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「結崎様ですね、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
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「お連れ様がお見えになりました」
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「結崎君、よく来てくれた。まずは席につきたまえ」
「失礼します」
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「とりあえず食事にしよう、話はそれからだ」
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「高野常務は小島課長とお知り合いなのですか」
「あの時の話か。小島君が入社した時の総務部長が私だよ」
「そうだったんですか」
「歴研の連中には悪いと思ったが、歴研に勝たす気はなかったんだよ。なんだかんだと理屈を付けて歴女の会に勝たせようと思っていたんだが、そんな事をする必要もなかったな」
「小島課長、すごかったです」
「私もあそこまでやれるとは思わなかった。私ですら途中から付いて行けなくなりそうだった」
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「そろそろ話を聞かせてもらおうかな」
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「・・・そのユッキーさんの予言の内容を具体的に聞いたかね」
「それが小島課長も教えてくれないのです。ただ、加納さんに会う機会があれば、課長が聞いたものですべてかどうかを確認して欲しいとは言われてます」
「そうなのか。しかし聞けば、聞くほど不思議な話だな。小島君や加納志織よりさらに素敵な女性がいて、亡くなった後も次の彼女の斡旋をしてるとは」
「そうなんです。ああいう開けっ広げな三角関係は通常なら成立しないと思うのですが、小島課長も加納さんも気にもされていないのです」
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「その話せる日だが、山本先生がコントロールされているのかね」
「そこもよくわからないのですが、小島課長は山本先生がコントロールしているのではないと考えておられるようです」
「では誰がコントロールを」
「山本先生の心の中に住み続けているユッキーさんじゃないかと」
「う〜む」
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「ところでだが、二人に直接会って話してみて、山本先生の心はどちらに傾いていると思うかね」
「どちらにというより、ユッキーさんに山本先生の心は今でもあります」
「小島君と加納志織が迫ってもなおかね」
「亡くなられて美化されている部分はあるかもしれませんが、高校卒業以来、会っていない小島課長でさえ、ユッキーさんを上に置いてられます。実際に会われた加納さんはなおさらです」
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「非常に有益な情報が得られて感謝している。最後にだが、あくまでも君の感想で構わないのだが、小島君に勝機はあるかね」
「正直なところ、小島課長も、加納さんも、女性としての魅力には甲乙つけがたいところがあります」
「そうだろうな」
「そんな中で、あえて一つだけ小島課長が有利な点はあると思います」
「ほう、それはどんな点かな」
「そこを山本先生が重視されるかどうかはわかりませんが、小島課長はその気なら専業主婦の選択も可能です」
「そうか、なるほど、加納志織が仕事をやめて引退するとは思えないしな。いやご苦労だった。高野常務、結崎君を送って帰ってやってくれないか」
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「高野常務、一つお聞きしたいことがあります」
「なんだね」
「コトリ、いや小島課長は入社した頃から、あんなに素敵だったのですか」
「そりゃ、もう。衝撃的だったとしても良いかもしれない。もう時効だろうから話すが、配属を巡って各部が争奪戦をやっていたよ。最終的に総務への配属が決まって、総務部に歓声があがったものだ」
「そんなに。でも、あれだけ素敵な人なのに、未だに独身なのは何故ですか。今だって、あれだけ結婚願望がお強いのに」
「その点については私も不思議だ。小島君は当然のことだがもてていた。彼氏がいたことも知っている。でも、どれも長続きしないのだ」
「なにか理由があるのですか?」
「うむ、一度だけそれらしきことを聞いたことがある・・・」
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「小島君は何人か彼氏を作って恋愛していたが、たとえ実らなくとも天使の微笑みが途絶えたことはなかったのだよ」
「そうなると、失恋して微笑みが絶えたのは二年前の事件の時が初めてなんですか」
「そうだ。もう少し言えば、これまでの恋人相手の時は、微笑みの輝きが増すこともなかったのだ」
「ということは、もしかして・・・」
「結崎君もそう思うかね。今度の恋は、いや二年前から続いてるこの恋は、小島君が運命の人と考えてる相手としか、私には思えないのだ」
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「そんなところまで話が進んでいたとは。その話が破談になったショックが二年前の失恋事件の真相だったのか。そりゃ、小島君もショックだったろう。そんな悲しみに暮れていた小島君に、いかに我が社のためだとはいえ、作り笑いを強制させて悪いことをした」
「そこまで小島課長が入れ込まれたのですから・・・」
「間違いないだろう」
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「これもわかる。そこまでの恩を受けて大切にされたなら、一途になって何の不思議もない。我が社のためには小島君に勝ってほしいが、こりゃ、どっちが勝っても、負けても大恋愛だろうな」
「高野常務」
「なんだね」
「常務は小島課長の味方ですか。いや、会社のためだけでなく、課長個人に対してです」
「うむ。はっきりいうと、小島君個人の味方だ」
「常務も好きだったのですか」
「これ、妻子持ちになんという質問を。でも結崎君なら言っておいて良いだろう。私だけでなく、重役会議のメンバー全員がそうだ」
「そうなんですか」
「もちろん全員と言っても温度差はあるが、社長と綾瀬専務、それと私は『とくに』の方なんだ。さすがに、会社を潰してまでとは表立って言いにくいが、最悪そうなっても仕方がないと、最後のところは腹を括っているよ」
「立ち入った質問にお答えいただき、ありがとうございます」
「そうだ、そうだ、これから小島君の件に関しては私が君への担当になる。社長も、綾瀬専務も本業の方で忙しくて十分に対応できないからだ。それで了承してくれるか」
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「今回の件が終り、会社が生き残っていたら結崎君にはキチンと報いるつもりだ。それだけの仕事をしてもらっている。仕事内容の評価も非常に高い。これだけ的確に相手を観察し分析できる能力は、今後も我が社のために活用したいからだ。ただ、この件が終わるまでは待っていて欲しい」