鬼瓦部長から山本先生と会うのは『まだか、まだか』の目でにらまれ、社内ですれ違う重役たちからも『まだか、まだか』と目で訴えられてるようで弱っています。でもさぁ、山本先生だってお医者さんでお忙しいだろうし、加納さんだってあれだけ売れっ子のフォトグラファーなんですから、そんなに時間って作れないじゃないですか。もうウンザリと思っていたら、コトリ先輩から
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「シノブちゃん、来週の土曜日空いてる?」
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「カズ君がね、連れておいでって」
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「シノブちゃん、ここのお鮨はお勧めよ」
「先輩は来られた事があるのですか?」
「何度かね」
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「コトリちゃん、ゴメン。待った?」
「ううん、来たとこ」
「えっと、シノブちゃんだったっけ。来てくれてありがとう。ゆっくり楽しんでってね」
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「なにか苦手なものはありますか」
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「その質問、意味ないやん」
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「そうよ、嫌いって言ったら、必ず知らん顔して出すやんか」
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「大将、質問を変えた方がエエで、食べたらアレルギーで死ぬものはありますかって」
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「とくにありません」
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「料理の注文は予約した時にされてるのですか?」
「予約というか、この手のお店の基本はお任せなのよ」
「いくらぐらいなんですか」
「詳しくは知らない。前にカズ君に聞いたら『聞いたらメシが不味くなる』って言われたよ」
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「そういえば、カズ君が最初に私を連れていってくれたのもこの店だったよね」
「そうだったよな。あの時にコトリちゃんは『日本酒は苦手』と言いながら、どんだけ獺祭お代わりしたことやら」
「そうだったっけ」
「女将さんも覚えてしもて、コトリちゃんが来たらそれしか出さへんやんか」
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「これが獺祭ですか」
「そうだよ、それも二割八分の純米大吟醸。美味しい?」
「とっても」
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「カズ君さぁ、シノブちゃんを誘ったのは口説くつもり」
「なわけないやんか、どんだけ歳の差があると思てるねん」
「でも、わざわざこの店を選んだのは?」
「タマタマだよ」
「いいや、カズ君のタマタマは、ホントはタマタマやないのは、よ〜く、知ってるもん」
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「どうして私を誘われたのですか?」
「歴女の会だろ」
「あ、はい」
「ボクも歴史が趣味だからね」
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「そりゃ、コトリちゃん、もうちょっとやりたかったねぇ」
「そうなのよ、でもあれじゃ、あれ以上は無理だったわ」
「その先が面白いのに」
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「お二人が歴史ムックされるときは、いつもこんな感じなのですか」
「そうよ、カズ君は良く調べてるのよ」
「いいや、コトリちゃんの発想の切れ味には及ばないよ」
「そんなことないよ。カズ君がみっちり調べ上げてくれるから出来るのよ」
私は山本先生が加納さんと一緒の時と、コトリ先輩と一緒の時を較べていました。どちらも楽しそうなのですが、少し違いがあるように感じます。加納さんの時は大人の恋人同士、先輩の時は若々しいカップルぐらいに感じます。
どちらも本当にお似合いですし、どちらと結ばれても幸せになりそうです。でも山本先生がお相手できるのは一人だけで、どちらかは選ばれないことになります。それにしても、これだけ素敵な女性を天秤にかけて選べるなんて、なんて贅沢なことなんだろうと思います。
それにしても不思議な関係です。これって二股ではないですか。こういう関係は普通は成立しないはずなんです。女であれ、男であれ、恋する相手には自分だけを見て欲しいはずで、相手がもう一人見ていると知ったら、その関係の清算を迫るか、去っていくかになりそうなものです。私ならそうしてしまいそうです。
そうそう、例の業務命令を果たさないといけないのですが、私が水を向けかけると、山本先生はいつも上手に話題を逸らしてしまいます。お話自体は本当に面白くて、興味深くて、時間を経つのを忘れさせるものなのですが、肝心な話には近づけない感じです。帰り道は先輩と一緒でしたが、
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「シノブちゃん、どうしたの」
「ちょっと、考えごとを・・・」
「へえ、それは、聞きたい、聞きたい」
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「それねぇ、よくわからないのよ。ユッキーの予言に関連するんだけど、ユッキーはカズ君の次のお相手候補をシオリちゃんとコトリにしたのはわかるの。でもね、シノブちゃんの言う通り、どちらか一人でイイはずなのよ。コトリだって、シオリちゃんだってカズ君を幸せに出来るのは間違いないんだから」
「でも二人?」
「そうなのよ。それもね、もともとシオリちゃんだけだったのに、コトリが後から加わった感じ」
「それって、どういう事なんですか」
「なんでだろうねぇ」
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「あれね、二人の時もそうされてしまうのよ。肝心な話はどうしても出来ないって感じかな。でもね、もうすぐ話せる日が来そうな予感だけはあるの。コトリとシオリちゃんの間の焦点は、どちらが先に話せる日に当たるかなの」
「先に話せる方が絶対に有利じゃないですか」
「そうなのよ。その話せる日はコトリが先に来る気がしてる。その時が勝負になるわ」