山本先生には日曜日の午後三時の御自宅に訪問する事になりました。またあのマンションに行くことになると思うと、それだけで気が重いのですが、前の時ほど危なくないはずです。ただ、
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「加納さんも御在宅なの」
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「また来ることになるとはね」
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「なにをするつもりだ輝く女神。こんなところで一撃を放てばどうなるか知っておるだろう。そなたのコントロールではどこに飛ぶかわからん。壁や天井なら大穴が空く程度でまだ済むが、床に当たれば、このマンションがどうなるかわからん。確実に死人が出るぞ」
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「失礼については重々お詫びしますが、コトリ先輩が非常事態なのです」
「なにがあった」
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「私もミサキちゃんも記憶が封じられています。まずコトリ部長はカエサルと信じ込んでいると思われます。でもそうでない可能性があるのは、今お話した通りです。あの時のカエサルを知っておられるのは首座の女神様しかおられません」
「そういうことか・・・ふぅ、今日はユッキーでイイよ。あなたがたが心配するのは良くわかったから、あれだけ無茶したのも全部許してあげる」
「ありがとうございます」
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「当時の情勢としてギリシャからオリエント諸国はポンペイウス派が多かったの。エレギオンも海賊退治の時にポンペイウスのクリエンティスになっていたのよ。カエサルとの対立が決定的になってローマからポンペイウスが移ってきた時もそれは変わらなかったわ」
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「エレギオンもポンペイウスの求めに応じて資金提供を行ったわ。クリエンティスだったから当然とも言えるし、あれだけの軍事力を背景に要求されたら断るなんて選択枝はなかったもの」
「周辺の国々も横並びだったんでしょうね」
「そうよ。そして決戦は始まったんだけど、ファルサルスの戦いで敗れたポンペイウスは、エジプトまで逃げたものの暗殺されて終ってしまった」
「歴史的事実ですね」
「ポンペイウスに勝ったカエサルはオリエントのポンペイウス派の一掃というか、取り込みを行ったのよ。あっという間にカエサル派に靡いて行ったよ」
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「エレギオンにもカエサルの使者が来たから、カエサルに恭順する事を誓い、軍資金提供にも応じたわ。わかるかな、エレギオンはたしかにポンペイウスに加担したけど、周辺諸国と横並び程度の加担だし、ポンペイウスが敗れた時も横並びでカエサルに靡いただけなの」
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「また来たのよ。それもカエサルを名乗り軍団を引き連れて。あれが本当のカエサルかどうかはコトリと意見が分かれたけど、ローマ軍団の脅威は現実だからとにかく交渉に当たったの」
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「あの交渉は不自然なところが幾つもあったのよ。資金提供の追加だけなら使者で十分だでしょ。それと正直なところ、ポンペイウスとカエサルに既に行った資金提供で金庫にはもうカラッポ状態だったのよ」
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「そしたらね、カエサルへの忠誠の証として資金提供を行えって言うのよね。そこで既に資金提供は行ったと言ったら・・・今でも覚えてるけど、あの男の表情に意外って表情が浮かんだのよ」
「どういうことですか」
「あれはその前にカエサルに資金提供を行ったのを知らなかったからだと思うわ。そしたらね、さっと表情を消して、
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『さらなる忠誠の証を求める』
こう言い直したのよ。この時の交渉が難航したのは、無い袖は振れない状態だった事に尽きるわ。カネさえあれば払ったら済むんだけど、無いカネを払うのを要求されて、これをなんとか断る交渉になったからなの」
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「払いたくとも払えない事情を説明したんだけど、全然納得してくれなくて、エレギオンが財宝を隠してると決めつけられ、カエサルへの反抗勢力だとも言い出したの。挙句の果てに、
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『カエサルにあくまでも逆らうのなら、エレギオンを滅ぼすだけでなく、国民も抹殺する』
ここまで言い出す始末なの」
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「オリハルコンを求めたんじゃないですか」
「オリハルコン? オレイカルコスのことね。はははは、あれは単なる真鍮よ。今なら六四黄銅だよ。たしかにあの当時に六四黄銅を作れる技術は先進的だったけど、真鍮はどこまで行っても真鍮に過ぎないよ」
「でも、六四黄銅を使ってニセ金貨を作ってカエサルが資金源にした話もありますが」
「出来るわけないじゃないの。それで騙せるのなら、トットと支払ってお引き取り頂いたわ」
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「結局交渉は決裂になったのよね」
「えっ、コトリ部長はシチリアへの強制移住で国民の命を救ったって言ってましたが」
「ああ、それ。コトリも義理堅いね。表向きというか、国民への説明がそうしとこうってコトリと約束しただけ。実際は交渉決裂だよ。さすがに、もう時効でイイと思うよ」
「都市が破壊されたのは?」
「あの男が執念深く隠されていると信じた財宝を探したのと、少しでも金目のものをかき集めるため。まあ何にもなかったから、腹いせに都市ごと壊しちゃったぐらい」
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「では、コトリ部長がカエサルに抱かれて交渉をまとめたお話は?」
「コトリがどんな説明をしたかは知らないけど、交渉の途中でわたしとコトリにあの男は目を付けたのよ。あの時もコトリと意見が分かれたんだけど、とにかく国の存亡がかかってるから、女の武器を使っても少しでも交渉を有利に運びたいとコトリは主張したのよね。わたしも女の武器も必要とあれば使うのは躊躇わないけど、どうにも抱かれ損になりそうだから反対したの」
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「あの時は不思議だったな。わたしとコトリは好きな男のタイプは不思議と被るのよ。でもあの男だけは意見が綺麗に別れちゃった。どういう理由か知らないけど、コトリはあの男に魅かれまくっちゃったの」
「そう言えば、コトリ部長はカエサルと名乗る男が『抱かせろ』と要求したのを男らしいって言ってました」
「そこもおかしな点なのよね。カエサルは好きになった女なら、相手が人妻でも口説きまくった男だけど、きっちり手順を踏む男なのよね。引っ張り込んで押し倒すなんてのは論外で、ちゃんと落としてから抱くのよ」
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「エレギオン国民が助かったのは」
「あれは助かったんじゃないわ。抹殺は単なる脅しで、最初からそんな気はなかっただけ。だって抹殺するのは手間と時間がかかるし、儲かる訳でもないでしょ。労働力としてシチリアに強制連行されただけ」
「まさか、奴隷として」
「には、ならなかった。これも不思議な点だけど、連行中にカエサルに書状を送ったら、シチリアに着いた頃には植民者扱いにするって命令が下ってたの」
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「コトリ部長は抱かれたのは一晩だけって言ってましたが」
「まさか、しばらくは向こうの陣営で暮らしてたよ。まあベッドで国民の抹殺を中止させるのに成功したって言うものだから『ハイハイ』って聞いてあげてた。イイ思いをしたのは事実みたいだし、どれだけ効果はあったかは不明だけど、人身御供になってくれたんだから、素直に褒めてあげた」
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「ユッキーさん、エレギオンに来た男はカエサルですか」
「そう名乗ってた」
「でも、カエサルらしく無い気が」
「本物のカエサルかどうかって質問? それなら答えは簡単、別人よ。カエサルはあの時はエジプトでクレオパトラと遊んでた。エレギオンなんて来るわけないじゃないの」
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「どうしてコトリ部長はカエサルと信じ込んでいるのですか」
「それはね・・・これは絶対にコトリに言っちゃダメよ。聞いたかもしれないけど、コトリの出自は大変なところからスタートしているの。わたしもコトリをなんとかしてあげようと頑張ったつもりだったけど、当時ではなかなかね」
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「これは出自と関係ないかもしれないけど、コトリって有名人に憧れるというか、弱いのよ。ところがね、わたしもコトリも記憶は遥か五千年以上を遡っちゃうんだけど、いわゆる世界史に名を残すような大人物と会った事もないし、ましてや抱かれるような関係になったことはないの」
「カエサルも?」
「カエサルだけじゃないよ、ポンペイウスやオクタビアヌスも近いところにいた事はあるけど見たことすらないの。歴代ローマ皇帝だって、ハドリアヌスが通るのを遠くで見ていたぐらいだよ。まあ、この辺は神殿で女神やってたから、出歩く範囲がどうしても狭くってさぁ」
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「エレギオンの時もそうだったし、シチリアに移ってからもそうだった。わたしなんてパレルモにさえ行った事ないんだもの。まあ、コトリはタラントぐらいまでは出かけたこともあったみたいだけど、ローマなんて話に聞いただけ」
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「コトリにとってエレギオンの最後を過ごした男はカエサルであって欲しいのよ。長過ぎる記憶の中でコトリにとって唯一の晴れ舞台みたいな感じかな。たぶんだけど、そうであって欲しいの願望が記憶を少し変形させていると思うわ」
でもユッキーさんの話を聞いて、カエサル問題はさらに厄介になった気がする。あの偽カエサルはコトリ部長にとっては本物なんだ。二千年も夢見ていた本物なんだ。これをミサキが『実はニセ者』って言ったところで、どうにかなるかに自信がありません。ここでユッキーさんに偽カエサル登場による影響の懸念をしてみました。冷たく突き放されるかと心配していましたが、
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「それは困ったわねぇ。気持ちはわかるけど、わたしではどうしようもないわ。わたしがコトリに言っても聞いてくれると思えないし、あなたたちなら、なおさらでしょうし」
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「最悪のケースとしてクレイエールが潰れるのは覚悟しておいた方がイイかもしれない。でも・・・」
「でも、なんですか?」
「コトリは賢いのよ、だから知恵の女神なの。あのコトリをいつまでも騙せるとは思えないのよ。必ずどこかでボロが出るはずだし、それに気が付かないコトリじゃないわ」
「でも恋は盲目って言うじゃありませんか」
「うふふふ、そういう面はコトリにもあるけど、一方で恋の大ベテランなのよ。今は待つのがイイと思う。そうそう、かなり長くお話しちゃったから、誤魔化すのは大変だと思うけど頑張ってね」