今日は彼氏とデート。私だって恋人はいるのです。彼氏の名前はツトム。歳は三つ上で、やはり衣料関係のお仕事です。へへへ、合コンで知り合っています。もっともツトムは衣料関係と言っても小売りの方です。
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「・・・ボクもクレイエールの天使の伝説は聞いたことがあるわ」
「へぇ、そんなに有名なんだ」
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「会ったことあるの?」
「一度だけだけどな。そりゃ、クレイエールの天使が来るというだけで、その日は大変で、社長以下が大騒ぎだったんだ。帰られる時にチラッとだけ見させてもらったわ」
「どうだった」
「シノブには悪いが、まちがいなくあの人は天使だった」
「そうでしょ、そうでしょ、一緒に働いている私だって、そうとしか思えないもの」
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「ホンマにそうだったんやな」
「私も見ていて信じられへんかったもん」
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「でもねぇ、不思議なの」
「なにが不思議やねん」
「だってコトリ先輩の微笑みの威力は絶大なのよ。会社だって倒産させてしまうぐらいのものなのよ。それなのに、恋にはなぜか通用しないみたいなの」
「いわれてみればそうやな。というか、あの天使に微笑まれて、落ちない男がいる方が不思議やもんな」
「そこらへんは、とにかく相手が加納志織さんだから微妙だけど、コトリ先輩を振ったりしたら、相手の男性はエライ目にあいそうな気がするの」
「そうやねんけど・・・」
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「ツトムの言ってることは、わからないでもないけど、それじゃ、コトリ先輩を悲しませた相手が大変な目に遭ってるのはどう説明するのよ」
「こんなもん、合理的に説明できるもんじゃあらへんけど、たとえばやなぁ、会社相手には威力を発揮しても、個人には無力ぐらいでどうや」
「なるほど。それなら、わりと説明できる気がする」
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「シノブは最近そういうところにこだわるな。もう一つ見方がある」
「どんな」
「その相手の男性には通用しないだけかもしれん。なんといっても天使と加納志織を手玉に取れるほどの男やからな」
「山本先生が特別ってこと?」
「かもしれない」
そのせいかもしれませんが、今日のツトムとのデートも、今までと較べるとワクワク感が減ってしまっています。今までは、逢う日まで指折り数えて待っていたのに、今日はなんとなく会ってるというか、恋人じゃなくて、仲の良い男友達程度にしか見えないのです。
ツトムも好きでした。それこそ、結婚するならこの人って素直に思ってました。ツトムだってそうだったはずです。それこそ、そろそろプロポーズがあったってイイぐらいにまで想い合っていたはずなんです。今日だって、会えば絶対に気持ちは変わるはずだと期待していたのに、やっぱりそうじゃありません。じゃ、誰に逢いたいかと言えば山本先生です。コトリ先輩が言っていた、
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『世界一イイ男』
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「どうしたんや、シノブ」
「ゴメン、ちょっと考えごと」
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「ツトム、わるいけど今日はこれで帰らせてもらうわ」
「どうしたんや、シノブ」
「ちょっと風邪気味で調子悪いのよ」
「それやったら、はよ帰り。大事なシノブが悪なったらアカンからな」
「ほんまにゴメンね」
でもコトリ先輩も、加納さんも本当に飛び抜けて素敵な女性で、あんな中に私が割り込めるのでしょうか。私の取り柄はお二人より若い点のみです。でも、この胸の息苦しさは間違いなく恋しています。私にも山本先生を恋する資格があるのでしょうか。もう、なにがなんだかわからなくなってきました。とりあえず、帰って寝よう。夜が明けて、昼の光の中で冷静になろうと一生懸命、自分に言い聞かせる帰り道でした。