クレイエールの入社試験は一次試験と二次試験があります。一次試験は一般教養試験と小論文です。一般教養試験で見るのはズバリ基礎学力。これは有名大学卒業生で内申がソコソコでも『ちょっとこれは』レベルの者がおり、これを足切するためのものです。小論文は論理思考能力を見ることになりますが、それ以前に見ているのがキチンとした文章が書けるかです。社会人となると文章作成能力は即座に求められますからね。
二次試験が面接試験になり、人事部の面接担当官が主に行います。これは個人としての現場対応力を見てるぐらいでしょうか。もちろん受験生もあれこれ対策を積んでるわけで、面接担当官はその対策に騙されない能力が必要とされます。ミサキも潜ってきた道で、ちょっと懐かしい感じもします。
ミサキやシノブ常務が同席しているのは面接試験ですが、四年も見ていると面接の様子からおおよそ合格か不合格かはわかるようになっています。その辺は単純な面もあり、面接担当官の態度が変わるからです。見どころのありそうな受験生の時ほどツッコミが厳しくなるのです。逆にアッサリ通り一遍で終った時にはまずダメです。
同席しているミサキとシノブ常務の役割は面接担当官と別の視点でコトリ専務を探すことです。コトリ専務であるなら普通に受験しても余裕で合格するはずなのですが、とにかく思いもよらぬことをされる面があり、それでの見落としを少しでも防ぎたいぐらいでしょうか。ですからミサキとシノブ常務のどちらかがOKを出せば無条件で特別合格となっています。
ただ去年までの三年間でミサキもシノブ常務も特別合格を出した人はいません。今年も目に付く人はここまでいません。ミサキは内心ジリジリしてました。だって今年の受験生にコトリ専務がいなければ、高校生以前を宿主としたか、留年したか、クレイエールを選ばなかったかのいずれかになるからです。面接に合間にシノブ常務に、
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「まさか留年したとか」
「やらかさないと言えないけど・・・」
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『立花小鳥』
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『えっと、えっと、こんなぐらいで良かったよなぁ』
面接担当官の質問が始まりましたが、返答自体はこれまた無難。受験生の返答が無難なのは誰しも似たようなものですが、立花さんの無難さはあまりにもこなれきった無難さを感じます。面接担当官も何かを感じたのか、かなり突っ込んだ質問に切り替えています。
面接担当官が本気で突っ込めば受験生は多かれ少なかれ動揺します。これを手応えありと取って張り切る者もあり、逆になにか拙いことを言ったかと緊張したりです。その辺を見るのも面接試験なのですが、立花さんには全くと言って良いぐらい動揺は見られません。ただサラサラと無難に返答するだけです。
逆に突っ込んでいた面接担当官が質問の接ぎ穂に困っている様子がうかがえます。こういう時にはある質問から、ある返答を予想し、その返答にツッコミをかける手法が良く行われますが、まるでその先にあるツッコミを知り尽くしたように無難に返答されている感じなのです。
面接が終り立花さんは一礼して部屋から出られましたが、面接担当官が困った顔をしていました。表面上の質疑応答では見るべきものがないのですが、これは面接担当官でも引き出せなかったと感じているからではないかと思いました。言い方は悪いですが、面接担当官が面接試験で面接能力をテストされた感じさえあります。ミサキは三年間で初めて特別合格を出しました。聞くとシノブ常務もそうしたそうです。それどころか、
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「間違いない、立花小鳥はコトリ先輩よ」
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「結崎君や香坂君もそう感じたか。実は私もそうなんだ。あれは学生が出来る面接とはとても思えん。いや、社会人だってあそこまで出来る者はまずいない」
「社長もそう思われましたか」
「うむ。注目しておいて欲しい」
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「何事も無難でとくに欠点がないというか、欠点が無さすぎる感じがします」
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「う〜ん、ボクも無難ぐらいしか評価できないけど、無難のレベルが途轍もなく高い気がしてならない」
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「ミサキちゃん、立花さんは経営分析が出来るはずよ。それも私と同じレベルで」
「どういうことですか」
「もちろんやらなかったけど、あの反応は実は出来るのに出来ないフリをしているようにしか感じられないの。コトリ専務にやはり間違いない」
不自然な点は他にもありまして、言ってはなんですがシノブ常務にしろ、ミサキにしろ女性社員の多かれ少なかれ憧れになっています。これはミサキが新入社員の頃にコトリ専務やシノブ常務を見た時と同じで良いと思います。ところが立花さんにそんな素振りはまったくありません。
別になくても構わないのですが、あまりにも無さすぎる感触があります。これは悪い方に言えば新入社員なら誰しもある初々しさが感じられないのです。そう言えば不愛想に受け取るかもしれませんが、愛想は本当に良いのです。ただあれは新入社員の初々しさではなく、まるで久しぶりに帰ってきた我が家でリラックスしている感じがしてなりません。
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「シノブ常務、やはり立花さんは普通じゃないですよ」
「ミサキちゃんもそう思うでしょ」
「では、やはり」
「どうやって聞き出すかだよね。自分がコトリ専務であることを本気で隠したいのなら、手に負えないキツネになるからね」
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「立花君がもし小島専務であり、キツネの尻尾を出してもらうなら、やり慣れた総務部、ジュエリー事業部、ブライダル事業部、もしくは経営戦略本部が相応しいと思う」
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「立花さんはジュエリー事業部が引き受けます」
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「それは良いアイディアだ」