女神伝説第4部:ユッキーの話

 コトリ専務とシノブ常務が帰られ、ユッキーさんが残られました。今までも何度かお会いしたことはありますが、二人で話をするのは初めての気がします。

    「ミサキちゃんって呼んでイイかなぁ」
    「もちろんです」
    「わたしもユッキーって呼んでくれる」
    「そ、それは・・・」
    「まあ、無理しなくてもイイけど。色々聞きたいのでしょ」
 魔王の話はするだけで吐き気がしそうですから、やはりコトリ専務のことを聞いてみました。
    「コトリは出自については不明の点が多いの」
    「ユッキーさんでもですか」
    「そうなの。コトリはアラッタに来た時に奴隷だったし。それを父が気に入って買い取ったのは本当よ」
    「それは聞いています。さらに生まれつきの奴隷だったともいわれてました」
    「そこなのよねぇ」
 ユッキーさんのお父さんがコトリ専務を買い取った時の売り文句に某国の王女であるの説明があったそうです。
    「そうなんですか?」
    「説明があったのは事実だけど、そういう話の殆どは商人が高く売るための作り話なの」
    「では違うのですか」
    「それが微妙な点があるのよ」
 コトリ専務は生まれつきの奴隷だったとミサキには話しましたが、ユッキーさんはそうではない違和感がずっとあるそうです。小さい時に奴隷にされたのは間違いありませんが、生まれつきではないかもしれないってところです。
    「お勉強の話を聞いてる?」
    「はい、ユッキーさんが手取り足取り教えたと聞いています」
    「これもウソじゃないけど、コトリはある程度知ってたとしか思えないのよ」
    「どういうことですか」
    「それがね・・・」
 まず生まれつきの奴隷にしたら、会話が出来たそうです。
    「会話って、誰でも出来るものでは」
    「ミサキちゃんにはわかりにくいと思うけど、生まれつきの奴隷でまともに会話できる者はいないの。そりゃ、会話と言っても持ち主の命令を聞くこと以外に必要がなかったから。だから叱責されても言い訳すら出来ないのが普通だったの。極端な話、『はい、旦那様』程度しか話せないのよ。応答はできても長い話は出来ないの」
    「ではコトリ専務は」
    「生まれつきの奴隷のはずなのに、かなりしゃべれてたの。それもいろんな表現使ってね。それがあったから、父に頼んで侍女にしてもらったの。あの奴隷商人の言葉は本当かもしれないって」
 コトリ専務が認められた点はそこだったんだ。
    「試しに文字を教えてみたんだけど、生まれつきの奴隷の場合、物の名前から教えないといけないはずなの。ところがコトリは、生まれつきの奴隷とは信じられないぐらい知ってた。あれはかなりの歳まで普通に会話していたとしか思えないわ。それも、かなり上流の家よ、少なくとも貴族階級以上じゃなくっちゃ、あの言葉や表現を知っているはずがないもの」
 なるほどです。たとえ素質があったとしても、知らなければ物の名前や表現なんて覚えようがないからです。それを聞いて覚えられる時期までコトリ専務は奴隷じゃなかった可能性はたしかにありそうです。
    「それとね。奴隷って、ムチで叩かれるのが日課みたいなところがあるけど、コトリは不満を漏らしてた」
    「でも、誰だってムチで叩かれたら痛いですし、不満の一つぐらい言うのは自然じゃないですか。とくに理由もなく座興や暇つぶしに叩かれて、その理不尽さがやりきれなかったって仰られてました」
    「そうなんだけど、転落奴隷ならともかく、生まれつきの奴隷はそんな事を言わないし、文句も言わないの。そういう風に骨の髄まで叩き込まれてるの。それより理不尽なんて発想自体が存在しないの。奴隷に取って持ち主は天地のすべてなの」
 ユッキーさんの話を聞きながら、コトリ専務が奴隷は人間の言葉がしゃべれる家畜と仰っていたのを思い出しました。ミサキはそれでも、話自体は普通に出来ると思っていました。しかし生まれつきの奴隷になると、奴隷として必要な最小限の言葉しか覚えることが出来ず、なおかつひたすら主に対する絶対服従を体で叩き込まれるのがわかりました。ムチは奴隷にとっても痛いのは変わりありませんが、ムチが痛いから主に逆らおうとする発想さえ叩き潰されるぐらいの理解で良さそうです。
    「これもどうせ聞いてるだろうから話すけど、コトリが買われた最大の理由は性欲処理係よ。父もそこに目を付けて買ったの。その辺は時代だから、そんなものぐらいに思ってね」
    「はい」
    「とにかく男たちはコトリに群がったわ。久しぶりの新入りだったし」
    「凄かったみたいですね」
    「そうなんだけど、凄すぎたのよ。たしかに室内労働の女奴隷の重要な仕事に性欲処理係はあるんだけど、通常は三ヶ月もすれば飽きられてくるのよ。ところがコトリは一年しても毎晩列を作りそうなぐらいだった」
    「そんなに・・・」
    「そうなの。人気の理由は美人だったことはもちろんだけど、それだけじゃないの」
 これも補足説明が必要なんですが、生まれつきの女奴隷はアレするときも、今でいうなら完全なマグロ状態だったそうです。
    「コトリだって性欲処理係は辛かったと思うけど、当時は逃れられない仕事じゃない。だからかなりのところまで割り切ることが出来たのよ」
    「割り切るって、どういうことですか」
    「コトリが聞いたら怒るだろうけど、開き直って楽しんでしまうぐらいかな」
 いくらなんでも楽しむはあり得ないだろうと思いますが。
    「楽しむはやはり言い過ぎね。性欲処理係は女にとって最悪の仕事の一つなの。最悪の仕事だから奴隷の仕事だったんだけど、それを受け身の仕事にせずに前向きにしてしまったぐらいかな」
    「前向きですか・・・」
    「いくら性欲処理のためって言っても、男だって女が反応する方が楽しいじゃない。コトリは自分が反応することで仕事が早く終わることに気づき、それを積極的に利用していたのよ」
    「積極的・・・ですか」
    「それだけじゃないよ、そうすれば人気が上がるのも知っていた。さらに人気が上がることが重要なことも知っていた」
 人気が上がるのが何故重要なのかミサキにはわかりにくいところです。だって人気が上がれば性欲処理数が増えるだけとしか思えないじゃありませんか。
    「ミサキちゃんにはわかりにくいよね。当時の奴隷に生まれつきの奴隷と転落奴隷がいたのを知ってる」
    「コトリ専務から聞いてます」
    「奴隷の仕事に室内労働と室外労働があったのも知ってる」
    「室外労働は奴隷にとっても地獄だと仰ってました」
 ユッキーさんの話によると、生まれつきの奴隷は原則として室外労働だったそうです。とくに男奴隷はそうで、室内で働いているのを見たことがないと仰います。これは女奴隷も同じだそうですが、
    「生まれつきの女奴隷の中で性欲処理係になれた者だけが室内労働に回されるんだけど、性欲処理係として見向きもされなくなったら室外労働に回されるの。転落の女奴隷でもそうなるケースが多かったの」
 コトリ専務の話と符合するところがあります。コトリ専務とて喜んで性欲処理係をやっていた訳じゃありませんが、話の合間合間に『あれはお仕事』と割り切ってらっしゃいました。
    「コトリは性欲処理係で人気を集め続けることが重要であることを理解し、これを積極的に仕事としてやり抜くことが出来たの。そういう発想は生まれつきの奴隷にはないの。生まれつきの奴隷は、すべてをあるがままに受け入れるしか考えないの」
 確定的な証拠はないものの、コトリ専務が生まれつきの奴隷でない可能性があるのはユッキーさんの指摘通りかもしれません。
    「わたしは思うのだけど、コトリが王族かどうかまではわからないけど貴族の出身だと思ってる」
    「没落貴族ですか」
    「それもあるかもしれない。当時も政治の流れ一つで貴族の没落はあったからね。でも、別の可能性を考えてる」
    「なんですか」
    「さらわれたんじゃないかって。これはクソエロ魔王に主女神の娘をさらわれた時の話になるけど、コトリの怒り方は凄まじいなんてものじゃなかったのよ。報告を受けた時にわたしも一緒にいたけど、部屋の空気が本当にピリピリと震えてたのよ。いやピリピリどころじゃなかった。神殿ごと壊れるんじゃないかと思うぐらい怒ってた」
    「それは主女神の娘だったからじゃ」
    「もちろんそれもあったと思うけど、それだけじゃないのよ。当時は魔王だけでなく人さらいはよくあったのよ。奴隷として売れる時代だったからね。その報告を聞くたびにコトリは相当怒ってた。だからだと思うけど、人さらいに与える刑は身も毛もよだつのほどのものだった」
 エレギオンの刑罰は少し特殊で、罪の軽いものは裁判所類似のもので人が裁き、人が罰を与えていました。ここはどこも似たようなものですが、重罪者は女神が裁き刑を与えます。人々は女神の裁きを非常に怖れていたそうです。これは罪が重いから刑も重いのもありますが、刑を逃れる術がないと言うのが大きかったようです。

 逃れる術とは有力者の口添えとか、裁判官の買収が思いつきますが、女神にはまったく通用しない行為になります。それより何より逃亡とか亡命が通用しなかった点のようです。女神の裁きで与えられる刑はどこに逃げても確実無比に降り注ぎます。欠席裁判でも判決が下れば逃れる術がなかったのです。刑はおおよそ二段階のようで軽い方は、

    『改心せよ』
 この刑が下ると罪人は悔悟院というところに赴きます。広い意味での牢獄になるのですが、鉄格子とか、塀で閉じ込められるものではありません。あくまでも罪人が自分の意志で赴き暮らすことになります。そこでは食事も衣服の支給もあったそうです。

 悔悟院での生活も別に強制労働があったりするわけでなく、とくに定められた仕事もないそうで、罪人が自分で考えて改心の証になる行為を積み重ねることになります。期間も定まっておらず、指標は罪人が改心するまでになり、これさえ自己申告だそうです。

 すごく緩そうな刑ですが、聞いていると空恐ろしくなる刑であることがわかります。まず閉じ込められなくとも脱走は不可能です。不可能というか悔悟院に行かないだけで女神の刑が下ります。自主申告の改心も女神に認められなければ刑が下ります。この自主申告もワン・チャンスしか与えられなかったそうです。

 さらに悔悟院での改心行為は厳重にチェックされており、これが不十分・不適切だと判断されれば刑が下ります。上辺だけで誤魔化そうにも、相手は先が見える女神であり、誤魔化そうとする行為自体に刑が下ります。下る刑はエレギオンでは極刑相当の、

    『そちの恵みは永遠に断たれたり』
 具体的な内容はユッキーさんも仰いませんでしたが、シンプルには死刑で良さそうです。ただコトリ専務が人さらいに下す刑は少し違って、
    『永遠に苦しむべし』
 ユッキーさんは、
    『あれならシンプルに死刑の方がマシかもしれない』
 なかなか想像するのが難しいのですが、タダの死刑ではなく死ぬまでに相当苦しみ抜く生き地獄を味あわせるようなもののようです。それにしても女神の刑が怖れられたのはよくわかります。刑が実質をもった天罰なのがまさに神政政治だってところです。
    「コトリの本当の出自はわたしにも言ってくれないの。でも人生には後悔してた」
    「コトリ専務が後悔ですか?」
    「成り行きで永遠の生を得てしまったようなものじゃない。だからどうしても忘れられないのよ。辛すぎた時代の記憶が。コトリは常にリセットしたくて仕方がないところがあるの。もういつからか覚えていないけど、宿主を変わらずに自殺しようと毎回試みてるの。今回もミサキちゃんに話したかわからないけど、土壇場で失敗したようなもの」
 ミサキの推測が正しいかどうかはわかりませんが、やはりそうだったんだ。
    「そのせいか新しい宿主に移ってある時期がくるとおかしくなっちゃうの。これはコトリの持病。その時にはわたしが必要ってこと。わたしもコトリが必要だからお付き合い」
    「だから」
    「でも、今回は違う結果になるかもしれない。そのためにもクソエロ魔王の始末は絶対なのよ。それが済まないうちは死ぬわけにはいかないもの」
 ここまで話されて席を立ち寝室に向かいかけられましたが、
    「もう一つだけ聞いてもイイですか」
    「なに?」
    「ユッキーさんにとってコトリ専務はなんですか」
    「腐れ縁のなれの果て」
 それはあんまりだと思ったのですが、ニッコリ笑われて、
    「とにかく長すぎて、もう体の一部じゃない、体の全部よ。二人で一人なの。どちらが欠けても存在できないの。だから腐れ縁のなれの果て。とにかく相性悪いからね」
    「ホントに相性悪いのですか」
    「ハハハハ、そう見える?」
    「見えません」
    「だったら、そうじゃない。では、おやすみ」
 そう言って寝室に向かわれました。