コトリちゃんが会いたいって言ってるんだけど、どうにも嫌な予感がするの。会えばカズ君に会わせてくれの話になりそうで仕方がないのよ。二人が会えば確実に運命の歯車は回る気がするんだけど、今はまだ回って欲しくないの。だから仕事を理由に何度か断ったのだけど、さすがにそろそろ限界みたい。
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「・・・シオリちゃんに一つお願いがあるの」
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「シオリちゃんは山本君の事をカズ君って呼んでるけど、コトリもそう呼んでイイかなぁ」
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『ユッキーと呼べるのはカズ坊だけ、カズ坊と呼べるのはこのユッキー様だけ』
そりゃ恥しいし、次から自分が何を言われるかと思うと普通は言えないよ。それでもユッキーはカズ坊の呼び名を自分のものにするためなら平気で出来たんだ。なんて強い人だったんだ。どんだけカズ君のことを思ってたんだよ。情けないことに私には出来ないよ。私だってカズ君の呼び名を私だけのものにしたいのに、シオリ様にはなれそうにないの。やっとの思いで話したのは、
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「う〜ん、まあイイけど、でもカズ君に聞いてからにしたら」
「じゃ、カズ君と呼ぶよ」
「う、うん」
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「で、カズ君どうなの?」
「とりあえず元気になって来てるみたいよ」
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「木村さんを失った痛手は」
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「そりゃ、大きいわよ。だって夫婦だったもん」
「えつ、恋人じゃなくて結婚してたの」
「う〜ん、籍は入れてないけど、カズ君は交際を申し込んだんじゃなくて、いきなりプロポーズしたんだよ」
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『そりゃ、毎日やってればね』
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『そんときはストーカー呼ばわりされても口説き落とすつもりだった』
そして見つけ出したのがユッキーを奥さんにすること。恋人じゃなくて結婚して奥さんにする事だったんだ。ユッキーがカズ君のプロポーズを受けた瞬間からがっちり結ばれた夫婦だったんだよ、絶対にそう、間違いないわ。
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「それでも式とかはなかったんでしょ」
だからユッキーは倒れてから、あの病室を選び、あの病室から動こうとしなかったんだ。あの病室はユッキーにとってどんな大聖堂より神聖な場所だったんだよ。そこはユッキーが可愛いユッキーになり、カズ君の奥さんになった大事な大事な部屋だったんだよ。
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「そうだったんだ、知らなかった」
「私も聞いてちょっとビックリした。まあ戸籍上はともかく心のバツイチって言ってたよ」
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「じゃあカズ君に再婚の意志はないの」
でも、それを言ってしまえば、運命の歯車が確実に回ってしまうやん。ああん、もうちょっと前なら再婚の意志なんてないって、心の底から言えたのに、ここまで引っ張ったばっかりに言えばウソが混じってまうやん。ウソはあかんよね。恋の勝負に駆け引きはあってもウソは良くないよ。それに私はユッキーからカズ君を宜しく頼むと託された、ただ一人の人間だよ。そこまで信頼してもらってるユッキーを裏切ることはできないのよ。
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「もうちょっと時間がかかるかもしれないけど、カズ君は立ち直ってきてるから出来るかもよ」
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「カズ君はコトリのことをどう思ってるかなぁ」
でもね、これもカズ君に聞いちゃったんだ。ホント聞きゃなきゃ良かったんだけど、つい口が勝手に動いちゃったの。そしたらね、
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『あれは悪いことしたと反省してる。一度会って謝りたいんだ』
ここでコトリちゃんに『カズ君は会いたくないって』と言っておき、カズ君には『コトリちゃんはもう会いたくない』ってすれば話は終りそうなのは見えてるやん。誰にもバレないし、後は時間をかけてカズ君を落としたら、私にとって万々歳やのに。どうしてもそれが出来そうにないの、どうしてなの、
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「カズ君も一度会いたがってた。今度セッテイングしとくね」
「ほんまに、ありがとう、うれしいわぁ」
やっぱり自分を最初に淀君に喩えたのが拙かった。淀君じゃ絶対勝てへんやん。えっと、えっと、他なら、他なら、お市の方、篤姫、皇女和宮。なんでやねん、みんな悲劇のヒロインばっかりやん。もうちょっと歴史の勉強しとけば良かった。