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「失礼します、総務部の香坂です」
「財務部の白石です」
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「あら、入会希望かしら」
「はい」
「では予め言っておくわね。うちの会社の歴史サークルは二つあって、一つはこの歴女の会で、もう一つ歴史研究会があるの」
「どう違うのですか」
「歴史研究会は真面目に歴史を勉強する本格派の人向きの会で、歴女の会は歴史上の英雄をとか好みの人物でキャーキャーいうミーハー系の会よ。もちろん歴女の会でも本格的に勉強する人もいるけど、集まると、どうしてもミーハー系の歴史談義になっちゃうの」
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「どうして二つもあるのですか」
「いろいろ事情があるんだけど、とりあえず先に出来たのが歴女の会で、後で出来たのが歴史研究会なの」
「一緒になる話とかはないのですか」
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「実はあったのよ・・・」
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「でも、そんな討論会を本格派の歴史研究会とやっても勝ち目は薄いのじゃ」
「そうだったのよ・・・」
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「そんなに歴女の会のレベルは高いのですか?」
「まさかぁ、高かったのはコトリ先輩で、一人で歴史研究会の面々をやっつけちゃったの」
「そんなに」
「そうなのよ、私もシノブちゃんも半分も聞いてないうちに、コトリ先輩と歴史研究会の議論が何を言ってるのかわからなくなったもの」
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「もうないと思うわ。当時はね、歴女の会のメンバーの格が低かったのよ。一番がコトリ先輩だったけどまだ課長でしたし、その頃はあんまり顔を出されてなかったの。今はコトリ先輩とシノブちゃんが部長の上に重役待遇になってるから、誰も口出しできなくなってるよ」
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「・・・コトリ先輩には微笑み伝説があるの」
「微笑み伝説ですか」
「うん、コトリ先輩の微笑みは天使の微笑みとも呼ばれてるけど、あの微笑みが途絶えた時に会社が大変なことになっちゃうの」
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「シノブちゃんが特命課長やってた話を知ってる?」
「はい、履歴で読みました」
「シノブちゃんは何も言わないけど、噂では天使の調査をやってたらしいってなってる」
「天使って、小島部長のことですか」
「コトリ先輩は微笑む天使だけど、シノブちゃんも輝く天使だよ」
「結崎部長もそうなんですか」
「本人に言っても、絶対に認めないけどね」
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「シノブちゃんは入社してから天使になってるのよ」
「どういうことですか」
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「佐竹課長と交際されたからではないのですか」
「ハズレ、佐竹課長は天使になって綺麗になったシノブちゃんにベタ惚れしたのよ。そりゃ、すると思うけどね」
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「結崎部長は綺麗になられた以外になにか変られましたか」
「シノブちゃんはね、もともと素直で、真面目で、仕事もちゃんと出来る人だったの。それが天使なってからは、物凄い集中力が付いた上に、仕事が出来るどころの話じゃなくなっちゃったの。香坂さんが実地研修に来た日に経営分析やってたでしょう」
「はい」
「あれを二時間で済ましちゃったけど、他の人だったら、どんなに早くても三日でも上出来すぎるぐらいなの。う〜ん、三日で出来る人なんていないかもしれない」
「そんなに」
「それとね、今は部長だからあれしかやらなかったけど、総務部の時にはあのペースで朝から夕までやってたの」
「毎日ですか?」
「信じられないかもしれないけど、今の情報調査部がやっている経営分析を一人で全部やってたの」
「ひぇぇぇ」
「ちなみシノブちゃんの前はコトリ先輩が一人で全部やってたのよ」
「ふぇぇぇ」
それにしても、コトリ先輩は入社前から天使だった感じだけど、シノブ部長はある日突然って感じです。なにか天使になれる方法でもあるのでしょうか。ひょっとしてシノブ部長は天使の調査をする時にその方法を見つけ出したとか。
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「結崎部長が天使になられたのは特命課の時ですか」
「いいえ、特命課長になった時には既に天使だったわよ」
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『どうしたら天使になれるか』
コトリ部長も、シノブ部長も本当にミステリアスな存在なのです。とにかく仕事はお出来になるのは間違いありませんが、これがそんじょそこらのレベルではありません。言い切ってしまえば人間業とは到底思えないのです。総務に配属になってからコトリ部長の仕事を見るだけでも、そうです。
さらに個人として仕事ができるだけでなく、管理職としてというか、持って生まれたリーダーとして周囲を見事に引っ張られます。微笑みの総務部、光輝く情報調査部はウソでも何でもありません。文字通りそのままなんです。この世界に現実として存在するのが今でも信じられないぐらいです。
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「どうしたのミサキちゃん」
「ううん、なんでもないよ」
「それにしてもミサキちゃんがうらやましい」
「どうして、マリちゃんは財務部狙ってたやん」
「そうなんだけど、やっぱりこの会社の憧れの部署は情報調査部と総務部と思っちゃうの」
「そんなことないよ、隣の芝生は青く見えるだけと思うよ」
「いや、隣の青い芝生には天使がいるんだもの。この差は大きいよ」