ミサキは絶望にもだえながら北野坂を登り、さらに山手幹線の交差点を渡り、そこから、にしむら珈琲の方に進んでいきます。ここらあたりから路地に入って行けばホテルがあったはずです。ミサキの格好は魔王の腕にしがみつくようになっており、誰がどう見てもホテルに直行前のカップルです。その時に、
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「うぅ」
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「香坂部長、どうかされましたか」
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「メグちゃん、とにかく逃げよう」
「わかりました」
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「怖かった」
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「香坂部長、後の手配はお任せ下さい。明日の午後にお伺いします」
今夜は無性にマルコに抱いてもらいたい気分でしたが、とにかく体がクタクタ、一方で神経が高ぶり切ってしまっています。こういう時のマルコは本当に優しくて、ミサキをベッドまで運び、抱きよせながらミサキが寝付くまであやしてくれました。マルコの体の温もりがミサキの心をやがて落ち着かせ、やがて眠りに落ちました。
翌朝、目を覚ました時の朝の光がまぶしく感じました。隣に眠っているマルコにそっとキスして、無事でいられたことをひたすら感謝しています。昨夜はあのままでは、今頃は魔王に弄りつくされて、絞り尽くされて、ミサキの女神どころか、人としてもどうなっていたかはわからなかったからです。
マルコはミサキが話し出すまで待ってくれていました。一晩寝て少し落ち着いたので、ポツリポツリと概略だけでもと思って話しましたが、話し出すと昨日の恐怖が甦ります。それでも我慢強く聞いてくれるマルコに感謝です。遅めのブランチを取りましたが、食欲もありません。午後になり、
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「ピンポ〜ン」
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「ハ〜イ、ミサキちゃん、助かって良かったね。それにしても、あのクソエロ魔王の野郎、執念深くまだ生きてやがったんだ」
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「コトリ専務、たしかに魔王に襲われましたが、どうしてそれを」
「メグちゃんに聞いたんだ。それから、テンション上がりまくりよ。今度こそ宇宙の塵に変えたんねん」
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「もう、隠さなくてもエエと思うから言っとく。ミサキちゃんを助けたのはユッキーよ」
「えっ、えっ、えっ」
「メグちゃんはユッキーってこと」
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「わたしは癒しの女神や輝く女神に隠さなくてもイイんじゃないって言ったんだけど、コトリがね」
「悪い、悪い、こんな騒動になってくれると思ってなかったし」
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「仕留めたのですか」
「ムリよ。あれだけ魔王とベッタリ状態のところに強力なのを撃ちこめば、癒しの女神も巻き添えになっちゃうよ。ホンの軽くってところ。とりあえずミニチュア神の方は仕留めといたけど」
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「そうよ、だからクソエロ魔王。一〇〇%混じりっ気無しの女の敵。とくにあのパワーの吸い取り方は許せないのよ。あんな楽しいことを地獄の所業に変えやがって・・・」
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「女神がパワーを吸い取られて死ぬと言われましたが、人の生命力を吸い取られるとどうなるのですか」
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「あんまり知って欲しくなかったんだけど、老婆になって捨てられる」
「殺しはしないのですか」
「老婆じゃやる気が無くなるみたい」
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「実際に見てへんからわからんとこもあるけど、人の場合は最後の物凄いので八割ぐらい吸い取られるみたい」
「女神の場合は?」
「これはやられたことないから推測やけど、女神はミサキちゃんみたいなタイプでも抵抗力があるから、一回ごとに削り取られるみたいだよ。吸い取られるたびに、段々抵抗力が落ちて、落ちるごとにエクスタシーが大きくなって、より吸い取られるぐらいかな」
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「時間はかかるのですか」
「人相手やったら普通は平均で一時間ぐらいって聞いてる。女神はもっと長いかもしれへん」
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「あの娘は本当にイイ子だったのよ。コトリも可愛がってたし、ユッキーも可愛がってた。賢いのはもちろんだけど、思いやりがあって、そりゃもう慈悲深くて、アラッタの主女神の再来じゃないかと思ってたぐらい」
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「あの娘に主女神を宿らせる時には、眠りから起してもイイんじゃないのかって、コトリと話していたし、コトリも大賛成していたぐらいなの。あれだけ素質のイイ子は見たことがないどころか、ダントツで飛び抜けていたぐらいだったの」
「いくつだったのですが」
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「十三よ・・・」
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「あの日だって、領内巡視をやっていたの。領内巡視だって、まだやる必要がなかったのに、自分の目で見て国民の困っているところを見つけてなんとかしたいって、泣いて頼まれて思わず許可しちゃったんだ・・・」
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「コトリ、あなたのせいじゃないわ。わたしだって賛成したんだから罪は同じよ。それに護衛部隊を付けないのに賛成しちゃったのは・・・」
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「あのクソエロ魔王は、パワーを吸い取るのを楽しみやがるんだ」
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「クソエロ魔王は何時間でも、下手すりゃ何日でも続けられるんよ」
「そんなに・・・」
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「それとやけど、相手によってかける時間がだいぶ違うんや。余り好みでなければ、ものの三十分もかからんのやけど、好みで楽しみたいと思ったら延々とやりくさるのよ」
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「それにその行為を見せつけるのよ。悪趣味もエエとこよ」
「どういうことですか」
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「まさか主女神の娘も」
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「フル・コースでやられた。時間も六時間に及んだそうよ。侍女たちは先にやられたんだけど、それを目の前でさんざん見せつけた後に最後にやられたんだ・・・」
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「あの子はねぇ・・・」
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「それでも魔王さえ許してた。ただ侍女が巻き添えになったことだけを悔やんでた。治療だって侍女が先に済むまで手も触れさせてくれなかった」
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「ゆ、許せない」
「もちろんよ、今度こそ完全にケリつけたる。ユッキーも全面協力してくれるって言うてくれてる」
「当然よ。宇宙の塵にして消し飛んでもらうわ」
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「でも魔王をどうやって探し出すのですか」
「ちょっとヒント思いついてん。これはシノブちゃんとこに頼んでる。会社の仕事に関係ないけど、目を瞑ってもらお。誰かゴチャゴチャいうてきたら、コトリとシノブちゃんで辞表出せば済む話やし」
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「辞表まで必要ないですよ。なにを調査するかの裁量権は広いですから」
「どれぐらいで、わかりそう」
「これぐらいなら長くて一週間、三日もあれば十分です。いえもっと短くさせてみせます」
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「ところでミサキちゃん。クソエロ魔王が片付くまでユッキーを泊めてあげて」
「どうしてですか」
「ボディ・ガード。もし襲われるんやったら、ミサキちゃんとこやと思うから。それと、これは悪いと思うけど、しばらくマルコと頑張るのは少し控えといてね。ユッキーも毎晩聞かされるの辛いだろうし」
「毎晩なんてやってません」
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「ところでミサキも女神のはずなんですが、戦う能力はなにかないのですか」
「ないんよ。完璧にゼロ」
「ミサキは失敗作なんですか」
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「違うよ最高傑作だよ。わたしもそう思うもの」
「えっ」
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「これのどこが最高傑作なんですか!」
「わからないかなぁ、わたしとコトリが一番やりたかったことをほぼ盛り込んであるの。わたしもこれほど見事に出来上がるとは思わなかったもの」
「えっ、ユッキーさんやコトリ専務のやりたかったこと・・・」
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「政治だって、戦争だって、本当はやりたくないの。でも現実はせざるを得ないし、逃げることも出来なくなってたのよ。もっと普通に生きたかったのよ。でも、それは自分たちには不可能だから、人が喜んでくれる能力だけあって、後は可能な限り人として見てくれる女神にしたってこと」