古代製鉄のムック3・中国の製鉄編

今日もまたまた基礎知識編です。先にお断りしておきますが、金属器の考古学的研究は詳しく行われていますが、一方でいくつか説もあるようでどれが定説なのか途中で私も混乱しています。今回のムックの目的は日本に先行していた鉄の歴史の概略を知りたいだけなので、私の判断で適当に説を拾っていますから御了解ください。


青銅器

青銅器の歴史は紀元前3500年前に遡るとよく書かれていますが、青銅器の前に銅器の時代があったとも書かれています。青銅器とは銅に錫を混ぜた合金なのですが、青銅器が誕生する前に銅器の時代があるのは順当ってところでしょうか。この銅器の時代から青銅器の時代への移行ですが、はっきりとは書かれていないのですが、どうも銅の採取法の変化によるものではないかと私は考えています。銅は自然銅としても存在します。原初の人類の銅利用は自然銅を拾ってきて叩いて銅器にしていたと考えるのが無理がないからです。

この自然銅を採り尽くすと銅鉱石の利用に進むのですが、自然銅とは違い精錬が必要になります。これも初めて知ったのですが、銅鉱石には錫が含まれることが多いそうで、銅鉱石を精錬したら銅より固い青銅が入手できたのが始まりの気がしています。この銅器と青銅器の違いが錫の含有によるものと気づくまでどれほどかかったかはさすがに置かせて頂きます。

中国の青銅器は他地域より遅れて紀元前20世紀頃とされています。中国に青銅器に先行する銅器の時代があったかは「議論がある」となってましたが、なんとなく先行していた西洋(含むオリエント)の青銅の精錬技術が伝わった気がします。この辺も定かではない点が多々あるようですが、中国の青銅器技術は短期間で長足の進歩を遂げることになります。西洋が鍛造で青銅器を作っていた時代に「あっ」と言う間に鋳造に移行しています。この鋳造技術も物凄いもので、1mm程度の線まで明瞭に浮き立たせ、容器の厚みも5mm以下で現在技術でも再現が容易でないものとなっています。国立故宮博物院より商時代の青銅器を紹介しておきます。


鉄器

中国の製鉄もヒッタイトの崩壊に連動していると見て良さそうな気がします。ヒッタイト崩壊は紀元前1190年頃となっていますが、その後に地中海沿岸に製鉄技術は広く伝播したようです。その技術がいわゆるシルクロードを越えて中国にもたらされたぐらいでしょうか。中国で確認されている最古の鉄器は紀元前10世紀ぐらいとされていますから、ヒッタイト崩壊からの時間差を考えると「そんなもん」ぐらいと言ったところです。

中国も春秋時代(紀元前770年〜紀元前404年)には低温で錬鉄を直接作る塊鉄炉による製鉄が行われていたとされますが、春秋時代末期には銑鉄の生産が行われています。銑鉄の生産は西洋では15世紀の高炉の出現まで待つ必要がありますが、中国では紀元前5世紀に高炉と類似の原理の爆風炉が成立していたと考えれています。つうか高温の製鉄炉がないと銑鉄が出来ないのはこれまでムックした知見です。これは17世紀の百科全書である天工開物に描かれている爆風炉の様子ですが、

この絵では手押しのふいごになっていますが、手押しでは十分な送風を行えないの意見もあり、中国における製鉄遺跡研究の現状と課題にある古栄鎮製鉄遺跡の復元図にあるように、

20170510094128

水車を使って空気を送り込んでいたと考えられています。ほんでもってですが銑鉄は炭素量が多いので固い代わりに脆い欠点がありますが、銑鉄が出来た頃に早くも可鍛鋳鉄の技術も確立していたとなっています(もう少し遅めの説もあり)。可鍛鋳鉄とはキャスタロイ物語より、

可鍛鋳鉄では炭素や珪素成分を低く調整し、鋳造時点では黒鉛は生成させず、鉄と炭素の化合物であるセメンタイト組織とします。その後、熱処理することでセメンタイトから鉄と炭素を分離し、黒鉛を生成させます。

なんのことやらですが、たぶん鋳鉄に展性(しなやかさ)を持たせ脆さを補う手法ぐらいの良いかと思います。ちなみに日本に可鍛鋳鉄が伝わったのは明治末期となっています。紀元前4世紀までにこういう焼き鈍し技術が広がったため、農具や工具に広く使用されています。さらにですが前漢時代(紀元前202年〜西暦8年)には炒鋼法と呼ばれる脱炭素技術も確立したとなっています。これは銑鉄を溶解して空気と攪拌する手法だそうですが、銑鉄から鋼鉄・錬鉄が出来るようになったぐらいです。。

9世紀になると鉄は量産されるようになったため巨大な鉄建造物も作られています。西暦953年に作られた河北省滄州の鉄獅子は高さ5.14m、長さ5.3m、幅3.30m、重さ40tもあるそうです。見もの・読みもの日記様より、

20170509193417

9世紀って日本じゃ平安時代初期ですからねぇ。


中国製鉄の特徴

西洋の鉄の歴史は、

  1. 直接製鋼法で得られた錬鉄を鋼鉄にしようとした時代
  2. 鉄の量産を可能にした高炉による銑鉄から炭素を抜き出そうとした時代
この2つがあると考えています。もうちょっと単純化すれば鋼鉄をいかに効率的に手に入れるかの方向性で発達したぐらいです。これに対し中国では
  1. かなり早い時期に間接製鋼法を編み出し銑鉄を得た
  2. 銑鉄の特性を活かして鋳造技術が進化した
ここも単純化すれば鋼鉄に強い興味を示さず、鉄を鋳造するのに熱意を傾け、鋳鉄の弱点を解消する方向で発達していたぐらいでしょうか。