女神伝説第1部:歴女の会

    「失礼します、総務部の香坂です」
    「財務部の白石です」
 今日はマリちゃんと一緒に歴女の会に入会に。そうそうマリちゃんは財務部に配属になっています。部室のドアを開けると、情報調査部の山村さんと鈴木さんがおられました。
    「あら、入会希望かしら」
    「はい」
    「では予め言っておくわね。うちの会社の歴史サークルは二つあって、一つはこの歴女の会で、もう一つ歴史研究会があるの」
    「どう違うのですか」
    「歴史研究会は真面目に歴史を勉強する本格派の人向きの会で、歴女の会は歴史上の英雄をとか好みの人物でキャーキャーいうミーハー系の会よ。もちろん歴女の会でも本格的に勉強する人もいるけど、集まると、どうしてもミーハー系の歴史談義になっちゃうの」
 へえ、ミーハー系歴女のための会がわざわざあるのはちょっとビックリ。ミサキは歴史好きと言うより、コトリ部長やシノブ部長とのコネクションを少しでも太くするために入りたいのですが、少し聞いておくことにします。
    「どうして二つもあるのですか」
    「いろいろ事情があるんだけど、とりあえず先に出来たのが歴女の会で、後で出来たのが歴史研究会なの」
    「一緒になる話とかはないのですか」
 そしたら山村さんと鈴木さんが顔を合わせて苦笑いして、
    「実はあったのよ・・・」
 歴史研究会側から統合話を持ち掛けられて反対したそうですが、最後は歴史知識が歴女の会側にあることを証明する討論会に持ち込まれたそうです。
    「でも、そんな討論会を本格派の歴史研究会とやっても勝ち目は薄いのじゃ」
    「そうだったのよ・・・」
 その時の歴女の会の代表は、コトリ部長と、シノブ部長と、山村さんだったそうです。結果は歴女の会が圧勝。
    「そんなに歴女の会のレベルは高いのですか?」
    「まさかぁ、高かったのはコトリ先輩で、一人で歴史研究会の面々をやっつけちゃったの」
    「そんなに」
    「そうなのよ、私もシノブちゃんも半分も聞いてないうちに、コトリ先輩と歴史研究会の議論が何を言ってるのかわからなくなったもの」
 統合話が蒸し返される可能性について聞いてみたのですが、
    「もうないと思うわ。当時はね、歴女の会のメンバーの格が低かったのよ。一番がコトリ先輩だったけどまだ課長でしたし、その頃はあんまり顔を出されてなかったの。今はコトリ先輩とシノブちゃんが部長の上に重役待遇になってるから、誰も口出しできなくなってるよ」
 とにもかくにも入会させて頂いて、コトリ部長とシノブ部長のお話を少し聞かせて頂きました。
    「・・・コトリ先輩には微笑み伝説があるの」
    「微笑み伝説ですか」
    「うん、コトリ先輩の微笑みは天使の微笑みとも呼ばれてるけど、あの微笑みが途絶えた時に会社が大変なことになっちゃうの」
 聞くだけではとても信じられないお話ですが、コトリ部長が微笑んでいる時の業績は好調なんですが、微笑みをやめられたり、ましてや悲痛な顔になろうものなら、真剣に倒産の可能性さえあるそうです。前回に悲痛な顔になられた時に、どれほど大変だったかを話してくれました。
    「シノブちゃんが特命課長やってた話を知ってる?」
    「はい、履歴で読みました」
    「シノブちゃんは何も言わないけど、噂では天使の調査をやってたらしいってなってる」
    「天使って、小島部長のことですか」
    「コトリ先輩は微笑む天使だけど、シノブちゃんも輝く天使だよ」
    「結崎部長もそうなんですか」
    「本人に言っても、絶対に認めないけどね」
 天使っていったい何者なんだの疑問が頭を渦巻きますが、たしかにあのお二人の仕事ぶりは人間業とは思えません。これが天使の能力と説明されれば、それなりに納得はしますが、それでは天使が実在するという荒唐無稽の話になってしまいます。
    「シノブちゃんは入社してから天使になってるのよ」
    「どういうことですか」
 コトリ部長も、シノブ部長も桁外れの美しさがありますが、シノブ部長はある短期間のうちにあれだけの美しさになられたそうです。これは一緒に仕事をしていた山村さんや、鈴木さんの証言ですから信じざるを得ません。
    「佐竹課長と交際されたからではないのですか」
    「ハズレ、佐竹課長は天使になって綺麗になったシノブちゃんにベタ惚れしたのよ。そりゃ、すると思うけどね」
 人が天使になるってどういうこと、頭がますます混乱しますが、
    「結崎部長は綺麗になられた以外になにか変られましたか」
    「シノブちゃんはね、もともと素直で、真面目で、仕事もちゃんと出来る人だったの。それが天使なってからは、物凄い集中力が付いた上に、仕事が出来るどころの話じゃなくなっちゃったの。香坂さんが実地研修に来た日に経営分析やってたでしょう」
    「はい」
    「あれを二時間で済ましちゃったけど、他の人だったら、どんなに早くても三日でも上出来すぎるぐらいなの。う〜ん、三日で出来る人なんていないかもしれない」
    「そんなに」
    「それとね、今は部長だからあれしかやらなかったけど、総務部の時にはあのペースで朝から夕までやってたの」
    「毎日ですか?」
    「信じられないかもしれないけど、今の情報調査部がやっている経営分析を一人で全部やってたの」
    「ひぇぇぇ」
    「ちなみシノブちゃんの前はコトリ先輩が一人で全部やってたのよ」
    「ふぇぇぇ」
 なんなの天使って。かつてそういう人がいたって話だけなら、社内伝説の類だけど、コトリ部長なんて毎日同じ職場で働いているのです。シノブ部長が天使になった話も、山村さんも、鈴木さんも同僚として身近に見た経験で、それも何十年も前の話でなく、ほんの二年程前のお話です。

 それにしても、コトリ先輩は入社前から天使だった感じだけど、シノブ部長はある日突然って感じです。なにか天使になれる方法でもあるのでしょうか。ひょっとしてシノブ部長は天使の調査をする時にその方法を見つけ出したとか。

    「結崎部長が天使になられたのは特命課の時ですか」
    「いいえ、特命課長になった時には既に天使だったわよ」
 シノブ部長は天使になってから特命課で天使の調査をされているで良さそうです。まさか自分が天使なれた理由を調査したとか。可能性はありますが、会社の費用での調査ですから、目的は、
    『どうしたら天使になれるか』
 これのはずです。そりゃ、綺麗になるのはともかく、あれだけ仕事が出来る人間を量産できたら、会社にとっていうことないからです。しかし。シノブ部長が天使になられてから二年以上経ちますが、以後に天使になれた者はいません。そうなると調査は失敗したとか。それも妙で、シノブ部長は特命課での調査を高く評価されて情報調査部長に昇進したはずです。

 コトリ部長も、シノブ部長も本当にミステリアスな存在なのです。とにかく仕事はお出来になるのは間違いありませんが、これがそんじょそこらのレベルではありません。言い切ってしまえば人間業とは到底思えないのです。総務に配属になってからコトリ部長の仕事を見るだけでも、そうです。

 さらに個人として仕事ができるだけでなく、管理職としてというか、持って生まれたリーダーとして周囲を見事に引っ張られます。微笑みの総務部、光輝く情報調査部はウソでも何でもありません。文字通りそのままなんです。この世界に現実として存在するのが今でも信じられないぐらいです。

    「どうしたのミサキちゃん」
    「ううん、なんでもないよ」
    「それにしてもミサキちゃんがうらやましい」
    「どうして、マリちゃんは財務部狙ってたやん」
    「そうなんだけど、やっぱりこの会社の憧れの部署は情報調査部と総務部と思っちゃうの」
    「そんなことないよ、隣の芝生は青く見えるだけと思うよ」
    「いや、隣の青い芝生には天使がいるんだもの。この差は大きいよ」
 その二人の天使になぜか見込まれてるミサキはもっと幸せとか、とにかくあのお二人について行けば、天使なれる理由がわかるかもしれません。天使なれたら、どんな気分なんだろ。イタリア旅行がますます楽しみになってきました。それにしても、二週間とか、一カ月もの長期出張が本当に取れるのでしょうか。