コトリ専務がクレイエールに入ってくれるなら、やはり新入社員として入られる可能性が高いと考えています。誰か若手社員に乗り移られる可能性もありますが、今のところそれらしき人物はいません。ですからミサキの十三年目の新卒採用試験は注目されました。
とにかく見落としたら大変ですから、シノブ常務もミサキも採用試験に同席の命令が下りました。二人の仕事はとにかくコトリ専務の生まれ変わりを見つけ出す事でした。しかし二人でどう見てもそれらしき人物は見つけられません。合宿研修から実地研修、さらに配属後に頭角を現す者がいないか探し回りましたが、残念ながら該当者は見つかりませんでした。
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「ミサキちゃん、今年はいないようだね」
「はい、シノブ常務。まだ隠れている可能性はゼロではありませんが、今年はいなかったで良い気がします」
「やはり乗り移られるなら大学生かなぁ」
「はい、さすがに高校からやり直すのは避けられる気がします」
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「高校生だと大学受験も必要になりますが」
「あの人は気まぐれだから、女子高生をもう一度やりたがるかもしれない。でも、そうなるとネックがあるわ」
「なんですか?」
「高校生じゃ、ビール飲めないじゃない」
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「学生生活を楽しまれてるのでしょうか」
「あの人なら十分にあり得るわ。楽しみだしたらトコトン謳歌するタイプだし。それに女子大生であるのはメリットがあるわ」
「なんですか?」
「男を探すのに有利じゃない」
綾瀬社長が小島専務の復帰を待つ強い意志を持っているのは良くわかりますが、驚いたことにこれを折に触れて発言されるようになったのです。ミサキはさすがにどうかと心配していました。そりゃ、誰が聞いても荒唐無稽も良いとこのお話だからです。ところがクレイエールの本社社員、とくに小島専務を知っている者なら信じるようになってきているのです。これも社員からの強い希望があり、一周忌の慰霊祭も行われました。昨年のお別れ会では誰しも涙に暮れましたが、今年は様相がガラリと変わっています。社長からして挨拶が違います。
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「我々は小島専務が帰る日まで、クレイエールを潰すことは許されない。これは当然のことだが、帰ってきた小島専務を驚かさなければならない。間違っても落胆させてはならないのだ。諸君の奮起を期待する」
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「その程度の成績に小島専務なら満足しないと思う」
「そんな、ありきたりの企画を出して小島専務に恥しくないのか」
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「それは戻ってきた小島専務を落胆させる」
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「小島専務の復活は私も強く願っていますが、最近のは少しやり過ぎではないですか。あんな事をしたからと言って小島専務がクレイエールに戻るとは思えないのですが」
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「何を言うのだ香坂君。全社員が一丸となって小島君の復帰を願ってこそ、その心が小島君に通じるのだ。今でも足りないぐらいに思ってる」
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「社長はムジナよ。そんな単純な人じゃないの。コトリ先輩の復帰を願う心を社員の求心力に利用してるのよ」
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「ではシノブ専務。社長は本心ではコトリ専務の復帰を願っておられないのですか」
「だから社長はそんな単純な人じゃないってば。真剣に願ってるよ。あれはポーズなんかじゃないし、あれだけやってれば新入社員としてコトリ専務が入社されて、いきなり専務になっても不自然でなくなるじゃない」
ミサキが入社して十四年目もコトリ専務らしき人物はおらず十五年目もまたそうでした。ミサキもガックリしましたがシノブ常務の落胆ぶりは見るのも辛いほどです。ただ業績の方は順調に伸びています。主力のクレイエール事業は堅調、ブライダル事業は聖ルチア教会の優先利用効果もあって伸びてます。ミサキが担当しているジュエリー事業も生産量が増えた分だけ確実に伸びています。
後はコトリ専務の復帰を待つだけです。来年はコトリ専務が大学一年生に乗り移ったとしての卒業年度に当たるので、ミサキもシノブ常務も最大限の期待をかけています。もちろん綾瀬社長も高野副社長も、いやクレイエール社員すべてがです。気の早い連中は復帰歓迎式典をどんなものにするかの話題で盛り上がっていたりさえしています。
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「ところでシノブ常務、まさか留年とかしてないですよね」
「う〜ん、普通にやられたら無いと思うけど、あの人は時々思わぬことをされる方だから・・・」