浦島夜想曲:バーでの密談

 夢中で半年ほど過ごして、

    「サトル、飲みに行くよ」

 食事の後に連れて行かれたのはバー。

    『カランカラン』

 白髪の老マスターが

    「これは加納先生、お久しぶりです」
    「マスターも元気そうでなによりね」

 バーなんて慣れてないもので、

    「わたしはマンハッタン。サトルは」
    「えっとえっと。こういうところはあんまり縁がないもので」
    「そうだったわね。マスター、モヒートにしてあげて」
    「かしこまりました」

 カクテルが来てカンパイしたところで、

    「お待たせ」
    「こっちも今来たばっかりよ」

 あの若い二人組です。

    「どう星野君は」
    「頑張ってるけどね・・・まだまだね」

 やっぱり、まだそれぐらいの評価か。

    「ダメなの」
    「そうじゃないよ、技術だけならとっくに一流よ。でもね、技術だけじゃ食えないのがこの世界。殻を破って自分の世界をつかむまで、もう少し時間がかかるかも」
    「厳しいのね」
    「あったりまえよ。そんなに簡単に食えるのなら、世の中カメラマンだらけになっちゃうでしょうが」

 シオリ先生がボクに期待してるのは、そこまでのレベルと改めて思い知らされました。

    「で、毎晩なの」
    「なんの話よ」
    「もちろん燃えるほうよ」
    「ユッキーやコトリちゃんと同じにしないでちょうだい」
    「ホントに」

 なんの話だろう。

    「ホンマにシオリちゃんは最後に必ずさらっていくからなぁ」
    「さらってないよ。写真の弟子だよ」

 それにしても三人並ぶとまさに美の競演。

    「星野君、悪かったね」
    「なにがですか」
    「加納賞、落選しちゃったでしょ」
    「力不足でした」

 ここでシオリ先生が、

    「あの審査腐ってるわ。なんであれが入選で、サトルが落選なのよ」
    「あれっ、下の名前で呼び合う仲なんだ」
    「だから、カズ君を裏切る気なんてあるわけないじゃない」
    「どうだろ」

 お二人にもオーダーが来たのでカンパイ。

    「ユッキー、難しそう?」
    「ちょっと細工に手間取っちゃって。時間がもう少しあれば加納賞に間に合ったのだけど」

 ここでもう一人の方が、

    「さらわれたんは悔しいけど、星野君に取ってはシオリちゃんの弟子になって良かったとは思とるで。加納賞とるよりエエんちゃうか」
    「だから、さらってないって。まあ、来年からの応募資格なくなっちゃったけど」

 これはオフィス加納の内規みたいなもので、シオリ先生の弟子は応募しない事になっています。

    「でも時間をかけた分だけ、おもしろなってる部分もあるで」
    「でしょうね。また聞きたいわ」
    「近いうちにね」

 ここでお二人が突然ボクに向かって、

    「それにしても星野君が年上趣味とはね」
    「そうやそうや、コトリとユッキーの方が見た目が若いから絶対有利やと思てたのに。ここまで年増好みとはおもわへんかった」
    「油断だったよね、コトリ」
    「ホンマやでユッキー、やっぱりあの夜にお月見とシャレこんだんが失敗やった」

 お月見ってなんの話だろう。

    「そういえば、請求書がまだ来てないんだけど」
    「あれは復活祝いよ」
    「うちは乞食じゃないよ」
    「もちろん元は取らせてもらうわよ」

 そこから何やら相談があり、

    「それだったら費用払うわよ」
    「でも受け取ってるじゃない」
    「やったな」
    「でもオモシロそうでしょ」
    「まあね、ある意味、フォトグラファーの夢みたいなものだし」

 そこで二人は笑いながら、

    「シオリ、ひょっとして結婚祝いと勘違いしてたとか」
    「するわけないでしょ」
    「そうや、勝負はまだ終わってへんで。あれは敵に塩を送る余裕やからな」
    「だから・・・」

 再びボクに話が、

    「五人の中で誰が一番好みだったの?」
    「えっ、その、誰って言われても」
    「やっぱりシオリだったの?」
    「先生は尊敬する師匠です」

 でも本音で言うとシオリ先生が一番です。シオリ先生は口癖のように、

    「八十のババア」

 こう仰いますが、どう頑張ってもそう見えないのです。なんだかんだと話がありましたが、

    「ボチボチご老公の出番があるかもしれへん」
    「誰が御老公なのよ」
    「その時は頼むわ」
    「わかってる」

 それにしても誰なんだろう。帰りに、

    「あのお二人は誰なのですか」
    「香坂さんの上司よ」

 たしか香坂さんは会社のエライさんだったはず。エライさんのさらに上っでどういうこと。

    「サトルにそんな事を考えてる時間はないわよ。ここで伸びなきゃ、ただのカメラ小僧で終わっちゃうよ。二十四時間、寝てる時でも考えててちょうどイイぐらいだよ」

 これも前にシオリ先生に聞かせてもらいましたが、先生が自分の世界をつかむ時には、素っ裸で写真を撮っているのさえ気づかなかったそうです。

    「見られたのが、死んだ旦那だったから良かったようなものだけどさ」
 よっしゃ、明日こそシオリ先生をギャフンと言わせてみせるぞ。