とにもかくにも大変な事態の真っ只中に私はいます。会社の行方を左右しかねないコトリ先輩の恋がまずあり、これを重視した重役会は、私をその恋の情報収集役に命じています。私は新しい情報が入るたびに、私の担当となった高野常務に報告に行っているのですが、情報収集の過程で山本先生に三度会っています。ところが今度はその山本先生に魅かれ始めてしまい、恋人のツトムとの仲がギクシャクし始めています。もう私の頭の中は色んな想いで爆発寸前です。
とはいえ、相談するにも相手がいません。サキちゃんには会社の重要事項に関係する事だから話しにくいし、コトリ先輩に山本先生がらみのことを相談するのは無理です。もちろんツトムにもできません。思い余った私は、
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「高野常務、ぜひ相談に乗って頂きたいことがあります」
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「なんだね、小島君のことかね」
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「失礼しました。なんでもありません」
「結崎君、どうしたんだ。最近、様子がおかしいぞ。失恋でもしたのかな」
「本当になんでもありませんから、気になさらないで下さい」
「そうはいかん。小島君問題では、君は私の大事な部下だ。部下が悩んでいるなら、それをなんとかするのが、上司の務めだ」
「そんなお気遣いは・・・」
「今晩は空いているかね、飯でも食いながら話を聞かせてくれ。君はホントによくやってくれているから、それぐらいはさせて欲しい」
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「あははは、ちょっとしたデート気分かな。私だって君のような若い可愛い子と飯を食うとなるとワクワクするんだよ」
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「いらっしゃいませ」
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「高野常務、お久しぶりです。今日はこんな可愛いお嬢さんとデートですか」
「そうだよ、羨ましいだろ」
加納さんも飛び切りの美人と思いましたが、女将さんの若いころはそれ以上だったかもしれません。そうそう、若いころと言っても実年齢は同じぐらいと思うのですが、とにかく加納さんにしろ、コトリ先輩にしろ年齢不詳もイイところなのです。そうですねぇ、女将さんが二十代の頃なら加納さんさえ凌いでいたかもしれないぐらいです。
それと大将も背が高くて、惚れ惚れするほど格好が良いのです。女将と大将はご夫婦だと思うのですが、まさに絵に描いたようなお美しいカップルにしか見えません。もちろん出てくる料理も絶品です。
そう言われて大将を見直すと思い出しました。子どもの頃に見たことがあります。-
「ひょっとして、あの水橋投手」
「そうだよ」
「うぁ、サインが欲しくなります」
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「専務、その話はそれぐらいでお願いします」
「まあ、良いじゃないか、この子に、あの名投手水橋裕司の知り合いだって自慢するぐらいは」
「常務にはかないませんわ」
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「大将は甲子園に行かれたのですか」
「県大会の決勝でサヨナラ負けだったから行けなかったよ」
「学校はやっぱり極楽大附属とか、SSU附属みたいなところだったのですか」
「いいや、準決勝がSSU附属で、決勝が極楽大附属だった」
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「思い出しました。あの伝説の十連続敬遠の時ですね」
「伝説は大袈裟だけど、そうだよ。とにかく決勝ではちょっとヘバってしまって大変だったんだ」
「じゃあ、学校の名前は、えっと、えっと」
「明文館っていうけど、知ってるかな」
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「大将はフォトグラファーの加納志織さんをご存知ですか」
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「女神様ですね」
「御存じだったのですか。もしかして同級生ですか」
「女神様は一つ下ですよ」
「では天使もご存知ですか」
「小島さんもよく存じてますよ」
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「もしかして竜胆薫さんですか」
「あれ、良く知ってるね」
「コトリ先輩から聞いたことがあります」
「あれまぁ、小島さんは今でもコトリって呼ばれているのね」
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「山本さんてご存知ですか」
「山本? 男性ですか、女性ですか」
「男性で、コトリ先輩と同学年です」
「山本、山本・・・ああ、思い出したユッキー・カズ坊のカズ坊だわ」
「どんな人でしたか」
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『ユッキーと呼べるのはカズ坊だけ、カズ坊と呼べるのはこのユッキー様だけよ』
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「小島さんや、加納さんに聞いたらもっと知ってると思うけど、私は一つ上だったからあまり知らなくてゴメンナサイ」
「でもそんな呼び方をするぐらいですから、ユッキーさんとカズ坊さんは付き合っておられたのですか」
「たぶん付き合ってなかったと思うわ。とにかく氷姫だったし」
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「色恋に無縁の笑わん姫君、真冬の月、学校で一番怖い人って意味だよ。オレでも怖かったぐらいやった。平気やったんは天下無敵のカオルぐらいちゃうか」
「私だって震え上がるぐらい怖かったですよ。氷姫を怖くない人なんていなかったんじゃないですか」
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「結崎君の情報収集能力がわかった気がする」
「どういうことですか」
「私もこの店に通って長いが、小島君と大将や女将が同じ高校とは思いもしなかった。それも学年一つ違いだったとは。ああやって君は情報を集めてくるんだね」
「たんなる野次馬根性です」
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「実は山本先生が良くわからないのです」
「どういうことかね」
「山本先生がユッキーさんと結ばれた話はご存知ですね」
「うむ、知っている」
「このユッキーさんは、小島課長も、加納さんも一目置くほどの素敵な方だったと見てよさそうです」
「そうらしいな」
「でも、氷姫でもあったのです」
「色恋に無縁の笑わん姫君って大将も言ってたな」
「それを可愛くしてしまったのが山本先生であると思うのです」
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「あれかね、恋する女は綺麗になるってやつか」
「それもあるのですが、異様なぐらい変えてしまってるように感じられてならないのです」
「どういうことかね」
「小島課長と、加納さんのユッキーさんへの絶賛ぶりが度を越しているように思うのです」
「でも、同級生だし故人だからもあるのじゃないのかな」
「私が聞いた限り、そんな風に受け取れないところがあります」
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「ユッキーさんに関しては、氷姫時代はここの女将も大将も良く知っているようだが、最後に可愛くなった時を知っている者は殆どいないだろう。小島君ですら会っていないのだから判断は微妙だな」
「では、一つお聞きします。これはお世辞など一切抜きで、冷静かつ客観的な評価が必要ですが、お願いしても良いですか」
「おお、いいよ」
「非常に答えにくいと思いますが、良いですか」
「わかった。可能な限り、冷静かつ客観的な評価を下そう」
「ではお尋ねします。私は変わってませんか」
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「これはお世辞でもなんでもない、それは私を信用して欲しい。間違いなく結崎君は綺麗になっている。それも格段にだ」
「やはり、そうですか」
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『シノブちゃん、綺麗になったやん』
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「結崎君、結崎君」
「すみません常務。ちょっと考えごとをしていたもので」
「で、どういう事なんだね」
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「そんなに魅力的な人物なのかね」
「そして危険です。危険と言っても、襲われたりではありません。むしろ、そういうことはまずされない方です。ただし一旦魅かれてしまうと、まるで中毒患者のように離れられなくなる危険さと言えばわかってもらえるでしょうか」
「そんなにか」
「私は正直なところ、小島課長や加納さんが、あれほど長期間に渡って山本先生を恋い焦がれる理由がわかりませんでした。たしかに優しくて、包容力のある方ですが、見た目がイマイチなので気が付きにくいところです」
「うむ」
「でも、一旦魅かれてしまうと、もうどうしようも無くなります。そうなってしまった変化の一つが、容貌の変貌です。簡単に言えば、綺麗になる、可愛くなるです。専務も私のことを『そうだ』と認められた通りです」
「でも、小島君や、加納さんの容貌にそこまでの変化はない気がするが」
「そうとは思えません。失礼かと思いますが、小島課長にしろ、加納さんにしろ、あの歳で衰えがなさすぎます。専務は小島課長を入社時から知っておられると思いますが、課長の容貌に衰えはありますか」
「正直なところ、ほとんどない。今でも余裕で二十代だ。むしろ女将と一つ違いと聞いて驚いたぐらいだ。女将だって十分若々しいのだが、小島君と較べると桁が違う」
「もちろん理由など説明しようがありませんが、山本先生に魅かれると相手はそうなってしまうのです」
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「だからといって山本先生がとくに悪いことはされていないと思うのだが」
「なにも悪いことはされていません。ただ私は怖いのです。たった三回しかお会いしていないのに、自分を押さえる自信がなくなって来ています。あのお二人の中に割って入りたい欲望を押さえる事が出来なくなってきているのです。私が、どれだけ魅かれてしまっているかは、専務の評価通りで良いかと思います」
「そうなるのは・・・」
「そうです。我が社にとって良くないことです。またあのお二人と競って勝てる要素など無いのもわかっています。ですから、この仕事から私を外して頂けませんか。今なら時間さえかければ、恋心を抑え込めるかもしれないからです」
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「この問題は大きすぎて、私の一存では決めかねる。それ以前に、結崎君の代わりを務められるほどの人材は探してもいないだろう。少し預かりにさせて頂きたい」
「御無理を申し上げまして、申し訳ありません」
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「山本先生は昔からそうだったのだろうか」
「たぶん違うと思われます」
「なにか理由があるのかね」
「女将さんも大将も山本先生のお名前も、その存在も知っておられましたが、さほど詳しくは知っておられませんでした」
「それは学年も違うし」
「小島課長や、加納さんは同学年で、同級生であった時期もあったようですが、高校時代にはとくに恋愛関係になかったと仰ってました」
「そうなのかね」
「はい、さらにユッキーさんとは漫才までやった関係であるにも関わらず恋愛関係に至っていないと女将さんも大将も証言しています」
「氷姫はよほど怖い人だったみたいだね。あの天下無敵の女将でさえ怖かったというぐらいだから」
「おそらく、高校卒業後のある時期から変わられたかと」
「いつからかな」
「これだけの情報では判断しかねます」
「やはり結崎君の情報分析能力は素晴らしい。失うには惜しすぎる人材だ。たとえ、ここで下りることになっても、君への評価と、これまでの貢献は高く評価するから安心したまえ。社長や綾瀬専務ともよく相談して、君の活用法を考えてみる」