女神伝説第1部;ブライダル事業部

 会議室にはブライダル事業部の主要メンバーがそろってます。本部長の副社長が、

    「・・・やはり次の展開としてアクセサリー部門の強化充実は必要なのは、皆の共通認識である地点から話を進めたい」
 輝く天使・微笑む天使の天使ブランドの成功はクレイエールにしても、久しぶりの快心の大ヒットです。事業本部長として指揮を取った副社長は、これで次期社長への地歩をますます固めたと言われています。

 副社長の次の構想は天使ブランドの次の展開としてアクセサリーを充実させるだけでなく、これをジュエリー事業に発展させて、新たな柱にしたいです。そこまでは大きな異論もなく話は進んでいましたが、具体的にどうするかで意見が割れています。

 これも当初は副社長が提案した自前国産路線でほぼ決まりでした。副社長は次期社長を確実視されるほどの実力者であり、その副社長自らの提案に面と向かって反対するには相当な覚悟が必要だからです。副社長の提案とは、提案と言いながら決定事項の通達に等しいと言うのが社内での一般的な受け取り方です。

 ところがそんな副社長の提案に反対者が現われたのです。それも二人、さらに言えばブライダル事業の実質的なナンバー・ツーというか、事業の根幹部分を担当し成功に導いた二人の本部長代理です。副社長も天使のブランドの成功が二人の功績であるのは良く知っていますし、今後のブランド展開にも二人の協力が不可欠であるために、なんとか宥めすかして、自分の案である自前国産路線に賛成させようと努力していました。

 ちなみに二人の本部長代理の案は海外ブランドとの提携です。副社長の自前国産案と真っ向対立する意見であり、両者になあなあの妥協の余地は乏しいところです。というか、とにかく対立しているのが副社長と二人の本部長代理であり、両者の意見を調整して妥協案をまとめようとする者もいません。

 誰だって、副社長の意向に逆らって不興を買いたくないし、だからと言って天使である二人の本部長代理にあえて逆らう気力も出てきません。ひたすら三人の議論を黙って見守るばかりです。頭の中はひたすら『沈黙は金』です。そんな会議が何回か続いて、今日は冒頭で副社長が、

    「いつまでもこんな小田原評定を続けるわけにはいかない。まさに時間の浪費だ。今日の会議で必ず決着をつける。諸君も今日は態度をハッキリさせてもらう」
 これを聞いて、誰もが顔を青白くし、背中にべったり冷汗が滲んでいます。この会議のどこかで態度表明を副社長に迫られることになるからです。会議はのっけから波乱含みの様相になりました。
    「本部長、態度表明とは多数決で路線を決めると言う趣旨でしょうか」
    「そうです。こういうものは多数決が良いとは限りません。むしろ少数意見の中にこそヒットがあるというのが本部長の持論ではありませんか。今日は副社長の口癖である『人の行く裏に道あり花の山』は適用しないと理解させて頂いてよろしいでしょうか」
 副社長はちょっとあわて気味に、
    「いやいや、そういう意味ではなくて、あくまでもより多くの意見を聞きたいぐらいの趣旨と思って欲しい」
 このやり取りを聞いて、少し胸をなでおろす出席者でした。とにかく副社長と二人の天使が対立する会議の居づらいこと、居づらいこと。
    「小島君、結崎君の提案する海外提携案だが、やはり私はリスクが高いと取る。我が社でも海外提携を行ったことがあるが、なかなか手強いものだったからだ」
    「それは本部長自らの狭い体験によるもので、それを一般論して押し付けるのはいかがなものかと思います。これは今回の議題とは外れますが、今後一切我が社は海外展開はなされないつもりですか。本部長は副社長でもありますから、これは重大発言と存じます」
 副社長が過去のトラウマをモロに触れられて、怒りで顔が赤くなっていくのがわかります。これを目にする出席者は息苦しさに喘ぎます。
    「本部長は海外提携のリスクを高く取られますが、自前国産のリスクがそんなに低いとは思えません。とにかく我が社はジュエリーやアクセサリーについてはこれまで経験が乏しく、ノウハウや人脈も皆無に近い状態です。ゼロに近い状態からの自前国産がそこまでリスクが低い理由をお聞かせ頂きたい」
 この点については、これまでの会議で散々突かれまくっていた副社長は大きなため息をついて、
    「たしかに我が社にジュエリーのノウハウも人脈も乏しいのは否定しないが、自前で育てた方が管理しやすい面はある。とはいえゼロからの出発のリスクは高すぎるのは指摘の通りだから、国内提携でノウハウや人脈を得るのはどうだろうか」
 ここまで副社長が固執してきた自前国産のうち『自前』を外すことでの妥協案です。副社長にすれば苦渋の決断です。
    「ジュエリーはブランド価値も重要ですが、デザインや技術力も重要です。副社長は既存ブランドを凌ぐデザインや技術力を持つ国内提携企業のアテはございますか」
 とにかく二人の本部長代理の意見は手厳しいので、この質問に対する準備はしていました。
    「ビリリエはどうだろうと考えている。まだ打診段階であるが、反応は悪くない」
 ビリリエは国内ジュエリーメーカーですが、即座に二人の本部長代理は反応します。
    「ビリリエではデザインも技術力も弱いと考えます。ピリリエの評価はあくまでも安いがソコソコであり、定着してるブランド評価が低すぎます。これでは天使ブランドの足を引っ張るリスクの方が高いと判断します」
    「いや、ソコソコでさえ過剰な評価かと存じます。ピリリエの正直な評価は安物です。天使ブランドと提携すればピリリエの評価は上がるかもしれませんが、天使ブランドの評価は確実に下がります。我が社にとってメリットのある提携とはとても評価できません」
 副社長が二人の本部長代理に気を使う理由は、今後のブライダル事業に必要な人材であるのもそうですが、ここで強引に自分の案を決定させたとしても、これを重役会議で承認してもらう必要があるからです。もちろん、この会議で賛成したとして意見を封じてしまう策もありますが、おそらくこの二人はそうはさせてくれないとしか思えません。

 もし重役会議で二人の天使が反対論を展開すれば、それこそどう転ぶかわからないのです。とくに社長がこの二人の意見に同調してしまう可能性がかなりあります。だからなんとか、この場で二人を丸め込みたいところです。

    「だからといって海外メーカーのデザインや技術力が、必ずしも優れているとは言えんだろう」
    「誰も海外メーカーが軒並みピリリエより上などとは申し上げておりません。しかし見方を変えれば、ピリリエよりデザインも技術力も高いところはいくらでもあります。副社長、ジュエリー部門の目的はなんですか」
    「それは短期的には輝く天使・微笑む天使ブランドの援護射撃であり、中長期的にはジュエリー部門を収益の柱に育てることだ」
 他の出席者はこのままでは、またもや議論は持ち越しになるのではないかの空気が広がっています。しかし、会議の冒頭で副社長はどうしても今日の会議で方針を決定すると宣言しています。副社長が有言実行の人であるのは良く承知しています。頭の中に渦巻いているのは、この議論の展開で意見を求め足られたら、どう答えるかです。
    「副社長、私はデザイン力の高い新進海外メーカーを発掘し、これを日本で育てるのが良策だと考えます。低い評価のビビリエを使えば、今後のお荷物に確実になります」
    「では小島君、そんな海外メーカーはあるのかね、とにかく海外提携は厄介ごとが多く出やすい」
 副社長は苦渋の妥協案であるピリリエを否定されたために逆襲に出ます。
    「それはこれから探します」
    「これからじゃ、話にならんと思うが」
    「お言葉を返すようですが、我が社が欲しいのは掘り出し物です。単にアクセサリー部門の強化だけなら、既存の有名ブランドで済みますが、収益事業の柱にしたいのなら、今は日本では無名であっても、これから日本で受け入れられ、伸びるメーカーを探し出さなければなりません」
    「小島君は見つかると言うのかね」
    「見つからなければ、ジュエリー事業への進出はあきらめるべきです」
    「では、どうやって見つけると言うのだ」
    「現地に行って、見つけるのです」
    「誰が行くのかね」
    「本部長、ジュエリー事業構想は当社の重要度では、どのあたりに位置づけておられますか」
    「それは君も知っておるだろう。最重要項目の一つになっておる」
    「はい、そうなれば私と結崎本部長代理が適任かと存じます」
 その時まで沈黙を守っていた他の出席者からざわめきが広がります。小声で『我が社の切り札が行くのなら』、『ダブル・エンジェルなら必ず成功する』・・・他の出席者から勇気を振り絞るように、
    「本部長」
    「なんだね」
    「国産でも海外でもリスクはあるのは良くわかります。ただ今後の伸びしろを考えると海外ブランドの導入の方が成功した時のメリットが高いと存じます」
    「私も同意見です。ここは海外ブランドのリスクを冒してでもメリットを選択すべきかと」
    「ブライダル事業はここで一層の飛躍を目指すべきです。私も海外提携に賛成です」
    「私も同じです」
 まるで堰を切ったかのように海外提携への賛成発言が続きます。会議の流れが海外提携に決まったのを見て副社長がついに折れます。
    「うむ、小島君、結崎君が選んでくると言うなら、これ以上の適任者がいないのは確かだ。ところでどこに行くつもりかな」
    「イタリアです」
    「しかし小島君が行くというのは意外だった」
    「我が社の発展のためです」
    「わかった、この件については二人に一任にしよう」
    「ありがとうございます。視察期間は一か月頂きたいのですか」
    「長いな。期間については君たちの業務との兼ね合いもあるので、後日の返答にさせてくれ」