新入社員を連れて上司が飲みにいくこと自体はさほど不自然な行為ではありません。いわゆる飲ミュニケーションですが、人間関係の円滑化のためにポピュラーな手法です。最近では、上司と飲む酒は気づまりと避けられる傾向も出てるみたいですし、酒席でのセクハラ行為を避けたい女性社員の気持ちもわかります。
それでも上司が部下を飲みに誘う行為自体まで問題視されていません。ましてやミサキと立花さんは同性です。クレイエールも女性社員は増えてはいますが、それでも比率としては男性が多数派ですから、対男性の一点では女性社員に同志的連携はあり、それを深めようとするのは自然な振舞です。しかし立花さんはとにかく難物。まるでミサキの心を先読みするように動かれます。今日は誘おうと思った日にはミサキの耳に入るように誰それと飲みに行く話をされます。それが聞こえてしまうと定番の誘い文句である、
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「今日は時間がある?」
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『まだかまだか』
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『まだまだか』
そんな時に大変なニュースが飛び込んで来ました。聖ルチア教会にあのサルベッティ大司教が来られると言うのです。それだけでなく、結婚式場として提携を組んでいるクレイエールにも表敬訪問に来ると言うのです。それも、それも突然なのですが明日なんです。とにかく急に決まった話のようで、総務部もテンヤワンヤで歓迎の準備を急いでいます。歓迎準備の陣頭指揮を執り、なんとか一段落付けてシノブ常務の下に急行です。シノブ常務も顔を真っ青にしています。
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「言うまでもないけどサルベッティ大司教はイスカリオテのユダよ」
「でもコトリ専務と共存協定を結んだのじゃ」
「それも聞いてるでしょ、神と神の約束は何も信用できないって」
「そうなると、コトリ専務が亡くなったの情報を手に入れて日本に乗り込んできたとか」
「それしか考えられない」
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「戦いますか」
「降りかかった火の粉は払わなきゃいけないけど・・・」
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「ユダの狙いはオリハルコンかもしれないけど、たとえそれが手元にあって渡したとしても、それで済まないわ。ユダのもう一つの狙いは私たちを取り込んで新たなカードにすることだと思うの」
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「それとこれは心配過ぎかもしれないけど、クレイエールも狙われているかもしれない」
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「首座の女神のユッキーさんに相談しましょう」
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「ユッキーさんは首座の女神だし、頼んだらきっと力になってくれるわ」
「だったら」
「山本先生の家に行く理由が難しくなってるのよ」
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「どうしたら・・・」
「立花さんは」
「もう帰られています」
「今から呼び出せないかしら」
「無理と思います。なにか親しい方に御不幸があったようで、今日が御通夜で、明日の告別式にも出られるそうです」
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「シノブ常務、明日だけの事なら逃げましょう。日数を稼げば首座の女神や次座の女神の応援が期待できます」
「そうはいかないよ。ミサキちゃんは総務部長として歓迎の指揮を執らないといけないし、私だって重役として歓迎の席に出ないといけない」
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「とりあえず山本先生の診療所に連絡してみよう」
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「明日から院内の慰安旅行に出かけるんや」
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「私は逃げない。でもミサキちゃんだけでも逃げて」
「イヤですよ。わたしだって女神ですし、クレイエールの社員です。それに副社長も言ってくれじゃありませんか、女神にはクレイエールを故郷と思って欲しいって」
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「随分前になっちゃうけど、ユッキーさんとコトリ先輩が対決した時もミサキちゃんは頑固だったからねぇ。でもさっきミサキちゃんが言ったクレイエールは女神の故郷だって気持ちは私もそう」
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「一撃にかけるしかないわ。出来るだけ近づいて、問答無用で撃つ。外れたらあきらめてね」
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「シノブ常務、やはり一撃は危険すぎます」
「う〜ん、やっぱりそうだよね・・・」
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「大司教はユダでしたが、今でも果たしてユダなんでしょうか」
「どういうこと」
「たしかにコトリ専務が対決した時はユダでしたが、コトリ専務と共存協定を結んでいます」
「でもそれは神の約束」
「そうなんですが、人としてのコトリ専務は亡くなっても、宿主を代えた次座の女神はいるわけです。おそらく神の協定は両者の力が均衡状態に近い時にのみ成立すると思うのですが、次座の女神は健在でクレイエールに在籍しています」
「それは・・・」
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「言えるのはユダであれば協定違反は明らかですから、神の習慣として殺し合いに突入でもおかしくありません。しかし大司教からユダがいなくなっていれば、単なる人の表敬訪問になります」
「でも、私たちにはユダどころかコトリ先輩さえ見えない」