効果は」
    「壺が空に近くなったから、物凄い数の若い女が必要になってるってこと」
 ユッキーの話は推理であって証拠は何もないけど、ここまでの魔王の動きを説明するには合理的やった。
    「だったら遠からず、高原都市に若い女はいなくなるかも」
    「女すらいなくなるかもよ。魔王はラーラだってチャージに使うのよ」