女神伝説第2部:戦いすんで

 ガイウスと呼ばれた男がぶっ倒れてから、もう一人の女が現われます。

    「コトリ、トドメよ」
    「しょうがないね。わかったわ」
 コトリと呼ばれた女は男に手を当てしばらくしてから、
    「終わった」
    「ご苦労様」
    「でも、トドメすらいらないぐらいだった」
    「そりゃね。コトリとカズ坊にあれだけの事をしたんだから、これぐらいはね。ついでにエレギオン滅亡の恨みも込めてね」
 もう一人の女は涼しい顔で立ってます。
    「にしても鮮やかね」
    「そうじゃないよ、コトリが下手過ぎるのよ」
    「違うよ、ユッキーが上手すぎるの」
 そうやって顔を見合わせています。
    「ところでユッキー、それ誰なの」
    「お手伝いさん。今どきだったらハウスキーパーさんかな」
    「可愛いやん」
    「そうでしょ、ずっと目を付けてたの。魔王戦の時には出番がなかったけど」
    「居心地は」
    「ベリー・グッド。やっぱり女がイイ。ちょっと、見て見て」
 ユッキーと呼ばれた女ははしゃぐように踊っています。
    「乗り換えるの」
    「そうしたいのはヤマヤマだけど、戻る」
    「義理堅いね」
    「まあね。でも、時々使わせてもらおうかな。いくらカズ坊でも男の体は居心地悪いから」
    「それもイイと思う」
 そこから二人でキャッキャッとはしゃぎながら神戸空港に向かって歩きながら、
    「また一人減っちゃったね」
    「そうだね、まだ他にいるのかな」
    「最後の生き残りかもしれない。とくに記憶を受け継ぐタイプはね」
    「そうなると、いよいよ二人だけ」
    「そうよねぇ」
 風が強くなってきました。
    「コトリは殺したくなかったんじゃない」
    「まあね、寂しいじゃない、二人だけって。なんとか昔話を出来る知り合いを増やしたかったの」
    「そうだと思った。だから、あそこまで頑張りすぎちゃったのよね」
    「でも二千年しても武神のキャラは変わらないのよね。ガイウスならなんとかわかりあえると思ったけど無駄だった」
    「いつから気づいてたの」
    「内乱記読んでから」
 二人は何かを思い出しているようです。
    「わたしたちって何なんだろう」
    「その話は数えきれないぐらいしたじゃない」
    「そうね、でもやっぱり疑問。人からは女神って呼ばれるけど、本当はそうじゃないのは良く知ってるし」
    「うん」
 コトリと呼ばれる女は、
    「ちょっと新説を聞いてくれる」
    「またぁ、まあイイわよ」
    「地球って流刑地じゃなかったのかなぁ。わたしたちの種族がいつ地球に現れたなんて、もうわからないけど、現われた時にはまだ文明も文化も無くて、それこその原始時代に放り込まれたぐらい」
    「シベリア流刑みたいなもの」
    「もっと酷いと思う。流刑地で生きて行くためには原始人を宿主として寄生する以外に方法はなく、種族を増やす方法すら奪われてた。地球を流刑地に出来るぐらいだから、そりゃ高度の文明社会に生きていたはずだから、耐えがたい苦痛だと思うよ」
    「わかった。だから聞きたかったのね。ガイウスなら地球に来た時の記憶も残っているかもしれないって」
    「そうなの。コトリもユッキーも長いと言っても記憶の始まりは五千年前のシュメールのアラッタからだからね。ガイウスなら、流刑になる前の記憶さえもってると思ったのよ」
    「聞けたの」
    「ダメだった。でも、流刑当初のサバイバル時代の記憶は辛すぎたと思うから、記憶を封印してたかもしれない」
    「それとも、地球外生物では、そもそもなかったとか」
    「まあね、どっちかはもう永遠にわからなくなっちゃったし」
 しばらく沈黙が続いた後に、
    「コトリがわたしたちのルーツを知りたがるのは昔からだけど、もうどうでもイイと思ってるの。コトリの説のように地球外生物であっても、今さら母星に戻りたいなんて思いもしないもの。この世がわたしたちのすべてじゃない。たしかにわたしもコトリも女神じゃないのは自分が一番よく知ってるけど、人が思う女神みたいなものにはなれるもの。それで十分の気がする」
    「ユッキーの持論だね。でもコトリも最近はそう思うようになってる。三座や四座の女神が、今の記憶だけで、わたしたちの能力をつまみ食いしながら活かして暮らしている様子が羨ましくて仕方ないもの」
 そこからユッキーと呼ばれる女性が悪戯っぽく笑って、
    「コトリは、クソ魔王戦も、偽カエサル戦も楽しんでいたでしょう」
    「あれ、バレてた」
    「そりゃね。わたしたちは命のやり取りをするぐらいの刺激がないと退屈で仕方がないし、それで死ぬことなんて大したことじゃないもの。死ぬって事は、この永遠の記憶からオサラバできるから嬉しいだけよ」
    「ま、その通りだけど」
    「そう言えば、三座や四座の女神が、コトリが騙されてるって、真剣に心配して相談に来るんだよ。これに真面目な顔して応対するの大変だったんだから」
    「そりゃ、ゴメン。よく笑わずにいれたね。ユッキーって、あんな厳めしい顔が出来るのに本当はゲラもゲラ、大ゲラだもの」
 そうやって笑ってます。
    「でも彼女たちや佐竹君、マルコやカズ君に感謝してる。今のコトリをあれだけ心配してくれてるんだもの」
    「でもちょっとだけ危なかったんじゃない。ヘロインとかも使われたって聞いたけど」
    「またぁ、あれは人には影響するけど神には関係ないもの。もっとも人の方はフラフラになるから、やばかったと言えばやばかった」
    「よく頑張ってくれたね」
    「感謝してる。あの助けがなくと、どうにかなったというか、人の方が廃人になっても死んだら移るだけなんだけど、今の体に愛着あったし」
    「わかる。わたしたちにとっては、ほんの一瞬の通りすがりの人だけど、女神はそんな通りすがりの人が好きだもんね。コトリが今のこの時間を大切にしたい気持ちが痛いほどわかるもの」
    「だから、ユッキーもカズ君の中にいるんでしょ。コトリも今のこの時間が、だ〜いすきなの」
 ユッキーと呼ばれる女性は急に真顔になり、
    「でもね、お願いがあるの」
    「あれ、ユッキーからのお願いとは珍しい」
    「一人にしないで」
 コトリと呼ばれる女性は満面の笑みを浮かべて、
    「約束する、ユッキーを一人にしない」
    「ありがと」
 やがて空港に着いた二人ですが、
    「やっぱりユッキーは女がイイ。カズ君の中にいたんじゃ、話も出来ないやん」
    「そう思ってくれる、これだけ相性が悪いのに」
    「本気でそんなこと思ったことある?」
    「一分一秒たりともないよ」
    「もちろん、コトリも」
 ポートライナーで三宮に向かいながら、
    「ユッキー、今夜はどうするの」
    「帰るつもりだけど」
    「ウソついてもバレバレよ」
    「コトリには敵わないな。そうよ、久しぶりに女を存分に楽しむつもり」
    「じゃあ、コトリも付き合う」
    「あれだけ、ガイウスとやっても満足してないの」
    「あんなものはオードブル」
 ユッキーと呼ばれる女は含み笑いをしながら、
    「じゃあ、今夜は二人でフルコースを楽しみましょう。何百年ぶりかしら、二人でトコトン羽目を外すのは」
    「でも、イイのその子。ずっと使うのならまだしも、今夜だけでしょ。それに初めてだったら羽目を外しきれないよ」
    「もう、コトリったら、私みたいな事を言うんだから。それ、本気で心配してる?」
    「まさか。聞いてみただけ。代償もちゃんと出すんでしょ」
    「もちろんよ、わたしが楽しむためでもあるけど」
 テンションがあがりまくる二人でしたが、
    「そうそう、悪いけどおカネないからヨロシク」
    「ユッキー、最初からタカるつもりだったんでしょ」
    「しょうがないでしょ、ハウスキーパーのこの子のおカネを使う訳にはいかないし、カズ坊の家のおカネを使ったら泥棒になっちゃうし。とりあえず、ここまでの電車代も奢ってね」
    「イイよ、コトリは本部長様だから全部奢ってあげる。ガイウスのお蔭で三宮界隈のラブホはすっごく詳しくなったのよ。お勧めはねぇ・・・」
    「うわぁ、楽しみ。今日はガッチャンしたら私に譲ってね」
    「それもイイよ。でもさぁ、どうせなら・・・」
    「コトリがそうしたいなら大賛成。フルコースを楽しむなら、それぐらいじゃないと。そのためにはこの子にまず代償を払っとかないと、わたしが楽しめないものね」
 ユッキーと呼ばれる女は、見る見る輝くような可愛い女に変貌していきます。ほんの十分もしないうちに、誰もが振り向くほどにです。
    「これぐらいで、どうかしら」
    「さすがはユッキーね、仕事が早い。というか、ユッキーの好みだね」
    「コトリもそうじゃない、五千年しても趣味は一緒」
    「気が合うね」
    「もちろんよ」
    「さ〜て、コトリも気合入れるぞ」
    「もちろん朝まで」
    「また冗談を。今日は金曜だから最低限、月曜の朝まで。そうだ有休取っちゃおう」
    「わたしも病気になったことにしよう。一週間ぐらいは存分に楽しみましょう」
 三宮駅から東門に繰り出した二人は、夜の街に消えて行きました。