シオリちゃんには本当に感謝してる。一緒にって誘ったけど仕事があるからって。ホントかしら、きっと二人の時間を邪魔しないようにってしたのよきっと。ここのバーも本当に久しぶりやわ。ここでカズ君と二回もチェリー・ブロッサムの祝杯を挙げたんだ。なんにも変ってないんだ。カウンターも、酒棚も、マスターも。
-
「お久しぶりですね。今日は御一人ですか?」
-
「ううん、待ち合わせなの。とりあえずジン・リッキーちょうだい」
「かしこまりました」
あれから一年半ぐらいかな、いやいや二年近くだと思うけど、あの頃の続きをしたいなぁ。うん、したいんじゃなくて『するんだ』なんだ。そのためにコトリはここに来てるんだもん。ユッキーも、シオリちゃんもその日のためにあれだけ頑張ったんじゃない。コトリだって負けないもん。でも不思議だなぁ。カズ君に振られてから、結局誰とも付き合わなかったもんね。申し込まれたけど、どうしても気が乗らなかったの。
会うどころか、話もしていないのにとっても不思議。シオリちゃんから聞いた話だけで、どんどん好きになっちゃったもん。シオリちゃんも、ユッキーも同じ気持ちだったのかなぁ。まだ二人に及ばないかもしれないけど、ちょっとだけでも追いついた気がするんだ。
でもよくよく考えてみれば可笑しいね。カズ君はたしかにイイ人だけど、見た目はパッとしない人だもん。まあまあ、嫌いじゃないけど恋愛対象にするにはチョットってところかな。
それなのに、カズ君を愛した女性は、女神様、氷姫、それに天使のコトリ。オールスター夢の競演みたいなものじゃない。あの頃の氷姫はともかく、天使と女神がカズ君の争奪戦をやってるなんて聞いたら、みんな腰を抜かすんじゃないかしら。
それもだよ、そろいもそろって人生を懸けての大恋愛だよ。ホント人生ってわかんないもんだね。そう考えると、カズ君が本当の意味で失敗したのは、みいちゃんを最初に選んだことだったと思うの。みいちゃんはたしかに可愛いけど地味な子だったわ。バランス的には善人やけどパッとしないカズ君と地味なみいちゃんだから、悪くはなかったと当時は思ってたの。誰も嫉妬しないってところかな。もちろん氷姫は除くけど。
シオリちゃんから聞いちゃったんだ。みいちゃんがカズ君との復縁を望んでた話がどうなったかって。あれもずっと気になってたの。だって離婚してカズ君に迫るには十分な時間が出来ちゃったんだもん。どうなったかは嫌でも気になるやん。
それがちょっと唖然としちゃった。坂元君に会った途端に引っ付いちゃったって。なんなのよ、あの『返事を聞かせてもらう』ってお話。男なら誰でも良かったんじゃない。たぶんね、みいちゃんは結局のところカズ君の外側しか見えなかったと思ってるの。
自分より格下でいつでも使い捨てして良いぐらいの扱いかな。そう思われちゃうところはカズ君にはあるけど、あれだけ付き合ってて見えなかったんだろうね。ちょっと可哀想な人の気がするわ。でもみいちゃんを選ばなくてカズ君は良かったと思うの。あの程度の女より、シオリちゃんも、ユッキーも何万倍もイイ女よ。コトリだって負けてないつもりだもん。こんなイイ女が恋い焦がれる男を見えない女に、カズ君をどうにかする資格なんてないと思うの。
坂元君の話も少しだけ聞かせてもらったけど、まさに幻滅。シオリちゃんも後悔してた。ホントに男を見る目がなかったって。コトリもそう。あんな男とカズ君を天秤にかけていたコトリが嫌になっちゃうよ。そういう点でユッキーは凄いと改めて思ったもん。カズ君以外はなんにも見てなかったんだからね。やっぱり優等生は目の付け所が違うって感心したもん。
まだ時間があるね。もう一杯飲んじゃおうっと、
-
「すみません、モヒート下さい」
-
『世界一のイイ男』
カズ君って穏やかで暴力とかは無縁の人なんだけど、だからって弱いって訳じゃないの。二人で旅行に行った時にチンピラ連中に絡まれちゃったの。
どうもコトリに目を付けたみたいですごい怖かった。頼りになるのはカズ君だけしかいないし、と言ってカズ君が頼りになるかというと無理そうだもん。せめて相手が一人か二人だったら、カズ君が頑張ってくれてる間に逃げて助けを呼びにいけるかもしれないけど、五人もいたんだ。カズ君がコテンパンにされて、次にコトリがって思うと絶望感しかなかったのよ。
ところがね、カズ君見たら涼しい顔してたんだ。そしたらね、三分とかからなかったの。もっと短かったかもしれない。それこそ『アッ』と言う間にそのチンピラ連中は地べたにオネンネしてるの。カズ君は息一つ切らさずに
-
「コトリちゃん黙っといてね、素人相手だからあんまり良くないんや」
-
「ああなる前に逃げないといけないの。あれは失敗だった」
そういえばカズ君は写真も上手いんだ。写真といえばシオリちゃんだけど、なんとなく似てるの。カズ君とシオリちゃんは一緒に暮らしていた時期があったから、シオリちゃんから教えてもらったと思ってたの。だからコトリもね、教えて欲しいなぁって思ってシオリちゃんに聞いてみたらね、
-
「とんでもない!」
でね、でね、カズ君が撮ってくれた写真を見せてあげたの。そしたらね、シオリちゃんがだんだん難しい顔になって、それこそ眉間にしわ寄せて、最後にツー・ショットのところで釘付けになっちゃったの。妬いてるのかと思ってたらそうじゃなくて、
-
「どんなカメラで撮ったの?」
-
「神業」
カズ君ってホント自慢話をしないのよね。格闘技にしても、写真にしても、もっと自慢したってイイじゃない。別にホラ吹いてる訳じゃないし、掛け値なしの実話やん。自慢話ばっかりするのも良くないと思うけど、カズ君の場合はちょっと極端すぎるところがあると思うの。
なんかね、自分の良いところを一生懸命隠して回ってるようにしか見えないの。あれって謙虚なんてレベルとは思えないもん。それでいて聞かされるのは弱点ばっかりって感じやん。だから軽く見られるかもしれないけど、正体が見えだしたら全然違って見えるようになっちゃうの。コトリはね、そういう男こそ本当のイイ男と思ってるんだ。
そうそう、コトリはカズ君の一番凄いところを知ってるの。コトリはカズ君のプロポーズを喜んで受けてるのよ。わかる? コトリが受けた時には格闘技の事も、写真の事も知らなかったのよ。それでもコトリは大喜びで婚約指輪を受け取ってるの。手紙の件がなければ、とっくに奥さんだったのよ。別に自慢話なんかしなくたって、弱点しか話さなくたって十分に魅力はあるんだよ。コトリが男を見る目がないって? そこまで言うなら、天使と、女神と、菩薩が恋い焦がれる男を連れておいで。話はそれから聞いてあげる。
早く会いたいな。シェリー・バーでカズ君に再会したシオリちゃんもこんな感じだったのかな。あのシオリちゃんがカズ君が本当に来ると聞いてどれだけ慌てたかの話も聞いちゃったよ。まるでウブな小娘が恋い焦がれた男に初めて会う時みたいに赤くなったり、蒼くなったり、ソワソワしまくりでビックリしたって、あそこのマスターが言ってたもん。
-
「カランカラン」
-
「久しぶり」
「うん」
-
「手紙の件はゴメンな。あれはボクの一方的な誤解やった」
「うん」
-
「これだけは直接会って謝っとかなアカンと思ててん。本当にゴメン」
「うん」
-
「それとユッキーの話をシオから聞いたよね」
「うん」
「結果的やけどああなっちゃったから、婚約の話は無しにしてね」
「うん」
-
「ゆ、び、わ」
「ああ、あれか。あげたもんやから悪いけどそっちで処分しといて。売ったら小遣いぐらいになるかもしれへんよ。少ないけど慰謝料って思といて」
こうやってコトリにとって最悪の一夜になっちゃいました。なにを言われても『うん』ぐらいの返事しか出来ないの。必死になってなにかを話そうとしても、どうしても言葉にできかったの。あれだけ気合入れてきたのに自分の醜態が自分で信じられないってところなの。時だけが過ぎて行き
-
「今日は久しぶりに会えて楽しかったわ。また機会があったら飲もね」