アンティキティラの歯車

実はと言うほどのものではありませんが、超古代史とか、オーパーツ的なお話は子供の時から結構好きです。普通の男の子に過ぎなかっただけですが、今でも嫌いではありません。子供の時と違うのは無邪気に信じなくなったぐらいでしょうか。オーパーツは代表的なものが幾つかありますが、その中の一つがアンティキティラの歯車(ないしは機械)です。これは1901年にアンティキティラ島の近くで海底から引き揚げられたものです。

引き揚げられた理由はこの機械のためではなく、古代の沈没船が発見され、どうやら沢山の財宝がありそうだったためです。実際にブロンズや大理石製の幾多の美術品も引き上げられましたが、その中にこの機械が含まれていたと言う事です。現物が残っているから調査が進められたのですが、

そんな大きなものではなく、画像に見える大きそうな歯車で直径13cmぐらいだったはずです。それと見つかったのはこれだけではなく、これ以外に小さな破片が全部で4つ(プラスもう1個だったっけ)あります。もっとも引き上げ時は第一次大戦の前であり、さして興味深い文化財と見なされなかったので残りの破片をすべて見つけるのには100年以上の長い物語が紡がれる事になります。

それはともかく一見してなんだろうと思わせる機械です。歯車である事は早い時期に特定され、表面から辛うじて読み取れる文字から天文に関するものらしい事は判っても、そこから研究は難航を極める事になります。そりゃそうで、2000年近く海底にある間に腐食は進み、すでに塊となっていたためです。一時はあのデニケンが宇宙人がもたらした説を振りまき支持を集めた時代(たぶん私が知った頃)もありました。機械ですから科学史や機械史に基づいた研究も必要だったんでしょうが、扱い的には鬼子みたいな感じだった時代も長かったようです。それでも一部の科学者の関心を集め、まず表面から読み取れる情報から復元模型が考えられ、次にX線を用いた研究、さらにはCTによる解析と時代は進みます。

X-pによる解析 CTによる解析
とくに21世紀に入ってからの画像合成技術の進歩は著しく、腐食の中の文字の解析に驚くべき威力を発揮します。当初はほんの数文字しか読めなかったのものが、全部で2万字と言われるもののなかで、9割以上の判読が可能になったとされます。たとえばこんな感じです。
これは文字盤の復原モデルの一つですが、在りし日の文字盤の一つはこんな感じであったのだろうとされています。
この復原文字盤でもわかりにくいのですが、文字盤には何重かのサークルが描かれており、その上を針が動いて指すのですが、このサークルは同心円ではない事も確認されています。サークルは螺旋状になっており、針先は伸縮しながら必要な個所を示す仕組みになっています。一周回ると針伸びた針は引っ込む仕掛けです。


復原にあたり難航した部分はおそらく製作時にも苦労した部分と見て良さそうです。この機械が最終的に指し示したいものは日食・月食であろうと言うのが現在の見解のようです。メカニズムとしてそれが可能な機械になっており、実際に復原されています。日食・月食を計算するとなると月の動きだけでなく、太陽の動きの計算も必要です。それを実際のカレンダーとして反映する必要があります。

日食・月食は定期法則によって起こるのは当時もわかっていましたが、古代ギリシャの暦は基本が太陰太陽暦でさらに都市国家毎に異なっていたともされます。そのためまず当時として可能な限り正確な周期の計算を機械で行い、そこからカレンダーに落とし込むメカニズムを作ったとして良さそうです。ここからは天文学領域になるので判ったような判らないような話になりますが、

  1. 機械の基本はメトン周期(235朔望月を19太陽年とする)
  2. これにサロン周期、さらにはエグゼリグモス周期を加える
  3. さらにさらにカリポス周期を加える
半分どころか1割ぐらいしか私には理解できませんでしたが、日食・月食に必要な計算要素を機械に盛り込み、そこから実際の暦に連動させて指し示す精密機械ぐらいの理解でとりあえず宜しいかと思います。とにかく複雑かつ精密、正確なもののようで、これだけのものは技術史的には19世紀に至ってようやく可能になったも言われています。制作年代は記された文字からして紀元前1世紀ぐらいだろうとされています。作られたのはコリント歴が反映されているところから、コリントの主要植民地であり当時も栄えていたシラクサではなかろうかの説も唱えられています。



私がさらに興味深く感じたのは、文字解読の分析から商品である可能性が高そうとされる点です。理由はマニュアル的な文章が多々ある点とされています。専門家相手の一品ものならこれほどのマニュアルは不要で、一般人相手に作成された可能性が高いです。とは言うもののどう考えても高価なものです。ですから量産品とまでは言えないとは思いますが、数十個単位で作成された可能性が高いという説には首肯します。

そうなると製作工房的なものが存在したはずです。最新説ではアルキメデスの関与まで唱えられていますが、私はアルキメデスが関与した点より、この機械が作れる技術基盤があった事の方に注目します。机上の理論と実際の工作技術の間にはしばしば乖離が生じます。理論上は優れていても、それを実現できる技術基盤がないと物として完成しないからです。ルネサンス期のダ・ビンチのアイデアなんかがわかりやすい喩えになるかもしれません。

想像の翼を広げると、アンティキティラの機械が作れるのなら、他の類似の機械も作られていたはずと言う事です。アンティキティラの機械は現在の分析では試作品レベルのものではなく完成品の水準です。当時の最高レベルの工房が作ったのかもしれませんが、より普及品レベルの機械も作られ販売されていても何の不思議もなかろうと言うところです。それぐらいの技術水準を容易に示しています。しかしこの技術は発展普及することなく衰え、再び盛り返すのは15世紀を過ぎてからとされています。


なぜだろううと言うところです。わかるはずもないのですがお盆ですから想像の翼を思いっきり広げて見ます。製品は机上の技術と現実の技術基盤が必要としましたが、さらに発展のためには需要も重要かと考えます。需要があったから機械も作られたのですが、マーケットは非常に狭かったと言うところでしょうか。どう見たって奢侈品(現在ですら)ですから、王侯貴族ないしはそれに準じる富裕階級のみのマーケットであったとしても無理はないでしょう。

この機械が作られた紀元前100年ごろから1世紀もすればカエサルの時代になり、ローマ帝国が成立します。ローマ帝国が土木技術に優れていたのは説明の必要もありませんが、時代は土木技術を求めても精密機械技術を求めなかった様にも思っています。初期のローマ人は質実剛健を非常に重んじたとされますから、アンティキティラの機械のような精密機械は奢侈品、いや単なる玩具と見なされ需要が途絶えてしまったんじゃなかろうかです。考え様によっては生活には不要な製品です。

もう少し言えば、当時の天文学の集大成のような高度な精密機械を作れる技術は確かに存在していますが、当時の時代のトレンドに合わせた製品の製作には失敗したんじゃなかろうかです。需要がなければ技術は衰退します。もう少し言えばアンティキティラの機械技術があれば、次に当然進むべき発展は時計の製作です。見様によってはあと半歩ぐらいで実現しそうにも思えます。しかし日時計に取って代われる機械時計は結局製作できなかったってところです。

機械時計に進めなかったネックは脱進機が発明出来なかったからではないかの推測も可能ですが、分単位の時間を計る需要も存在しなかったの見方も可能かもしれません。これは俗説かもしれませんが、中世に時計技術が分単位まで発展した理由の一つに教会が祈祷時間を正確に計りたいの需要があったためとも言われています。中世の教会がカネに糸目をつけずにより正確な時計を求めたぐらいの考え方です。

教会に時計が導入されると信者も欲しくなるのが人情で、ここで需要が広がっていったです。需要の広がりは柱時計から置時計、さらには腕時計になり現在に至るです。しかしローマ時代にはその方面の需要が起こらず精密機械技術は衰えざるを得なかったです。そう考えると技術史は面白いもので、アンティキティラの機械の時代には内燃機関による動力がなかったというのがあります。動力は人力か家畜の力、風力か水力ぐらいです。しかし最も基本的な動力とも言える蒸気機関は既に発明されています。ヘロンの蒸気機関です。こんな感じであったとされます。

これは蒸気機関ではなく蒸気タービンともされますが、どこにも発展せずに消滅する事になります。現在の蒸気機関の先祖的なものは漸く17世紀になって登場してきます。再び登場した蒸気機関産業革命の原動力にもなり現在に至るのも説明の必要もありません。


なんか人類の可能性と普遍性を考えてしまうのですが、いつの時代にも時代を超えた天才は存在する気がします。天才が局所的であっても条件に恵まれれば、時代を怖ろしく先取りした製品を異常な完成度で作り上げてしまうのかもしれません。しかしその技術はその時代には需要も普遍性もなく、徒花のように消え去ってしまうのかもしれません。

技術は段階を追って進歩発展するのが常識と言うより真理ともされていますが、歴史の中には局所的に異常に発達した技術もあった一つの証拠のように思ったりしています。異常に発達した技術によるものは「技術は段階を追って」式の理解を拒み、「そうでない」式の説明を強引につけるか、無視されているものもあるように思ったりします。だからどうしたと言うわけではありませんが、今週は今日だけで後は休載にさせて頂きます。