私には貴重な教訓でした

はるか研修医1年目の頃の思い出です。新生児科を研修中で、呼吸管理中でした。それほど手強いレベルではなく、既に条件を下げていく過程で、近日中に抜管可能ぐらいの状況です。ところがとある日の、とある時点から呼吸状態が悪化します。悪化すると言っても元がそんな状態ですから、生死レベルには程遠いのですが、そうですね酸素分圧が60mmHgぐらいからどうしても上らないです。

その前のチェックでは抜管に向かっているぐらいですから、酸素分圧がむしろ飛びすぎている状態です。一体何が起こっているのだろうです。なんと言っても1年目ですから、頭の中は「???」です。

とりあえず酸素濃度を上げたり、レートをいじったり、圧を動かしたりしても変化なしで、X-pを撮っても気胸も発生していませんし、もちろんチューブ抜けや詰りなんて事も起こっていません。もっと原始的な酸素とレスピレーターの接続もつながっています。言うまでもなく肺炎なんかも起こしていません。そんな状況で顔を蒼くして苦闘している最中に指導医がヒョイと通りがかります。

    「どうしたんや?」
かくかく、しかじかと経緯を説明したところ、指導医は少し考えた後、
    「酸素濃度計をもってこい!」
なんとroom air。ブレンダーが突然故障して、酸素が送り込まれていなかったのです。そりゃ、酸素分圧が上らないはずです。レスピレーターを交換すれば無事回復し、事なきを得ています。そいでもって掛け値無しの教訓を頂きました。
    機械は故障するもんやから、信用しすぎたアカン!
後にも先にもレスピレーターの途中故障なんてこれ1回だけですから、本当に貴重な教訓だと今でも思っています。


指導医がブレンダーの故障に気が付いたのは、もちろん経験の差が桁外れにあります。いや指導医とてブレンダーの故障にいきなり気が付いたわけではなく、他の情報を合わせると、何らかの理由により酸素が供給されていないの推察ぐらいだったかも知れません。ここももう少し広めて、レスピレーターの計器が示す数字が「おかしいのではないか」に推理が行き着いたです。この推理に短時間でたどり着いた理由もあえて考えると、

    レスピレーターの故障はしばしばありえた
言うまでもないですが、指導医はもっと古い機械を使っていた時代があったわけです。私もbaby birdなら使ったことがありますが、私も知らないもっと古い機械を使っていた経験があるです。当時の感覚ですがbaby birdも使う時に指導してくれた指導医(循環器です)は、
    目盛りはあんまり信用するな
どうもこの程度の信頼だったです。そう言えば、この循環器指導医の下で呼吸管理中に、やはり原因がすぐに特定し難い悪化がありました。その時に指導医が行なったのは呼吸器の交換です。この時は交換しても変化が無かったのですが、今から考えると、原因が特定できない時にはとりあえず交換してみるは優先手段としてあったのかもしれません。


さて故障を起こしたレスピレーターは当時の院内新鋭機でした。そういう故障経験の少ない私は新鋭機を無邪気に信頼していたわけです。これは怖い点で、当時の私は呼吸状態の悪化をレスピレーターに求める発想が出なかったわけです。

医療機器の信頼性は向上しており、現在ならもっと故障率が低下していると思っています。これだけ重大な故障は私ですらその後には経験していません。医療機器だけでなく、私の子供時代の電気機器はよく故障していましたが、現在では故障率は非常に低下しています。そういう機器への信頼性の向上は、研修医の時の私の判断ミスを助長しないかです。



だから時には故障する機械の方が良いなんてバカな結論を導きたいとは思いませんが、それでも機械は故障するの教訓はやはり貴重だと思っています。もちろんそんな事はキッチリ伝授されていると思うのですが、教育で教えられた話は、咄嗟の修羅場でなかなか活きてこない物です。比較的平穏な状態で教訓を得られた私は幸運だったのかもしれません。

現在のレスピレーターは酸素濃度計も組み込まれたものになっているそうです。ですからブレンダーが故障しても酸素濃度計が作動する二重チェック体制になっている事になります。ブレンダーと酸素濃度計の2系統の安全制御ですから、安全性は私のケースより断然高いのですが、機械物ですから両系統がダウンする可能性はあるわけです。

そりゃ、滅多にないでしょうが、滅多に無い事が起こった時に、気が付くか、気が付かないかが修羅場の判断になります。一般的に「時に起こる」状態の時より、「滅多に起こらない」時の方が気がつきにくいものです。だからどうしたと言う話ではありませんが、そんな話も時にはあっても良いぐらいで御理解頂ければ幸いです。